<新企画>今週のフィリピン・ダイジェスト
(8月5日~8月12日)

【写真】7月31日に死去したフィデル・ラモス元大統領/via FVR second PH president who reached age of over 90, pna, August 5, 2022.

栗田英幸(愛媛大学)

※毎週金曜日は、この1週間に起こった出来事の中から、フィリピンの人権侵害に関係する幾つかの出来事について、簡単な解説とともに紹介します。

 今週、本サイトの趣旨に適した内容でメディアを賑わしたのは、3つのトピック―フィデル・ラモス元大統領の死、左派のブレイン的存在であり、著書や論考が日本語にも訳されているウォルデン・ベロの逮捕、先週も簡単に触れた戒厳令を描く2つの映画―でした。
 また、解説では、故ラモスを称賛して暗にフェルディナンド「ボンボン」マルコス(以下、ボンボン・マルコス)を批判する数多くの記事を3つの論調に整理して紹介します。

◆今週のトピックス

― トピック1:フィデル・ラモス元大統領の死と追悼
 7月31日、フィデル・ラモス元大統領(94歳)(以下、故ラモス)の死が伝えられた。今週は、フィリピン国内のみならず世界中のメディアがその時代を偲び、また、再評価する記事が数多く掲載されている。
 故ラモスは、「エドサ革命」成功の立役者として一躍有名になり、クーデターの多かったコラソン・アキノ政権を国軍参謀総長として支えた後、第12代大統領として1992年から1998年までの6年間の任期を務めた。
 8月9日、告別ミサがタギッグ市で行われた後、英雄墓地に埋葬された。傍らにはアメリタ・ラモス夫人と彼女に付き添うボンボン・マルコスの姿がみられた。

― トピック2:サラ副大統領の嫌がらせか?ウォルデン・ベロ逮捕
 8月8日、先の選挙で副大統領候補として立候補した左派選挙連合Laban ng Masa(大衆ための闘い)議長のウォルデン・ベロ(以下、ベロ)は、2件のサイバー名誉毀損(インターネット上での名誉毀損)で警察に逮捕された。サラ・ドゥテルテ-カルピオ(以下、サラ)副大統領によるベロへの嫌がらせだとの見方もあるが、その真偽を判断するに足る証拠は今のところ出ていない。サラ副大統領も関与を否定している。
 告訴は、昨年11月にサラの側近の一人ジェフリー・トゥパスが大量の違法薬物が押収されたパーティーに出席していたにもかかわらず釈放された事件に関し、選挙中にベロがトゥパスを「ドラッグ売人」と呼んだ声明に対してなされた。サラの側近であり、不可解な釈放をされたこと、その後もドゥテルテ一家に匿われていることから、この声明は暗にサラと違法薬物との関係を匂わせていた。
 逮捕後の記者会見でLaban ng Masaのスポークスパーソンであるレオマール・ドクトレロは、すでに逮捕を予期していたために保釈および無実証明のための行動の準備が進んでいると説明し、その翌日の時点ですでに保釈金も支払われている。

― トピック3:映画『マラカニアン宮殿のメイド』と『カティプス』
 先週公開された戒厳令をめぐる2つの映画(『マラカニアン宮殿のメイド』と『カティプス』)に対して、さまざまな見解が出されている。『マラカニアン宮殿のメイド』をプロデュースしたボンボン・マルコス大統領の姉アイミー・マルコス上院議員は、これを「歴史で語られない事実」であると事あるごとに宣伝してきた。映画では「冷血なマルコス一家」ではなく家族愛の強いフィリピン家族としてのイメージが強調され、国外脱出を決めた際のマルコス一家の帰国に対する強く切ない願望が演じられている。35万人のフォロワーを有するアイミー・マルコス上院議員のYouTubeチャンネルでは、映画を見終わったばかりの人たちが口々に感動を表現している場面と「帰ってこよう」という繰り返しの発言が結び付けられて編集されている。
 一方、ネグロス島サンカルロスのジェラルド・アルミナザ司教は、『マラカニアン宮殿のメイド』をマルコス一家に有利な歴史の歪曲の恥知らずな試みとして、ボイコットを呼びかけている。当時、避難中であったコラソン・アキノ元大統領が、教会内でシスターと麻雀をする不謹慎な映画シーンも物議を醸している。
 戒厳令下の学生活動家を描く『カティプス』に関しては、『カティプス』が『マラカニアン宮殿のメイド』と対決するために作られたものではない点を説明する記事が目立つ。これら記事は、故フェルディナンド・マルコス・シニア(以下、マルコス・シニア)大統領を批判したり歴史的事実を突き詰めようとしたりするものではないことを伝え、映画の見どころを説明する。

◆今週のトピックス解説

― マルコスへの皮肉の効いたラモス評価?
 国内外の数多くのメディアが故ラモスを偲び、追悼記事を掲載しています。そのほとんど全てが、経済成長と民主主義をキーワードとした彼の数多くの偉業を讚え、いくつものエピソードを紹介しています。大統領在任期間は、地味な大統領として高い人気を獲得することはできませんでしたが、その後の社会的混乱や経済の低迷、民主主義の後退は、故ラモスの評価を大いに高めることとなりました。
 以下に紹介する追悼記事も故ラモスを偲び、その業績を讃えてはいますが、その文章の背後に執筆者たちのボンボン・マルコスに対する批判や不安が滲み出ており、その点に配慮して読むならば、直接的に批判こそしていないものの、ボンボン・マルコスに対して強い皮肉が込められた文章として読むことができます。以下、3つの論調に整理して皆さんに紹介します。

― その1:権威主義色が強化される?ボンボン・マルコス経済政策への皮肉
 故ラモスの国際的な評価を高めたのは、大統領時代の高く安定的な経済成長に他なりません。IMFの構造調整やピナトゥボ火山の噴火(1991年)によって経済の低迷を余儀なくされたコラソン・アキノから政権を引き継いだ時の経済成長率はゼロでした。高い経済成長を見せるアジア諸国の中でフィリピンは例外であり、政権交代当時は「アジアの病人」との不名誉なレッテルが貼られています。このような経済の低迷に対して故ラモス大統領は、電力に重点を置いたインフラ整備と開放政策を推進し、高い投資に支えられて6%近くに達する高く安定的な経済成長を達成したのです。世界中のメディアや投資家、経済学者が当時世界トップ水準を示したフィリピンの高い経済成長率と故ラモス大統領の経済政策を称賛しました。残念ながら1997年のアジア通貨危機により、フィリピンを含め、長期的に持続すると見られていたアジア諸国の高い経済成長は阻害されてしまいましたが、このことが故ラモス大統領の評価を落とすことはありませんでした。
 故ラモスの経済理論に忠実な経済政策への高評価は、そのままボンボン・マルコスの不透明で権威主義的な経済政策への不安を際立たせています。

― その2:ラモス一家
 2つ目は、マルコス一家とラモス一家との関係の皮肉です。故ラモスの父はマルコス・シニア大統領の外務大臣として重用され、母はマルコス・シニア大統領の従姉妹でした。恵まれた環境と堅実な性格により、故ラモスはマルコス・シニア政権の下で軍人として早い出世を果たし、国軍ナンバー2の地位にまで上り詰めました。しかし、1986年の大統領選挙で勝利を宣言した故マルコス・シニア大統領に対して、エンリレ国防相(当時)とともに反旗を翻して少数の軍人のみで基地に籠城したのです。この籠城に共鳴した民衆によって引き起こされたのが、エドサ革命です。
 エドサ革命に続く一連の行為によって、故ラモスは一躍英雄となります。さらに、マルコス・シニア死亡後に帰国したイメルダ・マルコス夫人は、夫を英雄墓地に埋葬するよう何度にも渡って強く要求してきましたが、その要求を最初にキッパリと拒否したのが故ラモス大統領です。
 記事は、因縁深い故ラモスの死去に対してボンボン・マルコス大統領が簡素な追悼メッセージを送り、また、ボンボン・マルコス大統領が告別ミサでアメリタ夫人の側に立つ姿を淡々と描写しつつ、庇護者でもあったマルコス一家と敵対した、もしくは裏切った故ラモスの決断の背景や現在のボンボン・マルコス大統領の気持ちに思いを馳せています。ボンボン・マルコスが故ラモスに思いを馳せるとき、彼の心は偉大な先人への敬意の念で占められているのでしょうか、それとも恨みが渦巻いているのでしょうか?

― マルコスへの皮肉の効いたラモス評価?
 3つ目の論調は、2つ目とも重なりますが、民主主義の擁護者としての故ラモスの評価です。エドサ革命のきっかけとなり、民主主義の旗印でもあった故コラソン・アキノ大統領を何度ものクーデターから守り抜き、地方自治や環境、先住民族の権利に関する法整備を推進し、退任後は世界中で民主主義の重要性を訴える講演を精力的に行いました。
 民主主義の擁護者としての故ラモスの業績は、直接語らなくとも、マルコス親子の独裁主義を読者に印象づけています。

〈Source〉
Activist, former VP bet Walden Bello arrested for cyberlibel, philstar, August 8, 2022.
Ex-President Fidel Ramos laid to rest at Libingan ng mga Bayani, Inquirer, August 9, 2022.
Fidel Valdez Ramos: The president who guarded democracy, broke monopolies, made peace, Rappler, July 31, 2022.
LOOK BACK: Ramos says he opposed Marcos because of his ‘basic values’, Rappler, August 2, 2022.
LOOK: Long lines at SM Fairview for ‘Katips’, ‘Maid in Malacanang’, ABS-CBN, August 4, 2022.
MAID IN MALACAÑANG is CERTIFIED BLOCKBUSTER HIT! | Now Showing In Cinemas Nationwide, Imee Marcos YouTube Channel, August, 2022.
[OPINION] Walden Bello’s arrest won’t erase drug links of Duterte aide Tupas, Rappler, August 9, 2022.
San Carlos Bishop calls for boycott of ‘Maid in Malacañang’ , Rappler, August 4, 2022.
Sara Duterte denies hand in Walden Bello cyber libel case, philstar, August 9, 2022.
Police arrest ex-VP candidate Walden Bello for cyber libel, Rappler, August 8, 2022.
Two films duel for last word on brutal Marcos Sr era in Philippines, Guardian. August 3, 2022.

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