全5回連載 フィリピン和平交渉の
行き詰まり−何が問題なのか(5)

【写真】フィリピン政府とフィリピン民族民主戦線との第4回公式和平協議 オランダにて=2017年4月/via Office of the Presidential Adviser on Peace Process

松野明久(大阪大学)

第5回(最終回) 行き詰まりの打開に向けて

 2022年は和平交渉開始から30年の節目。5月には大統領選もあり、交渉の切り直しも期待される。これまで4度の破綻を経てきた交渉が5度目の破綻を避けるにはどうしたらいいのか。過去を振り返り、他の事例とも比較して、考えてみたい。

― 成熟理論

 和平交渉の成否を左右する重要な要因として機が熟していること(ripeness)が挙げられる。米国の政治学者ウィリアム・ザートマンが理論化した(ripeness theory)。定訳がないので成熟理論としておこう。「成熟」の具体的状況としては、お互い傷つけ合う膠着状態(mutually hurting stalemate)等が考えられる。フィリピンの交渉が再開・破綻を繰り返すさまをみて、本当は両者ともやる気がないのだと思う人は少なくない。つまり機が熟していないのではないかと。しかし、私はそうは思わない。むしろ和平交渉の構造的部分に問題があると思う。よく似た構図のコロンビアとフィリピンの和平交渉を比較したスウェーデンの学者コリン・ウァルシュは、紛争当事者として複数のアクターがいる場合、それぞれ成熟度が異なることを考慮に入れるべきだという。フィリピン共産党(CPP)と新人民軍(NPA)、大統領府と国軍は4つの異なるアクターだと考えるべきで、交渉自体はCPPと大統領府主導で進んでいるが、NPAと国軍は別な考えだというわけだ。ウォルシュはフィリピンの場合、フィリピン民族民主戦線(NDFP)側が組織的に一元化されていないことに問題の一つがあると述べる。
 確かに、海外に拠点を置くCPPと国内のゲリラ組織NPAは違う。それが停戦案を巡って表面化したのが2017年3回目の交渉だった。NPAが武装解除に慎重なのは当然だ。和平プロセスの完了を見届けるまで力の源泉は失いたくない。そうしなければ自身の安全が保てない。かつて北アイルランド紛争の和平交渉でもアイルランド共和国軍(IRA)の武装解除スケジュールで合意ができず頓挫しかけたが、武装解除を後回しにするという「英断」で交渉は妥結した。まずCPPの政治参加の道を作り、兵士の安全を完全に保証しなければならない。

― プロセスを開く

 交渉は関与するアクターが多ければまとまりにくい。しかし、幅広いアクター間の合意がなければ交渉を妨害するスポイラーを生む。二律背反的問題であり、議論して均衡点を見極める必要がある。とかく当事者は他人を入れたがらないもので、今の交渉の参加枠組も非常に狭い。フィリピン政府は問題が国際化するのを嫌がっているし、CPPも交渉を自己のコントロール下に置きたい。しかし、武力をもつ紛争の直接当事者だけが話すという伝統的枠組はこの場合適切だろうか。
 まず、「外」に少し開く必要があるだろう。つまり国際的な枠組をもってくるということ。数カ国が一緒になって交渉を見守り、双方に国際社会の意思を伝え、和平プロセスへの資金提供を約束する。また、「内」に開く必要もある。農民組合や先住民の代表者は発言の機会が与えられなければならない。また、市民社会やマスメディアも自由な意見表明ができなければならない。多様な意見が出される中で、紛争継続を叫ぶ声が淘汰される状況を作り出していかなければならないのである。複雑な交渉過程は解決を長引かせ、混乱をもたらすだけだという意見もある。確かに、そうならないとも限らない。しかし、そうした試練のプロセスに耐えられない解決策では、その後の和平プロセスがもたない。パレスチナがいい例だ。多様なアクターを重層的にプロセスに関与させるとなると、交渉関係者をできるだけ絞り込み、彼らの間での妥協点を探らせるというノルウェーの伝統的アプローチでは不足かも知れない。CPPと政府が本気で交渉を望むのであれば調停者(メディエーター)にもう少し強い権限を与える度量を示すべきではないかと思う。

〈筆者紹介〉
 専門は国際政治、紛争研究。東ティモール、インドネシアを始め、東南アジアや中東、北アフリカの紛争を研究。フィリピンについては「フィリピン政府と共産党の和平交渉―長期化の背景をさぐる」『世界』(2020年12月号)がある。

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Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

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