栗田英幸(愛媛大学)
ロブレドの対Disinformation(故意の誤報、以下、偽情報)議論/刑務所内で山下財宝?/南シナ海を巡る米国と中国とフィリピンの駆け引き
今週は、フェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領の習近平中国国家主席およびカマラ・ハリス米国副大統領との会合、マリア・レオノール・ロブレド前副大統領が米国の民主主義フォーラムで語った偽情報との闘い、そして、次々と問題の発覚するビリビッド刑務所でなんと今度は山下財宝を探していたのかもしれないとの司法長官の発言についてです。
解説では、習主席およびハリス副大統領とマルコス大統領との連続して行われた会合の背後にある駆け引きについて取り上げます。
◆今週のトピックス
トピック1:中国国家主席、米国副大統領との連続会談
11月17日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議出席のため、バンコクを訪問中のマルコス大統領は、習主席と初めて会談した。この会談でフィリピンおよび中国両国は、この会合で南シナ海をめぐる情勢や中国からの経済支援について意見交換した。
マルコス大統領と習国家主席との会談の翌週、ジョー・バイデン米国大統領の代理としてAPECに参加したハリス米副大統領が、フィリピンを訪問した。ハリス副大統領は21日にマルコス大統領およびサラ・ドゥテルテ副大統領と会談し、南シナ海に関するフィリピンと米国との協力関係や米国からの経済支援について話し合った。22日には南シナ海の係争海域に最も近いパラワンを訪問し、フィリピン国民やパラワンの住民たちに対して中国に対抗するための協力を呼びかけ、米国の積極的な軍事的関与を約束する力強いメッセージを発信した。
トピック2:ロブレド前副大統領、対偽情報を語る
ロブレド前副大統領は、米国で11月17日(フィリピン時間で18日)に開催されたオバマ財団民主化フォーラムに参加し、選挙後も続く自身に関する偽情報との闘いについて次のように振り返った。
「私たちは偽情報への対応で多くのミスを犯しました。副大統領に当選した2016年、深刻な事態(大統領となったロドリゴ・ドゥテルテおよび副大統領選挙で落選したマルコスによる偽情報戦略)が始まりました。私たちの最初のミスは、私たちの偽情報へのスタンスが『それらは偽情報だ、気にするな』だったことです。」
「私たちは間違いを正そうとしましたが、(私たちの発言は)私たちの中で反響するだけでした。なぜなら、私たちは偽情報の蔓延するスペースに入り込めていなかったからです。」
「私たちの支持者たちは火に対して火で闘おうとしていたのです。彼らの中には全てを訂正して闘おうとする人たちがいました。しかし、私たちは、それが分極化に拍車をかけていると感じたのです。」
「私たちのキャンペーン(2022年選挙後にロブレドの開始したアンガットブハイ財団のキャンペーン)は、このような対話(偽情報を打破するために人びとが真に発言・議論すること)を続けることです*。」
*ロブレドは、今年の大統領選挙活動において、彼女の支持者たちが直接人々と顔を合わせ、話し合うことで偽情報に対抗し、支持者を拡大する手段を重視した。ロブレドは、この直接対話活動に大きな手応えを感じていること、大統領選挙の結果を変えるには時間が短すぎたこと、そのためにアンガットブハイ財団を立ち上げて今後も時間をかけて偽情報と闘っていくことを、さまざまな機会で繰り返し述べている。
トピック3:ビリビッド刑務所に山下財宝!?
この1ヶ月、フィリピン政府によるビリビッド刑務所への徹底的な調査により数多くの「不都合な真実」が明るみに出されてきたが、この1週間は、ビリビッド刑務所敷地内で掘削されていた幅200m深さ30mの謎の大きな穴が注目されている。
ヘスス・クリスピン・レムリア司法長官によれば、昨年の8月か9月に刑務所を管理するジェラルド・バンタグ前矯正局長(当時は矯正局長)が、ビリビッド刑務所内で第二次世界大戦中に隠されたとされる山下財宝を探していることを彼に語った。レムリア司法長官は、その場で「バカな」ことを止めるように警告した。
また、別途調査を行っている環境天然資源省によれば、残された土砂が明らかに掘られた分より少ないことを疑問視し、暗に何らかの資源採掘を秘密裏に行っていた可能性を示唆している。
バンタグ前矯正局長は11月10日にニュース5のインタビューで穴の用途について質問され、水難事故のための訓練を行うため深いスイミングプールを建設していると答えた。
◆今週のトピックス解説
したたかな中国と押し付けがましい米国に挟まれるフィリピン
― 中国政府のメッセンジャーと化したマルコス
11月17日、バンコクで行われたマルコス大統領と習国家主席との会合における南シナ海(2011年以来フィリピン政府は「西フィリピン海」と呼称)の情勢に関して、沿岸国間の領海紛争に対応するため、南シナ海における最終的かつ拘束力のある行動規範の交渉を直ちに決着すべきであるとの意見で合意しました。どうとでも取れる発言ではあります。しかし、この発言が、これまでの中国とマルコス大統領が主張してきた「ハーグに設置された南シナ海仲裁裁判所で2016年に出された判決(中国の領海拡大主張を否定する判決)に拘らない交渉を行うこと」を改めて強調したものであることは間違いありません。
この発言はまた、中国とフィリピンの間だけではなく、南シナ海を巡るベトナム、マレーシア、ブルネイ(および台湾)の交渉を意図したものでもあります。中国からすると、これは、国際的な仲裁裁判で勝利したフィリピンがその判決を評価しない態度を表明したと解釈され、他国に対しては、国際仲裁裁判所、ひいては、西側諸国が第二次世界大戦後に作り上げてきた国境に関するルールや決定事項を重視しない、もしくは、それらに介入されない交渉をするというメッセージを送ったことになります。
さらに、18日のフィリピンの国営通信(PNA)は、マルコス大統領と習主席の会談で、両者が共同で「単独主義といじめ行為に抵抗する」と約束したと報じました。前ドゥテルテ政権ならともかく、マルコス政権にしては、あまりにも米国の心情を逆撫でするような内容です。少なくとも中国政府にとっては、米国を牽制する上で非常にインパクトのある発言でした。一方、フィリピンでは、眉を顰め、「やはりマルコスは中国の手先だった」と考える人も少なくないでしょう。情報操作を重視するマルコス政権にとっては公表したくない発言のように見えます。
香港のサウスチャイナ・モーニング・ポスト紙によると、この約束は、最初に中国政府が公表し、遅れてフィリピン国営通信も同様の内容を公表したようです。中国に公表されてしまったので、フィリピンでも公表せざるを得なくなったのかもしれません。逆に、中国との親密化を武器とするマルコス政権が、対中感情が非常に悪いフィリピン国民を配慮して、あえて両首脳会談を成功させたタイミングで公表したとも考えられます。
― 習主席との会談でマルコスが得たもの
マルコス大統領と習主席の両首脳は、南シナ海の問題が中国とフィリピンとの関係改善に影響を及ぼすべきではない点で合意した上で、特に、農業、貿易、インフラ、エネルギー、人と人との繋がり、パンデミック対策を含むさまざまな分野で、両国間の協力を改善することを誓いました。この発言の背後にあるのは、前ドゥテルテ政権時に中比間で合意された中国からフィリピンへの240億米ドルの投融資が、南シナ海を主とした両国間の緊張増大によって十分に履行されなかったという事実です。
マルコス大統領は、履行されなかった投融資の再開を中国政府に求めており、既に両国間で投融資の協議も再開されています。マルコス大統領は、投融資再開が南シナ海の問題と関係なく進められるとのお墨付きを習主席から得られたと言えます。
さらに、1月最初の週にマルコス大統領が中国を訪問することになりました。今回の中比首脳会談後11月20日からのハリス米副大統領のフィリピン訪問・協議の内容を踏まえた上で、さらに具体的な交渉を行いましょうということです。次回1月会談への具体的な約束は、中国にとっては米国副大統領訪比の意義を大きく削ぐものであり、フィリピンにとって中国の支援を有利なものとする契機です。
― 一方的な主張の米国
ハリス米副大統領は、11月21日のマニラでのマルコス大統領との会合において、「両国の関係は永続的であり、米国の関与は揺るがない」として、南シナ海での国際ルールと規範をフィリピンとともに守ることを正当化の根拠とした、米国の積極的なフィリピン政府への関与と支援を約束しました。彼女の発言は、国際ルールと異なる規範を南シナ海で確立すると約束した先のマルコス・習会談を暗に批判しています。
米国との交渉においてフィリピン政府が重要視するのは、内政干渉の緩和、米国支援の拡大、有事の際の米国の十分かつ具体的な軍事的支援の3点です。そのうち、有事の際の米国の積極的な軍事支援については、ハリス副大統領から力強い約束を取り付けることができました。残り2つについては、これから明らかになっていくでしょう。おそらく具体的な条件については、来年早々のマルコス大統領の訪中以降に予定されるマルコス大統領とバイデン米大統領の会談のお土産として具体化されることになるでしょう。
ハリス副大統領は、22日に南シナ海の係争海域に最も近いパラワンに大型巡視船(今年5月に日本が供与したもの)で乗り込み、巡視船の上で「南シナ海で脅しと威圧に直面するフィリピンを米国は支援する」と約束しました。
ハリス副大統領の訪比に関する記事と先の習近平国家主席との会談に関する記事を比較すると、一点大きな相違点に気付かされます。ハリス副大統領の力強いメッセージが際立っていますが、そこでマルコス大統領は何を約束したのでしょうか。習主席との会談と異なり、フィリピン政府として中国・米国との緊張関係に関するコメントは、当たり障りのないものに留まっています。ハリス副大統領の発言は、米国の一方的な押し付けを際立たせています。21日にフィリピン国民に向かって語ったハリス副大統領の言葉も印象的でした。
「米国を含まないフィリピンの未来はないと信じています」
〈Source〉
Bantag’s ‘pool’ project in Bilibid surprises DOJ, Inquirer, November 17, 2022.
China-Philippines relations: Marcos looks to Beijing visit, expanding ties after meeting Xi Jinping on Apec sidelines, South China Morning Post, November 18, 2022.
DOJ: BuCor asks COA to audit anomalies in Bilibid excavation,
Inquirer, November 21, 2022.
Former VP Leni Robredo to join Obama Foundation’s Democracy Forum, Inquirer, November 11, 2022.
Harris: PH-US relationship based on commitment to economic prosperity, security, CNN Philippines, November 21, 2022.
Kamala Harris’ visit to the Philippines sends China a message of US intent, CNN, November 21, 2022.
LIVE UPDATES: VP Kamala Harris visits the Philippines, Rappler, November 22, 2022.
Marcos, Xi seek early conclusion of negotiations for COC in SCS, pna, November 18, 2022.
Remulla says Bantag told him he was digging for Yamashita treasure in Bilibid, ABS-CBN, November 18, 2022.
Robredo discusses fight vs disinformation at Obama’s democracy forum, ABS-CBN, November 19, 2022.
Robredo discusses PH fight vs disinformation at US forum: We made a lot of mistakes, Inquirer, November 18, 2022.
US VP Harris visits Palawan island amid regional tensions, Philstar, November 22, 2022.
VP Harris in Manila; visit seen to reset PH-US ties, Inquirer, November 21, 2022.