今週のフィリピン・ダイジェスト
(3月15日‐3月22日)

【写真】近代化ジプニー / LTFRB: Modern jeepney can keep traditional look, Philippine News Agency, March 7, 2023.

栗田英幸(愛媛大学)

ジプニーの近代化、プーチン逮捕状の影響、東ネグロス州知事殺害事件

 今週は、ジプニー近代化、プーチン逮捕状の影響、東ネグロス州知事殺害事件捜査進展の3つの出来事を取り上げます。
 解説では、殺害された東ネグロス州デガモ知事と首謀者疑惑の強まるアーノルフォ・テヴェス議員(以下、テヴェス議員)の関係を取り上げます。日本人にとっては非常に理解し難い複雑な関係と経緯ですが、農村の伝統的な政治構造を反映しており、読者のフィリピン理解の一助になればと思い、整理しました。

◆今週のトピックス

トピック1:ジプニー近代化

― ジプニー近代化論争
 3月初旬に行われたジプニー運転手によるストライキは、ジプニー * 近代化論争を再度活発化させている。
 ジプニーの出す排気ガスがフィリピンの大気汚染の主な原因であり、運転手のマナーや車体の安全性が都市部の渋滞や国民の安全を大いに損なっているとして、ドゥテルテ政権の頃からジプニー近代化政策が進められ、近代的な車両への転換が推し進められてきた。マルコス政権下においても運輸省陸上輸送統制委員会(LTFRB)が、公共交通機関近代化プログラム(PUVMP)の下で旧車両の段階的な廃止と、ソーラーもしくは電気ジプニー等近代車両への転換を2023年6月末日までに実施するよう求めていた。期限が迫り、この近代化プログラムへ反対の意を示すために行われたのが、2週間前に実施された交通ストライキに他ならない。


* 第二次世界大戦後、米軍が払い下げた軍用ジープを改造して出来上がったジプニーは、フィリピンを代表する交通機関となった。個々のジプニーが決められた路線を走る乗合タクシーとして大都市内や都市間を結ぶ路線を運行する。一般庶民の足とも呼ばれ、ストライキの際には、今月初旬の例に漏れず、学校や一部の仕事も閉鎖せざるを得ない状況になる。


― 政府の対応
 近代化への転換には、大きく二つの批判が出されてきた。一つは、ジプニー運転手およびジプニー工場等における国内雇用の喪失、そして、もう一つは、フィリピンを代表するジプニー文化の喪失である。
 3月1日、マルコス大統領は、3月6日から1週間実施すると宣言されているジプニーのストライキに対して、近代的なジプニーへの転換は必要であるが、そのやり方には修正の余地があるとして、ストライキ予定者たちに対話の実施とストライキの再考を促していた。

 また、マルコス大統領の意向を反映し、LTFRBからは、近代車両導入による国内企業の参加拡大やその国内経済効果が強調され、また、近代車両への交換期限は12月末に延長された。ジプニー業界とLTFRBとの積極的な交渉と修正が進められ、その結果として、ジプニー買い替えへのための支援額の増大や新たな支援策が提案され、近代化プログラムへの批判に対して積極的な対応が示されている。

― 根強い批判
 政府が意図する近代的なジプニーの一般的な価格は、280万ペソ。海外企業もいくつかの車両を製造しているが、種類は少なく、価格も高い。そのため、これまでは資金的に余裕あるオーナーしか実質的に買い替えできなかったが、最近、ようやく国内企業も安価な近代化ジプニーモデルの製造に着手し、上記の半額程度のものも出てきた。それでも、多くのオーナーには手の届かない価格となっていることは確かであり、ジプニーの買い替えができたとしてもコストは料金値上げとして利用者に転換されてしまうため、今以上に安価な車両価格と大規模な政府支援が求められている。
 政府は、車両買い替え支援金を16万ペソから36万ペソへと2倍以上の増加を提示した。これは、安価な国産品近代化ジプニーモデルの30%弱になる。
 矢継ぎ早に出されている政府支援策がジプニー運転手や業界に安心を与える一方、それでも支援額が少なすぎるとの声も強い。また、安価な国産品近代化ジプニーモデルの製造能力も低い。加えて、その財源や分配方法が不透明であることから、絵に描いた餅になることや汚職につながる可能性も指摘されている。

― 近代化には概ね賛成だが懸念も
 3月22日に発表されたタンジェレの調査結果によると、フィリピン人の半数以上が政府のジプニー近代化プログラムを支持している。他方、ジプニー運転手や業者の準備が整っていると考えていると回答した者は、わずか25%にとどまった。また、62%が近代化により大気汚染等の環境影響を抑制できると考えている。一方で、87%が運賃の値上げを懸念している。

トピック2:プーチンへのICC逮捕状がフィリピンにもたらす影響

― プーチンへの逮捕状はフィリピンに選択を突きつける
 国際刑事裁判所(ICC)は、17日、ウクライナからロシア軍が子ども連れ去りに関与した疑いがあるとして、ロシアのウラジミール・プーチン大統領に逮捕状を出した。ロシアは、フィリピンと同様ICC非加盟国である。このため、プーチンに対して逮捕状を出すICCの行動を多くの西側諸国が支持することになった場合、非加盟国であることを理由にロドリゴ・ドゥテルテ前大統領へのドラッグ戦争関与への調査を拒否しているフィリピン政府は国として難しい立場に置かれることとなる。
 ドゥテルテ前大統領への批判を理由に6年におよぶ不当な拘束をされていると目されている元上院議員のレイラ・デ・リマは19日の声明の中で以下のように語った。
「この進展(ICCによるプーチン大統領への逮捕状)は、フィリピン政府にICC加盟の再開を検討するよう迫るものである。それは、国際刑事司法のための全体的な闘いに再び加わるための最も重要な一歩となるでしょう。」
「ICCは、その道徳的な制度的な力の下で、人類に対する不可逆的な攻撃を行う暴君や虐殺者に対して協力するよう加盟国を結集する手段なのです。」
「私たち自身の暴君を説明責任から守る」ことは「(フィリピンにおいて)不処罰への道を広げるだけでしかなく」、「大きな後退であり、国家としての集団的良心に恥ずべき呵責を与えることになるでしょう。」

― フィリピンはICCの決定に拘束されない
 ドゥテルテ政権のドラッグ戦争で中核的な役割を担い、ドゥテルテとともにICCから逮捕状を出される可能性のあるロナルド・デラローサ上院議員は、18日、本人もドゥテルテも、そしてプーチンも逮捕されることはないとの見解を示し、「ICCが逮捕状を出すことに関して我々はコントロールできないが、(フィリピン国家警察)や(国家捜査局)は『あなた(ICC)の決定には拘束されない』と言えばいい」と述べた。
 デラローサ上院議員は、フィリピンでフィリピン人によって構成される司法機関の前で裁判を受けることを望んでおり、「外部からの干渉を受けない 」という以前の声明を繰り返した。

― 逮捕の可能性もある?
 リサ・ホンティベロス上院議員は、フィリピンはICCのプーチンに対する動きから学ぶことができると述べた。
「世界は正義に向かっています」とし、プーチンへの逮捕命令は、戦争犯罪、ジェノサイド、人道に対する罪が犯されているのを世界が黙って見てはいないという「強いメッセージ」であると彼女は述べた。
 さらに、ICC加盟国は、プーチンが自国の領土に入った場合、プーチンに対する逮捕を履行する義務がある。これにより、プーチンや、令状が発行された他の人々の移動が著しく制限されることになる、と彼女は述べた。また、将来のクレムリン指導者がロシアの利益のためにプーチンを引き渡すことを決定した場合、ICCの逮捕状は執行されるかもしれないと彼女は付け加えた。
 ドラッグ戦争犠牲者遺族の弁護士であるバヤン・ムナ党前議員のネリ・コルメナレスは、ローマ条約の締約国ではないロシアの大統領に対するICCの動きで証明されたように、ICCの調査を阻止する政府の努力は無駄であると述べた。
 国際法学者のロメル・バガレスは、ICC検事のカリム・カーン氏は予備調査中に同様の令状を請求できるため、ドゥテルテに対する令状がないことに驚いていると語った。
「しかし、私たちには(令状の有無は)分かりません。封印されている可能性もあり、そのことは公表されていないのです。ICCのメンバーだけが知っているのです。封印されていれば、そのまま執行されるのを待っていることになるでしょう」とバガレスは言う。
 たとえドゥテルテの逮捕状が発行されたとしても逮捕できる可能性は「極めて低い」が、「政治の風向きが変わるだけで、ICCに対する政策もおそらく変わるだろう」とバガレスは述べた。

トピック3:東ネグロス州知事殺害事件に関する新たな動き

― デガモ州知事殺害事件への捜査
 3月4日にロエル・デガモ東ネグロス州知事を含む9人が武装集団に襲撃・殺害された事件の犯人探しが、現地入りした大規模な警察と国軍によって進められている。手際の良さからプロによる計画的な犯行であり、デガモの妻は(名前を明言していないが)政敵の犯行であると語っている。大規模な捜査により、元陸軍軍人や元新人民軍(NPA)を含む多くの容疑者が既に起訴・逮捕され、または自首しており、多くの情報が、この事件解明を直接取り仕切るクリスピン・レムリア司法長官の下に集められている。

― 容疑者テヴェス下院議員は帰国を拒否
 容疑者らの情報から首謀者が「コン・テベス」と呼ばれていることが明らかとなり、デガモの政敵であるテヴェス下院議員が殺害事件の首謀者の最有力候補として取り調べの対象となっている。これに対して、テヴェス議員は、殺害事件当時に米国で治療を受けていたことから事件に関与することはできなかったと主張し、「e-sabong(闘鶏)を独占したい人たちがいて、私を狙っているのです」と、闘鶏競技利益をめぐる陰謀に巻き込まれていると主張している。
 さらに、帰国すれば陰謀を企てている政治家たちから殺害される恐れがあると帰国を拒否し、下院倫理・特別委員会へも出席しなかった。これに対して、マルコス大統領は、21日、帰国の際の身の安全について、テヴェス議員を守るために政府が「あらゆる種類」の警備を配置すると約束し、また、闘鶏利益をめぐる陰謀を否定し、早期帰国を強く求めた。
 15日のレムリア司法長官の発表によると、テヴェス下院議員は既に米国を発ち、東南アジアのどこかの国に滞在しているという。14日に自身のフェイスブックに投稿された自身の無罪と闘鶏陰謀説、そして、身の危険を主張した17分のビデオは、東南アジアから投稿していたと見られている。

◆今週のトピックス解説

― 政敵? ひっくり返った知事選結果
 デガモと知事の座を争ったのは、首謀者と目されるテヴェス下院議員の1歳違いの弟プリード・ヘンリー・テヴェス東ネグロス州3区議員(以下、ヘンリー議員)です。ヘンリー議員とデガモは、2022年の東ネグロス州知事選挙で知事の座を巡って争った政敵でした。その知事選では、ロエル・デガモとほとんど同じ名前のルエル・デガモ(以下、ルエル)という、無名の対抗馬が出馬し、票の多くがルエル候補に流れてしまいました。結果、テヴェス候補が早々に勝利宣言を行うこととなりました。
 しかし、それを妨害行為であるとしデガモが選挙管理委員会に訴え、改めてルエルの票を全てデガモの票としてカウントし直した(これも如何なものかと思いますが…)結果、故デガモ知事に軍配が上がったのです。この件は、選挙管理委員会の裁判でも取り上げられ、デガモが知事選の勝者として正式に認定されたのは、殺害される19日前の2月14日でした。
 一方、ヘンリー議員は、選挙管理委員会の決定を受け入れ、(一触即発の睨み合いはあったようです)話し合いの結果、自ら知事の職を辞しています。
 伝統的に3G(銃、私兵団、金)が横行するフィリピンの選挙をネガティブにとらえる日本人も少なくないですが、今回のような似た名前の候補者を擁立する選挙妨害(最近、日本の衆院選でもありました)だけでなく、票をすり替えたり、政敵の支持者の投票を妨害したりといった妨害工作の数々は、米国起源のものと言われています。米国のCIA資料を集めた図書館には、それを裏付ける戦前から戦後にかけての資料(いくつかの資料は、CIAがその手法を持ち込んだと読み取れる内容でした。フィリピンが輸入したと言うより、米国が輸出したと言った方がよいかもしれません)が眠っています。

― 政治的背景
 デガモは、1998年に東ネグロス州シアトン町議員で政治家デビューを果たし、2010年にはトップ当選で州議員の議席を獲得しました。しかし、その直後に知事と副知事が相次いで死去したため、2011年に繰り上がりの繰り上がりで東ネグロス州の知事となったのです。その後は知事として3期の任期(最初の繰り上げはカウントされず、その後に3期、知事の座にいた。フィリピンでは4期連続で知事を務めることは禁止されている)を勤め上げました。普通は、ここで自分の妻や息子・娘に一期だけ知事の座を引き渡してから返り咲こうとするところですが、デガモは違いました。これまでの3期の任期が選挙管理法違反による停職等で何度も中断されていたことを理由に4期目の出馬の希望を打診したのです。なんと、選挙管理委員会も彼の主張を認めました。そして、2022年選挙も知事候補として出馬したのです。自らの選挙不正による停職であったにもかかわらず、それを理由に4期目を要求するデガモもですが、それ以上に、それを認める選挙管理委員会にもビックリです。
 一方のヘンリー議員は、2007年より東ネグロス州3区議員として活動していましたが、同年のアブサヤフによるといわれるテロに巻き込まれて鼓膜と足に重度の障害を負いました。2016年まで同区議員を務めた後、同州バヤワン市長を2022年の選挙まで務め、その後に知事選に出馬しました。
 デガモはヘンリー議員より6歳年上(56歳)で政治家歴も長く、地盤も遥かに広大に見えますが、ヘンリーもさる者。彼の大叔父は故フェルディナンド・マルコス・シニア大統領の側近として東ネグロス州知事に任命され、マルコス・シニア政権の最後までその職にありました。兄と叔父も東ネグロス州第3区議員を務めています。叔父は、マカパガル・アロヨ時代に財務長官を務めてもいました。そして、兄であり、殺害事件の首謀者と目されているテヴェス議員は、昨年7月にニノイ・アキノ国際空港をフェルディナンド・マルコス国際空港に名称変換する議案を下院に出した議員です。さらに、祖父も2010年に不慮の死を遂げ、デガモの繰り上げ知事当選を引き起こした東ネグロス州知事でした。

― 典型的なフィリピン政治の構図だとすると、こんな感じ
 以上のような政治的背景は、少なくとも田舎で少し政治に詳しいフィリピン人であれば、複雑でも何でもない、非常に分かりやすい典型的構図として映るでしょう。元々、テヴェス・ファミリーの地盤であった東ネグロス州で、人気の高かったデガモが運よく繰り上がりで知事となり、3期務めることでその政治的地盤を強化させ、それに脅威を感じたテヴェス・ファミリーが暗殺者を雇って殺害を企てた、というのは、フィリピンではさもありなんな構図なのです。ことの発端であるデガモのダブル繰上げも、特に副知事の死に関しては、死因は癌ということではありましたが、デガモの意図的な殺害を愚推してしまいます(入院中に殺害してカルテを偽造する手法について、暗殺を生業とする人から聞いたことがあります)。
 以下は、私の調査経験に即して出した推測です。
 おそらく、テヴェス・ファミリーとデガモとは最初は協力関係にあったのではないでしょうか。そうでなければ、2期目のデガモの知事当選はなかったでしょう。初めから政敵として衝突していたのであれば、その際に潰されていたか、暗殺されていたはずです。法的に4期目はあり得ず、デガモの周りに次の知事を託す相手もいなかったので、テヴェス・ファミリーは安心してデガモの3期目終了を待っていたのでしょう。しかし、デガモの4期目の出馬が選挙管理委員会に認められたので、慌てて暗殺を企てたのです。
 暗殺を成功させたまではうまく運んだものの、自分の味方だと信じていたマルコス大統領が、まさかの真犯人追求に積極的に乗り出したのは、テヴェスにとって想定外でした。何もできないうちに逃げ道がなくなり、あたふたしているのが現状なのではないでしょうか?
 なぜ、マルコス大統領が、ここまで積極的に動くのかについては、もう少し情報を集めて考えてみたいと思います。新たな情報があれば、紹介します。

〈Source〉
After Teves hurls conspiracies, Marcos tells him to just return and face Degamo slay allegations, Philstar, March 22, 2023.
As strike looms, Marcos says jeepney phaseout ‘necessary’ but can be improved, Philstar, March 1, 2023.
Comelec calls for calm as it invalidates win of Negros Oriental governor, Inquirer, October 1, 2022.
Over half of Filipinos support jeepney modernization, survey says, Manila Bulletin, March 22, 2023.
PUV Modernization Program: Jeepney Phase-Out, a Threat to Filipino Jeepney Drivers and Commuters, Pressenza, March 23, 2023.
What, me worry? Bato dela Rosa unfazed by arrest order on Putin, Inquirer, March 19, 2023.

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