連載【まにらから】サラ・ドゥテルテを切る

【写真】壁に、「NTF-ELCACを解体せよ」「憲法改正をやめよ」と書く若者ら=2024年7月22日,ケソン市,岡田薫撮影.

岡田薫(元まにら新聞記者)

「子どもたちは希望の担い手だ」とは、よく使われてきた言葉だが、この人が言う時、ある意味の「新鮮さ」を感じさせた。現マルコス政権下で教育長官を兼任していた頃のサラ・ドゥテルテ副大統領の言葉だ。小学生を前に自作の絵本を読み聞かせる姿はまだ記憶に新しく、一見、愛情豊かな母親のイメージを湛えていた。サラは大学では呼吸療法や法律を専攻し、弁護士資格を持ち、ミンダナオ地方のダバオ市長などを経て、わずか44歳で副大統領に就任している。

人口200万に達し、国内最大の面積を誇るダバオ市最有力一家のサラブレッドで、荒々しい言動で政治を都合の良い方向に動かしてきた父親、前大統領ドゥテルテの背中を見て育った。「父親とは別人格」と言いながら、その影響を色濃く受け継ぎ、父親同様にメディアを抱き込み、論点を逸らすことに長け、教育大臣としては独自の政策をとってみせた。

児童・生徒のクリエイティビティーの源であるべき教室から、視覚教材や飾りつけ一切を締め出す布告を出し、日本の高校2・3年生にあたるシニアハイの生徒向けに、企業の即戦力重視の職業教育を提唱。子どもが将来「勝ち組」に上昇できるかは「教員の勤勉さ次第」と言い放った。自身と教育との接点は「三児の母であること」で片づけてみせた。教育長官の資質がそれで良いなら、候補者はこの国に無数いる。

教職員組合はおろか省内でも不人気だったといえる教育長官の任期は2024年7月、二年余りで突如終わりを迎える。強調していた割に志は中途半端だった。そもそもサラは教育以上に国防長官を所望していた。ボンボン・マルコス元上院議員と正副大統領を目指して「ユニチーム」を組んだ際、当選の暁には「国防長官兼任」を条件にしていたというが、大統領当選後、周囲から国軍掌握の意図を「誤って」勘ぐられるのを嫌い、あえて教育長官を所望したのだという。人民や反旗を翻した国軍によって、米国への一家亡命を余儀なくされた苦い過去を持つマルコスにとっては、サラの一挙手一投足に警鐘を鳴らしてきた野党系の「勘ぐり」に救われた思いだったろう。サラが出した条件のもう一つは、ダバオに残る子どもたちと定期的に会うため、空路を無料にしてほしいというもので、当選後のマルコスは前言を翻して言葉を濁したようだ。多くのOFW(フィリピン人海外出稼ぎ労働者)が、家族との再会を果たすため、航空費の工面に四苦八苦しているのに、国のナンバーツーが航空費無料を乞うとは、家族愛を通り越してあきれるばかりだ。

いずれにしてもマルコスを信じ、全国3大地方の票田2つまでを提供して当選に導いたサラは軽率だったといえる。「父親が独裁者」「不法蓄財など過去の犯罪」という汚名の返上と、一家の復権以外に主たる目的はなく、世渡りがうまいマルコス家に、サラがいまさら腹を立てても遅い。

国防長官を目指す理由としてサラは、「発展には安全保障によるバックボーンが不可欠」とし、特に地盤であるミンダナオの安定を脅かす「反政府勢力やテロリストの脅威」を挙げた。だが、サラが最も目の敵としているのは、イスラム系武装組織よりも共産党系武装組織の新人民軍(NPA)だ。サラは短期間だが、地方共産主義勢力との武力紛争を終わらせる国家タスクフォース(NTF-ELCAC)の共同副議長も務めていた。父親が2017年に大統領府直属の全国反共運動体として発足させた「赤タグ付け」で悪名高い機関だ。現在はマルコス大統領が直々に議長を務め、エドゥアルド・アニョ国家安全保障担当大統領顧問が副議長を務めている。多くの人間の命を危険にさらし、実際に殺害してきた問題機関の副議長職と教育長官職との兼任に、サラは矛盾を感じないどころか、NTF-ELCACという暴力装置を「教育」の括りで見ている節がある。父親による超法規的殺害の扇動や、過去に幾人をも殺めたとの父親の証言も意に介すことはない。

また、国家警察による薬物関係者などへの戸別訪問(トクハン)捜査は、元々ダバオ市長時代にサラが執り行った作戦だったとの証言もある。本人は否定しているが、ダバオのいわゆる「キリングフィールド」に連行し殺害、埋葬し、世間的には「失踪」を装う一連の作戦のことだ。市内に3カ所の処刑場があったとされ、動かぬ事実となっている。サラの父親の子飼いだったその処刑団メンバーには、過剰に水増しされた市の非正規「幽霊職員」への給与が充てられたという。ダバオで十数年繰り広げられてきた水面下の惨劇が、ドゥテルテ大統領の下で再現され、国家警察は躊躇なくその銃口を市民に向けた。その結果、任期6年間で7千人とも3万人ともいわれる大量の死者が生み出された。サラの一家は、一体どのくらいの孤児を作り出しただろう。

サラの就任がその呼び水となった教育省・副大統領府の「機密費」だが、その使途は「文民政府機関における監視活動で、当該機関の任務または業務を支援することを目的とするもの」と定められている。監視のための隠れ家の維持・運営費用も機密費で賄えることになっている。ドゥテルテの大統領就任後、大統領府では「機密費」が前年の5倍に膨れ上がり、反共運動が活発化した。それに伴って、人権活動家の殺害や失踪も頻繁に報告された。人権擁護団体カラパタンによると、ドゥテルテ政権下で21人、マルコス政権下ではすでに15人が治安部隊とみられるグループに拉致され、失踪したままだ。(KARAPATAN, Karapatan Monitor for January to June 2024, July 18, 2024.など)

2024年12月、副大統領府機密費が支払われたとされる1992人中、1322人が「幽霊」だとの疑惑が出た。教育省でも同じ問題が指摘されている。一時、現役国軍兵や個別に雇われた人員からなる副大統領府警護要員が433人に上るニュースも流れた。ダバオでの手法と酷似していないだろうか。この「幽霊」への金の使途はいまだ明らかになっておらず、本人も説明責任を果たすつもりはないようだ。現在は想像する以外にないが、一家の黒い過去がそれを雄弁に語っている。

〈著者紹介〉
おかだかおる
フィリピン大学大学院アジアセンターに留学、フィリピン学専攻。2019年まにら新聞記者に。2024年退社後は日比交流関連に従事。著書に「半径50メートルの世界 フィリピンバランガイ・ストーリー」

「私の家には 奴隷 家政婦がいた」

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Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

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