警察改革/弾劾裁判近況/ドゥテルテ前大統領一時釈放?
警察改革
― 新PNP長官トーレ就任と改革
6月2日付で、ニコラス・トーレがフィリピン国家警察(PNP)の新長官に就任した。彼はPNPアカデミー出身として初めてのPNP長官で、若手指導者の人事刷新や改革志向で注目されている。就任前、国家警察委員会(Napolcom)は、トーレ長官について、彼が「法執行機関の改革にコミットしている」ことに歓迎を示し、その「警察組織内の規律」や「信頼回復」への意志を称賛した。
さらに就任セレモニーでは、犯罪抑止の迅速な対応を誓う一方、ドゥテルテ路線からの完全な離別とマルコス路線の踏襲を意識した「(ドゥテルテ時代のような)ノルマや殺害はない。(マルコスの求める)迅速かつ合法的な対応のみ」 を掲げた。
― ドラッグ検挙数を指標とした業績評価と逮捕証明書の義務化
トーレ長官は、長官就任後すぐに警察官の業績評価指標として「薬物検挙数」を導入する方針を打ち出した。6月2日にABS-CBNが伝えたところによれば、薬物関連の逮捕数を評価基準に据えることで、犯罪撲滅の加速を狙っている。
この方針には、国家人権委員会(CHR)から懸念の声も上がった。CHRは「量を優先する評価が抜け道や濫用を招く恐れがある」と警告しており、トーレ長官も「濫用されないと信じている」と応じつつ、「重度の人権侵害があれば重い制裁を課す」と説明している。
さらに、6月9日に「逮捕証明宣誓供述書」の提出を昇進要件とする新制度を発表。これは、警察官が挙げた逮捕実績が事実に基づくものであることを文書で裏付ける仕組みであり、内部監査の強化と犯罪統計の透明性向上を意図している。
― 体格基準見直しと人権重視の姿勢
6月18日、トーレ長官はBMI(体格指数)の基準について「骨格の大きさ」を考慮する方針を明言した。大柄な警官が体重超過で罰せられないよう、医学的な背景を踏まえた運用を行う意向だ。
これは、警察官に対する不公平な適性判断を防ぐ狙いがある。トーレ長官は、同時に、CHRからの懸念に対して、逮捕数を業績評価に含めても濫用しないと再度説明し、人権を尊重する姿勢を強調した。
〈Source〉
Affidavits of arrest now required for police promotions, says Torre, ABS-CBN, June 9, 2025.
Cops warned: Lose weight or lose your job, Philstar, June 18, 2025.
PNP chief’s new rule: Police need ‘proof of arrest’ to climb ranks, Philstar, June 9, 2025.
PNP to consider bone structure in enforcing weight limit rule – Torre, Inquire, June 18, 2025.
弾劾裁判近況
― 下院検察役「裁判は止められない」と反論
6月10日、上院が弾劾裁判所として招集された直後、提出された動議により、下院で可決されたサラ副大統領に対する弾劾訴追条項は、一時的に下院へ差し戻されることとなった。他方、上院議長のフランシス・エスクデロ議長は、弾劾裁判自体は開始されたことを受けて、形式的にではあるが、サラ副大統領に対して弾劾裁判への召喚状を送付した。
6月11日、下院から指名された訴追委員会(prosecution panel)は、上院が(形式的にであれ)サラ副大統領に対して召喚状を発行した以上、「弾劾裁判の手続きは既に上院に正式に移行している(下院に差し戻すことはできない)」とする立場を改めて表明した。彼らは、「この裁判はもはや妨害も遅延もできない」と強調し、上院による差し戻しや再評価の試みを「不適切」と批判している。
また、訴追委員会は「提出された訴追文書は、憲法および上院規則に照らして完全に適法であり、形式上の不備は存在しない」と述べた。彼らは上院が「裁判官としての役割」を引き受けた事実、ならびに召喚状の発行によって、副大統領が被告として上院に出廷する義務を負ったことを根拠にしている。
― 差し戻しをめぐり教会・市民団体が反発
上院が6月10日にサラ副大統領に対して召喚状を発行したにもかかわらず、弾劾訴追文書を再び下院に差し戻す決定を下したことに対し、国内の宗教団体・市民社会から強い反発が起きた。とくにカトリック司教協議会(CBCP)や複数の法学団体、学生組織は、「これは憲法手続きの放棄であり、上院の職責を果たしていない」とする共同声明を発表した。
上院議員少数派のリサ・ホンティヴェロス議員は、「我々の義務は審理と判断であり、有効な告発を差し戻すことではない」と公に発言し、差し戻しの政治的意図を批判している。
また、法学者の間では「上院が召喚状を出した時点で、実質的な裁判権が発動しており、これを撤回・停止することは憲法上の疑義を生む」との指摘も多く、議会手続きと司法手続きの境界が問われる局面となった。
― 上院は経済への悪影響に目を向けるべき:大統領府
6月19日、大統領府は、弾劾裁判における遅延が経済に与える悪影響について上院に警鐘を鳴らした。クレア・カストロ大統領報道次官は記者会見で、ビジネスセクターから「法の支配が守られなければ投資家の信頼が損なわれる」との懸念が出ていることを紹介し、「汚職の疑いがかかっている指導者に対して、上院議員が肩入れしているような印象を与えれば、投資は慎重になる」と述べた。
また、サラ副大統領が「経済は崩壊している」と発言したのとは対照的に、実際には経済は回復傾向にあると主張。カストロ次官は、弾劾審理の遅延により政府の経済改善努力が無駄になる恐れがあると警告し、「急がせるつもりはないが、憲法と法の支配を尊重して進めてほしい」と述べた。マカティ・ビジネスクラブも、上院に対し憲法上の義務を果たすよう求めている。最後にカストロ次官は、行政は弾劾プロセスに介入しないと強調した。
― 弾劾追訴無効議案
6月4日、ロナルド・デラロサ上院議員は、ドゥテルテ副大統領に対する弾劾訴追について、「上院が100日以内に正式な裁判を開始しなければ、自動的に無効とみなす」という趣旨の決議案を起草中であることを明かした。
この決議案は、弾劾訴追に対する手続き的な「期限切れ論」を根拠にしており、起草者自身が「副大統領を救済するための制度的防波堤」と述べている。ドゥテルテ陣営にとっては、上院での多数派形成を図る一環とも考えられる動きであり、実際にこの決議案を支持する声も与党内で出始めている。
一方で、下院側や法律家グループからは、「100日規定は上院の“裁量的規律”であり、憲法上の制限ではない」との反論が出ている。
〈Source〉
Charter experts slam order to remand impeach case, Philstar, June 13, 2025.
CBCP leader: Delaying Duterte impeachment trial betrays Constitution, Inquirer, June 10, 2025.
Palace cautions vs. delayed impeachment process impact on economy, Philippine New Agency, June 19, 2025.
Sara Duterte trial: Possible recusal of some senator-judges to raise new legal question, ABS-CBN, June 16, 2025.
Top Philippine senator to seek dismissal of Duterte impeachment case, Reuters, June 4, 2025.
ICC一時釈放申請
― 仮釈放申請
6月13日、ロドリゴ・ドゥテルテ元大統領は国際刑事裁判所(ICC)に対し、人道的配慮の名の下で「一時釈放」を申請した。
「80歳という高齢と逃亡・再犯のおそれがない」ことを理由とし、第三国が受け入れに同意していることも提出書類で示された 。被害者遺族の代理人らは強く反発しており、審理は数週間以内に判断される見込み。
― ドゥテルテユース・パーティリストの登録取消
6月18日、フィリピン選挙管理委員会(COMELEC)第2部会は「Duterte Youth」パーティリストの登録を取消す決定を下した。投票結果は2対1の可決で、「登録は当初から無効」との判断が示された。主な理由は、公告・公聴会の不実施、候補者の年齢要件違反、青年代表を装いつつ実質的に目的が逸脱していることなどが挙げられている。
このパーティリストは2025年中間選で約230万票を獲得し3議席を予定していたが、登録取消により当該議席は無効化される見通し。COMELECのジョージ・ガルシア委員長は、「決定は下院議席の宣言前に行われるべきだった」と述べ、決定は5日以内に再審請求が可能としている。一方、カバターンなど青年支援団体は「正当な判断だ」と評価し、パーティリスト制度の透明性確保につながると歓迎の声を上げた。
〈Source〉
Philippines’ Duterte seeks interim ICC release to undisclosed country, Reuters, June 14, 2025.
Comelec division cancels Duterte Youth party-list registration, ABS-CBN, June 18, 2025.