今週のフィリピン・ダイジェスト
(10月27日-11月4日)

【写真】台風パエン災害(マギンダナオ)(左)と北イロコスで食事を楽しむマルコス大統領(右)/via Philippines floods, landslides leave 42 dead, dozens missing, Reuters, October 29, 2022.

栗田英幸(愛媛大学)

台風被害はマルコスの怠慢/続く弾圧/デ・リマ解放3つの選択肢

 今週は、3件の出来事について紹介します。この10日で最も多く取り上げられた記事は、アブラ州の地震と台風パエンの2つの災害についてでしょう。特に、台風パエンの被害をめぐり、政府対応に批判の声が上がっています。また、ケソン市では労働運動活動家の不当逮捕が続いており、人権擁護組織から強い懸念と政府への批判が主張されています。最後に、デ・リマ元上院議員の裁判で新たな動きがありました。
 解説では、デ・リマ元上院議員の釈放について説明する論説を取り上げ、現在の状況について、分かりやすく説明します。

◆今週のトピックス

―トピック1:災害続くも防災優先の成果なし?

 深刻な災害続くフィリピン
 10月25日、アブラ州ティネグ付近にてマグニチュード6.4の地震が発生した。28日の政府発表によればアブラ州とイロコス州で合わせて84人が怪我をし、4700家屋が被害を被った。31日までに963回の余震があり、警戒が続いている。アブラ州では、3ヶ月前の7月27日にもマグニチュード7.3の地震があった。
 また、28日には、強力な台風22号パエン(国際名ナルガエ)がフィリピン南部を襲った。国家災害リスク軽減管理評議会によると、パエンはフィリピンで今年最も破壊的な暴風雨である。洪水や地滑りにより110人が死亡し、避難を余儀なくされた86万6000人を含めて約240万人が被害を受けた。また、農業の損失は13億ペソ(約33億円)と推定されるという。

 「口先だけの防災優先」のマルコスを批判
 一部のメディアや専門家は、パエンの上陸が予測できていたにもかかわらず、多くの被災地域において住民への避難アナウンスメントすら行われず、また、被害の深刻な地にも現れないマルコス大統領を批判している。
 31日、科学者グループAGHAMは、今回の杜撰な政府の対応に対して、災害予測・対策を優先課題と掲げていたマルコス大統領の失策として強く非難した。声明の中で、天気予報の近代化のための予算請求額をほぼ半分に削って機密費を大幅に増大させるマルコス大統領の口先だけの姿勢を「偽善者」として強く批判し、フィリピンの気象情報の収集・分析、防災を図るための国家組織フィリピン大気地球物理天文局(PAGASA)、および、その他防災への大規模な予算配分を要請した。
 また、現地が深刻な災害への対応に追われている最中の30日、マルコス大統領が息子たちと北イロコス州の飲食店で楽しく食事をしている写真がソーシャルメディアで拡散された。メディアや人権団体はソーシャルメディアで拡散されている国民の怒りのメッセージを紹介し、危機感を持っていないように見えるマルコス大統領を強く批判した。これを受け、翌日31日、マルコス大統領は被害の深刻なカビテ州を訪れ、カメラの前で救援物資を配布した。

―トピック2:ケソン市で続く労働運動活動家の不当逮捕

 10月26日、ケソン市開発評議会の労働部門委員長を務める労働運動活動家のベンヤミン・コルデロがケソン市の自宅で逮捕された。警官が覆面パトカーで到着した後、コルデロに銃を向け、令状も見せずに強制的に連行した。殺人事件に対しての逮捕状が10月24日に地方裁判所から出てはいたが、その通知がコルデロには送付されておらず、突然の逮捕となった。コルデロは保釈金を支払って翌日に釈放されている。
 労働者団体5月1日運動(KMU)は、この不当逮捕について、でっち上げであり、人権活動家への脅迫・嫌がらせであると厳しく批判した。さらに、コルデロもフェイスブックのライブビデオを通じて支持者たちへの感謝の意を伝えた後に、自身の無実を訴え、さらに不当逮捕に対して告訴すると宣言した。
 同様の手口での不当逮捕は、10月10日にも発生しており、その時には2人の労働運動活動家がケソン市で逮捕されている。

―トピック3:証言の撤回:無罪への大きな進展?

 10月29日にデ・リマのドラッグ容疑に関する裁判でラファエル・ラゴスの証言撤回が取り上げられた。デ・リマの容疑を支える証拠の一つが、ラゴスによる、刑務所内の麻薬王ハンス・タンとデ・リマとのドラッグに関する金銭の橋渡しを行っていたとする証言である。ラゴスは4月末の時点で、この証言が当時の司法省ヴィタリアーノ・アギーレ長官からの脅迫によって強要された嘘であったと語り、それまでのデ・リマを貶める証言を撤回している。今回、その証言撤回が法廷において初めて提出される運びとなった。
アギーレ元長官はラゴスへの圧力を否定している。

◆今週のトピックス解説

― デ・リマ釈放のための3つの選択肢

 10月26日の大衆英字紙インクワイアラー紙は、レネ・サルミエント弁護士による論説「マルコス大統領がデ・リマを釈放するための3つの選択肢」を掲載しました。レネ・サルミエント弁護士は、1986年憲法の草案や共産主義組織との和平、イスラムとの和平に尽力してきており、また、アジア太平洋大学法学部で憲法学や人権について教鞭をとる教授でもあります。彼は、この論説において、デ・リマ釈放のためにマルコス大統領が取りうる3つの選択肢を説明しています。彼の主張の前提にあるのは、デ・リマに対してなされているドラッグ密売容疑での刑事告発裁判の迅速な解決が難しいとする認識です。
 2つの選択肢は、アルバイ州出身のエドセル・ラグマン議員によって提案されたものです。それらは、1987年憲法第7条第1項「行政権はフィリピン大統領に帰属する」に基づいて大統領が行政権を行使することです。サルミエント弁護士によれば、マルコス大統領は、司法長官を通じて、司法省の検察官パネルに対して、デ・リマに対する告訴の取り下げを命じることも、2つ目の選択肢として同パネルに彼女の保釈申請に関する反対意見の撤回を命じることもできます。そして、このような措置は珍しいことではありません。
 3つ目の選択肢は、1987年憲法で定義されていない権限を利用し、「生命と自由を促進・保護する」ために、憲法や法律で禁じられないあらゆる行為が大統領に許されていることを根拠として、裁判期間中に彼女への人道的配慮から一時釈放を命じることです。 
 45年前の1977年10月27日、父マルコス・シニア大統領は、この根拠を利用して「このような(逮捕・拘束された)人々に対して最大限の人道的扱いと配慮をすることは、常に政府の方針である」として、「裁判中に被拘束者は人道的配慮から一時的に釈放されることがある…」との教書621号を発行しています。そして、この論説が新聞に掲載されたのは、10月26日です。ここで3つの選択肢を示したサルミエント弁護士が、この論説を通じ、マルコス大統領に裁判終了までの期間の一時釈放を訴えたかったことは間違いないでしょう。

― 釈放には至っていないが状況は大きく改善

 残念ながら、10月27日にマルコス大統領が父にならって人道的な釈放を選択することはありませんでした。しかし、状況はデ・リマ解放に有利に進んできているように見えます。憎しみを持ってデ・リマを不当勾留したロドリゴ・ドゥテルテ前大統領のマルコス政権への影響力は益々弱くなっています。また、もう一人、抑圧政策の支持・強化を主張してきたヘスス・クリスピン・レムリア司法省長官も息子の逮捕で強くデ・リマの釈放に反対できない状況に陥っています。
 デ・リマ釈放に関して、マルコス大統領に強く反対できる人物はフィリピン国内にもはや存在しないように見えます。今現在の状況について、次のような幾つかの可能性が考えられます。1つ、釈放まで既に秒読み段階なのかもしれません。あと一つ、何か大きな後押し、例えば、米国政府との政治的な取引が必要なのかもしれません。そして、最後に、デ・リマを釈放することで、マルコス支持層の多くがマルコスから離れてしまうとマルコス自身が認識しているのかもしれません。可能性は数多くありますが、少なくとも今回の法定でのラゴスの証言撤回が、釈放の実現可能性を高めていることは間違いありません。

〈Source〉
ケルウィン・エスピノーサに続き、ラファエル・ラゴスも証言を撤回, SAC, May 9, 2022.
2 activists arrested on trumped-up charges in Quezon City, Bulatlat, October 10, 2022.
Citizens criticize Marcos Jr.’s absence in hardest hit areas, low budget for disaster response, Bulatlat, October 31, 2022.
Groups: Charge vs trade unionist another trumped-up case, Philstar, October 27, 2022.
Letter of Instruction No. 621, s. 1977, Philippines Government, October 27, 1977.
Magnitude-6.4 earthquake strikes Abra, ABS-CBN, October 25, 2022.
Marcos gov’t told to fund weather bureau enhancement after storm Paeng’s devastation, Business World, October 30, 2022.
Marcos spotted in Laoag amid talk of travel to Japan despite Paeng rampage, ABS-CBN, October 30, 2022.
Storm Nalgae Kills 110 in Philippines, Highlighting Climate Risk, Bloomberg, November 1, 2022.
Three options for President Marcos Jr. to free De Lima, Inquirer, October 26, 2022.
Tropical storm Paeng leaves 48 dead, thousands flooded, Bulatlat, October 30, 2022.
Ragos says he was forced to testify vs De Lima, philstar, October 29, 2022.

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