大統領官邸、ICCの捜査再開要請に反発

【写真】ICCの戦争犯罪専門家カリム・カーン主任検察官/Statement of the Prosecutor of the International Criminal Court, Karim A. A. Khan QC, ICC, June 24, 2022.

【26日=東京】国際刑事裁判所(ICC)の戦争犯罪専門家カリム・カーン主任検察官(以後、カーン検察官)が「ドラッグ戦争」関連の捜査を再開するよう要請したことに対して、ドゥテルテ大統領官邸は、これまでと同様に捜査を拒む態度を示した。一方で、国際NGOや国内弁護士団体などからは歓迎の声が上がっている。

― すでに国連の技術プログラムに着手している

 6月25日、ドゥテルテ大統領官邸は、ICCの捜査再開要請について腹立たしいとのコメントを出した。同時に、マーティン・アンダナール大統領広報官は、「ドラッグ戦争」は透明性を維持しており、その上、これに関わる疑惑を晴らすために国連による3年間の技術協力プログラムにも取り組んでいるので、フィリピン政府の努力に任せるようにと述べた。さらに、互恵関係 reciprocityはICCの重要な原則であり、ICCがこの原則から外れるならば「ICCが政治的道具にすぎないことが明らかになるだけだ」と付け加えた。(Andanar added that veering away from this principle “will only reveal the politicization that has infiltrated the ICC’s ranks.”)さらに、カーン検察官や国家人権委員会に対し、国家主権を理解するようにと述べた。

― フィリピン政府による捜査延期の要請に正当性なし

 6月24日、カーン検察官は声明において、2021年11月に一時中断されたドゥテルテ大統領の「ドラッグ戦争」に関する調査を再開する権限を求める要請を、ICCの第一審裁判所裁判官へ提出したと明らかにした。カーン検察官は、フィリピンから提供されたすべての情報、公に入手可能なその他の情報、第三者から提供された情報、さらに、すでにカーン検察官らが収集している情報を慎重かつ徹底的に検討した結果、フィリピンが要求した調査の延期は認められず、調査をできるだけ早く再開すべきだという結論に達したと述べた。

 2021年に司法省は、カーン検察官らの求めに応じ、52件に関する報告書を発表した。その中で、警官に発砲したために銃殺されたと記録されていた幾人かの容疑者に関して、実際には、彼らの硝酸火薬テストは陰性だったということが明らかにされた。この報告書についてヘンリー・ロケ元大統領広報官は、52件のケースにおいてドゥテルテ大統領が殺害を指示した証拠、および、大統領が処罰しなかったという報告はなかったと述べた。

 一方カーン検察官は、フィリピン英字紙フィルスターによれば、司法省主導の調査パネルはこれまでに、国家捜査局が扱う302件、国家警察内務局が扱う52件、国家検察庁が扱う250件に関して言及したが、その調査方法さえ説明しなかったと指摘した。また、調査パネルによってICCへ送られた情報は、被害者がどのように死亡したか、手順の不備が指摘されたことについての見解や指摘が記載されているだけの「机上審査」であり、調査パネルは具体的な調査活動をしておらず、延期要請の要件を満たすものではないと断じた。

 声明においてカーン検察官は以下の点について指摘し、ICCの刑事捜査の延期を求めるフィリピン政府の要請には正当性がないと述べた。

  ・フィリピン政府から提供された情報の大半は、刑事責任の立証を求めない行政などの手続きや訴訟に関するものである。
  ・フィリピン政府の調査には、ICCが捜査対象としている2011年から2016年にダバオで起きた事件、殺人以外の犯罪、警察の公式活動以外での殺害、中・高位加害者の責任、組織的行為や国家政策などが含まれていない。
  ・わずかな例外を除き、フィリピン政府は、捜査が進行中または完了していることを立証する文書や、実施された具体的な捜査または検察の手順に関する詳細を提供することができない。
  ・第1予審判事室が調査を許可する決定の中ですでに認めているように、人道に関する罪を示す明確な証拠が存在する。自国の領土または自国民によって行われた犯罪を調査する最初の機会を有する。しかし、国家当局が行動を起こさない場合、ICCが介入しなければならない。

― 2021年11月、捜査は一時中断された

 「ドラッグ戦争」に関するICCの捜査実施の決定は、2021年9月15日だった。ICCの第一審裁判所は、2011年11月1日から2019年3月16日の間に「ドラッグ戦争」に関連してフィリピンの領域で行われた人道に対する罪の疑惑を調査する権限を、カーン検察官らの事務所に与えた。

 しかし、2021年11月10日、フィリピン政府は、ICCが捜査対象とする殺人容疑についてすでに調査中であるとして、ICCによる調査の延期を求めた。これに伴い、カーン検察官らの事務所は、規程の定めるところに従い調査活動を中断したのである。

 その後、カーン検察官らの求めに応じ、フィリピン政府は2021年12月と2022年3月に調査に関する追加情報を提供したが、結局、今回の捜査再開の決定につながった。

― カーン検察官の決定は政府の責任を問うための「ブースタ-ショット」

 国際人権団体ヒューマンライツ・ウォッチのマリア・エレナ・ヴィグノリ上級国際司法顧問は、カーン検察官のドラッグ戦争に関する捜査再開の要請は、加害者に説明させ、責任を取らせるための「ブースターショット」だと述べた。フィリピン政府は被害者のための正義に真摯に向き合わない一方で、被害者家族は救済もないままに悲嘆に暮れ、また、責任を負うべき者が罪に問われることもない。

 全国人民弁護士連合(NUPL)は、ICCの捜査延期への拒絶と捜査再開の要請はドゥテルテ大統領任期最後にふさわしい「別れ際の一撃」であり、捜査、ひいては立件が必要であるという決定的な証拠であると述べた。

〈Source〉
ICC prosecution: High-profile DOJ-led review of ‘war on drugs’ killings a ‘desk review’, philstar, June 25, 2022.
ICC prosecutor to reopen Philippines ‘drug war’ investigation, BULATLAT, June 25, 2022.
HRW: ICC prosecutor’s request to continue probe into Philippines’ drug war ‘booster’ for accountability, GMA NEWS, June 25, 2022.
Palace to ICC: Let PH gov’t address alleged flaws in drug war, Philippine News Agency, June 25, 2022.
Statement of the Prosecutor of the International Criminal Court, Karim A. A. Khan QC, following the application for an order under article 18(2) seeking authorisation to resume investigations in the Situation in the Philippines,, June 24, 2022.

美しい国フィリピンの「悪夢」

フィリピン政府が行っている合法的な殺人とは?

詳しく見る

最新情報をチェックしよう!
>ひとりの微力が大きな力になる。

ひとりの微力が大きな力になる。


一人ひとりの力は小さいかもしれないけれど、
たくさんの力が集まればきっと世界は変えられる。
あなたも世界を変える一員として
私たちに力を貸していただけないでしょうか?

Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

寄付する(白)