【コラム】コロナ禍の在日フィリピン人介護士たち(前編)

【写真】ディサービスで働くEPAで来日したフィリピン人=2009年、徳島県、小川玲子撮影。

小川玲子(千葉大学社会科学研究院)

 日本には約27万人のフィリピン人が暮らしており、中国、ベトナム、韓国について第4位の移民コミュニティを形成している。日本と東南アジアとの経済連携協定(EPA)の締結により、外国人看護師と介護士の受け入れが開始されたのを契機として、2000年代後半から在日外国人向けの介護研修が増加した。現在、多くの在日フィリピン人女性が介護の仕事に従事している。ここでは2回にわたってコロナ禍の在日フィリピン人介護士について紹介する。

― コロナ禍でどんな体験をしたのだろう

 2021年の調査によれば、東京都の介護施設の半数以上で外国人が介護士として働いており、そのうち約半数は定住している外国人である。定住外国人介護士の中には中国や韓国、日系人など様々な国籍の人がいるが、その中でも在日フィリピン人は大きな割合を占めている。在日フィリピン人介護士の多くは日本人と家族を形成し、安定した在留資格を得て、長期間にわたって日本に定住している。彼女たちはすでに10年以上介護士として働いた経験を有しており、介護職員初任者研修や介護福祉士の国家資格を持つケアのプロである。
 彼女たちの職場は特別養護老人ホーム(特養)、ディサービス、軽費老人ホーム、有料老人ホーム、訪問介護などさまざまな介護現場に広がっており、日本人介護士と同様に、あるいは日本人以上に夜勤などもこなしている。では、在日フィリピン人介護士はコロナ禍をどのように体験したのだろうか。

― 介護レベルの重度化とコロナ対応による業務の増加

 まず、介護施設では厳格な感染症対策が行われ、国籍にかかわらずすべての職員は定期的にPCR検査とワクチン接種をしなければならない。友人と大勢で集まることもできず、休日も家にいるしかなく「まるで刑務所のよう」だったという。介護施設では家族の面会は禁止され、行事などもできなくなってしまったため、高齢者の生活の質は落ち、退屈で単調な生活になってしまった。特に認知症の高齢者にとってはコロナの影響は大きく、本来はもっと心のケアをしたかったが、介護施設は慢性的に人手不足であるためそれができなかった、と残念そうに語る。
 実は彼女たちが介護士を志した2009年頃は高齢者も今ほど要介護度が高くなく、人手も充足しており、介護現場にはもっと余裕があった。しかし、現在、介護分野の人手不足はますます深刻になっており、その負担は彼女たちに重くのしかかっているように見えた。
 介護職として13年働いてきたMさんの職場では、毎月数人が辞めても一人しか新規採用がなく、これまで5~6人いた夜勤の職員が3人になってしまった。そのため、Mさんは介護だけでなく、事務や食堂などの仕事を無給、つまりサービス残業でこなさなければならなくなってしまった。夜勤は一人体制であり一晩に高齢者16人のおむつを3回交換しなければならない。また、認知症の高齢者が多いため、転倒などが心配で夜勤中は仮眠をとることもできず、睡眠障害になってしまった。

―「外国人は管理職にはなれない」

 Mさんはもともとホームヘルパーの資格を取得して働いていたが、漢字が読めなかったため恥ずかしいと感じ、介護福祉士の試験にチャレンジし、なんと2回で合格した。東京にあるすみだ日本語教育支援の会では、外国人が介護士として就労するための日本語教室を開催しており、これまで多くの合格者を出してきた。
 一日にどれだけ勉強したのかと尋ねると、癌の治療をしていた時に退職し、時間があったので勉強に集中できたという。Mさんはなんでもマイナスに考えないことが大事だと語るが、厳しい状況の中でどれほどの努力をしたのかは想像に難くない。そして、介護の仕事は頭も心も身体も使う仕事であり、人手不足でなければ楽しいと語る。

【写真】ボランティアと一緒に勉強する在日フィリピン人、すみだ日本語教育支援の会 提供。

 Oさんは介護職として12年働いており、グループホームと訪問介護を掛け持ちしている。グループホームの夜勤明けの午後に定期訪問を行い、4時間ほどで12軒を回るのだという。MさんもOさんもすでに10年以上介護の経験があり、Mさんは介護福祉士資格、Oさんはヘルパー2級をもって働いているが、「外国人は管理職にはなれない」と口をそろえる。その理由を尋ねると、「日本人のように日本語ができないから」だという。それが日本人の上司に言われてのことなのか、あるいは職場の雰囲気を敏感に感じ取って出た言葉なのかは分からないが、IT化を進めるなどして言語による制度的な障壁を低くし、多様性を尊重する職場づくりをすることが求められている。

― 外国人介護士が力を発揮できるような環境を

 2017年以降、在留資格「介護」、技能実習介護、特定技能介護と矢継ぎ早に新しい受け入れ枠組みが新設され、介護分野で就労する外国人は増加している。在日フィリピン人たちは新規に来日する外国人介護士にとっては日本での生活も介護職としての経験も長いため、よいメンターになれる。日本の介護が直面している課題を在日外国人に押し付けるのではなく、彼女たちの努力が正当に評価され、教育や研修の機会が平等に与えられ、新規に来日する外国人の受け入れにあたって力が発揮できるような環境にしていく必要があるのではないだろうか。

〈筆者紹介〉
おがわれいこ。学生時代からフィリピンとかかわる。専門は社会学。主な出版物はRoutlege Handbook of East Asian Gender Studies (2020, Routledge, 共著), Gender, Care and Migration in East Asia (2018, Palgrave Macmillan, 共編著)など。

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