*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。
栗田英幸(愛媛大学)
マルコス施政方針演説:新しいフィリピンは見えたのか?
これまでとは違う3回目のSONA
― SONA開催
7月22日、ケソン市のバタサン・パンバンサと呼ばれる下院議事堂でマルコス大統領は3回目となる施政方針演説(SONA)を行いました。バタサン・パンバンサに集まったのは、国会議員や数多くの重職に就く政府関係者、そして、招待者たち、総計およそ2000人。演説は、これまでの2回とは大きく異なるものでした。
― 王者の貫禄
今回の演説の最大の相違点は、ようやく大統領としての貫禄ある、力強い演説になった点です。昨年の前回、一昨年の前々回と比べてみると、マルコス大統領の落ち着き、口調に反映される自信は比べようもありません。ドゥテルテ前大統領の演説を比べていたためか、前回も前々回も、内容はともかく、それなりに良い演説だと感じていたのですが、今回の演説と改めて比べてしまうと、以前の演説では悪いところばかりに目が行ってしまいます。彷徨う目線、言い淀み、聴者の反応を気にする姿勢、自信なさげで頼りなく見えてしまいます。
しかし、今回の演説は、しっかりとした目線と目力、聴者の反応を待ち、聴者に話しかける余裕、早口ではあれど言い淀まない自信を感じさせる力強い言葉等々、これまでと全く異なる出来栄えでした。
― 阿(おもね)る議員
聴衆、特に議員たちの態度も異なります。生配信されるSONAの映像では、時折、議場内の聴衆に画面が切り替わるのですが、以前の演説とは大きく異なり、多くの聴衆が前のめりに耳を傾けて聞いているのです。途中で巻き起こる拍手喝采やBBM(ボンボンマルコスの愛称)コールによる盛り上がりも、これまでにないものでした。
期待していた、もしくはそれ以上の発言に沸き立ったという面もあるでしょう。しかし、それ以上に、聴衆からは、拍手や喝采等、マルコス大統領への称賛アピールの機会を必死に伺っているように感じました。前回、前々回の、少し距離を置くような議員たちの姿勢とは大違いです。ようやく、マルコスが多くの議員たちから王者として認められたということなのでしょう。聴衆の態度に加え、これまでのドゥテルテ・ファミリーとの二強時代からマルコス一強時代への転換、そして、ほとんどの議員が依存する公共事業費を握る、言い換えるならば議員としての生殺与奪を握るマルコスの権限を考慮に入れるならば、自分たちの代表=リーダーとしてというより、帰順すべき唯一の王者として、3年目にして多くの議員たちから認められるようになったと言えます。
― 父離れはできたようだが、母離れはできていない?
2年前の最初のSONAでは、父マルコス・シニアの成果を積極的になぞることで自身の正当性をアピールしようとしていたマルコス大統領ですが、3回目の演説で父シニアの政策の残照とも言えるものは、もはやKADIWAストアと最先端病院と地方のクリニックとのネットワーク化構想の2つのみになってしまいました。そして、演説で父マルコス・シニアを思い出させるようなものは全くありませんでした。
KADIWAストアは、規模こそ小さいものの、国民に必要な日常品をあえて安価に販売することで、重要な日常品を安価に保つ、もしくは暴利を目的とした買い占め業者を牽制しようとする目的で運営されています。病院のネットワーク化は、地域の拠点に最先端の病院を配置し、地方のクリニックとネットワークを構築することで、効果的な予防・診断・治療を実現しようとする試みです。どちらも父マルコス・シニア時代の発想に基づいていますが、実際には母イメルダ夫人の関与と思い入れの強かった施策です。
政策方針
― 構成
少し短い演説であったとメディアで書かれていましたが、生配信で見た限り、ほとんど変わらなかったのではないかと思います。逆に早口であった分、情報量は少し多かったようにも感じました。演説の構成は、以下の順で13項目。
(1)導入、(2)食料と水の安全保障、(3)インフラ、(4)健康、(5)教育、(6)仕事と生活手段、(7)ツーリズム、(8)海外出稼ぎ労働者(OFW)、(9)平和と秩序、(10)ドラッグ、(11)国際関係、(12)経済、(13)オフショアゲーミング〈オンラインカジノ〉事業者(POGO)
フィリピンの演説で面白いのが、言語の使い分けです。前半の多くがタガログ語によって語られ、後半に英語が多くなっているのです。語りかける対象によって、言語の使い分けがなされています。
― 拍手と歓声で迎えられる演説
少し驚かされたのが、冒頭の言葉です。フィリピンが高い経済成長を達成しているにもかかわらず、高い米価によって国民にとってその経済成長が意味のないものであったと述べたのです。
しかし、ここから食料と水についての構想と解決のためのインフラを中心とした成果が強調され、その延長上で健康、教育、そして、国内産業、海外雇用機会へと話題を繋げていきます。
法と秩序の問題へと移り、まずは、国内の脅威としての武装勢力や汚職、ドラッグの問題が語られます。ここでは、自身の改革の成果によって、改革の正当性を強調します。続いて、海外の脅威として西フィリピン海(南シナ海)が取り上げられ、マルコス大統領の次のような熱のこもった発言によって、大きな拍手が議事堂に鳴り響きます。
「西フィリピン海は私たちの単なるフィクションではありません。それは私たちのものなのです。そして、私たちの愛する国フィリピンの精神が燃え続ける限り、それは私たちのものであり続けるでしょう。」
その後、全体的なまとめとして、経済と予算編成について、これまでの大きな成果と明るい見通しが語られました。この時点で、多くの聴衆が、気の利いた締めの言葉で演説が終わると思っていたのではないでしょうか。
予想に反し、マルコス大統領は、ここで、突然POGO禁止を発表しました。多くの人たちが待ち望んでいたPOGOについての期待以上のサプライズ報告。ほとんどの聴衆が立ち上がり、盛大な拍手に続いてBBMコールでマルコス大統領を讃えます。
マルコス大統領がPOGOを悪と断じて話を進めるごとに、感極まったかのような聴衆の拍手がなん度も鳴り響きます。そして、ジョン・スチュアート・ミルの言葉を引用し、POGOを断じることで自身が善の側に立つと宣言して、次のようにして、マルコス大統領は大歓声の中で演説を終えたのです。
「最後に、ある偉人の言葉を思い出して終わりたいと思います。『自分が何もせず、何も意見を述べなければ、害を及ぼすことはないと錯覚して、自分の良心をなだめるようなことがあってはならない。悪人がその目的を達成するために、善人が何もせず見守っていることほど好都合なことはないのだから』」
「愛する同胞の皆さん、常に間違ったことや悪いことと戦いましょう。常に正しいこと、良いことのために戦いましょう。」
「これからもフィリピンを愛していきましょう。これからもフィリピン人を愛していきましょう。」
「新しいフィリピン万歳、万歳!」
今後を占ううえで気になるいくつかのポイント
― マイナーチェンジ
今回のSONAで大きな方向性の転換は見られません。今後のマルコス政権を見据えて言及すべき変化は、おそらくマイナーチェンジの1点です。
それは、ドゥテルテ・ファミリーに気遣っていたこれまでと異なり、より積極的にドゥテルテ・ファミリーを追い込んでいくことを間接的に主張している点です。POGOへの断固とした態度は、その蔓延に関与していたであろうドゥテルテ派を更に追い詰めるとの宣言でもあります。
反政府武装勢力を既に無力化されたものと認識し、武力行使の対象ではなく和平交渉の対象として対応することも、反共、反テロを旗印として積極的な武力行使を行ってきたドゥテルテ派の正当性を否定するものに他なりません。
― 新しいフィリピンは見えたのか?
個人的に非常に残念なのが、この演説で新しいフィリピンを実感することができなかった点です。
マルコス大統領は、大統領選挙時からフィリピンを新生する、皆と新しいフィリピンを作る、新しいフィリピンに皆を連れて行くと語り続けていました。昨年、2回目のSONAの最後のマルコス大統領の言葉は、今でも覚えています。「さぁ、(ようやく)新しいフィリピン(の始まり)に着きましたよ」とタガログ語で国民に語りかけたマルコス大統領の締めくくりの言葉は、彼(彼のスタッフ?)が考え抜いて決定した、非常に気の利いた、次へとつながる言葉でした。
今回のSONAでマルコス大統領は、スタート地点であった前回から今回の到達点、そして、その後への道筋を国民に実感させなければなりませんでした。タガログ語で、心に響く、イメージしやすい物語を語らなければならなかったはずです。しかし、マルコス大統領は、作った箱物ばかりを羅列し、国民の実感の持てない数字で成果を語るだけでした。マルコス大統領もその欠陥には気づいていることでしょう。
このことを考慮に入れた上で、今一度冒頭の導入に戻ってみましょう。すると、冒頭の米価の話は、聴衆を話に引き込むための導入であったというだけでなく、実は、高騰した米価で、新たなフィリピンの実感が阻害されたという言い訳でもあったことに気付かされます。
さらに、感動の演説の締めの部分についても目を向けてみましょう。POGO禁止のサプライズ報告の直前、本来であれば、生活の変化や変化の予兆を国民に実感させるべき経済見通しの最後の部分で、再び米価について一言触れているのですが、実は、高騰する米価の解決策を今後も模索していくという逃げの言葉で終わってしまっているのです。本来、構成的には、この部分が演説の最後に当たります。これで演説を終えるのはマルコス大統領としてあまりにも不本意です。避けなければなりません。そこで、マルコス大統領がとったのが、POGO禁止というサプライズだけを切り取って、演説の締めに持ってくるという奇手でした。おかげで感動のフィナーレを作り出すことができました。
― 攻めに見えたが、実は逃げの演説
生放送で見た際、聴衆に讃えられるマルコス大統領の話術に攻めの姿勢と王者の風格を見せつけられたように感じました。しかし、内容を吟味してみると、実は国民に対しては逃げの演説でしかありません。招待された人たち、言い換えるならばマルコス大統領が選んだ少数の中で王者として振る舞い続け、そのまま国民から逃げ切れるのか、逆に破綻して行くのか、それとも、新たなフィリピンの実感を作り出していけるのか、注目して行きたいと思います。
〈Source〉
FULL TEXT: President Marcos’ State of the Nation Address 2024, Rappler, July 22, 2024.
FULL VIDEO: President Marcos Jr.’s first State of the Nation Address
President Marcos 2023 State of the Nation Address (SONA 2023) – LIVESTREAM – July 24, 2023 – Replay
SONA 2024 of President Bongbong Marcos (July 22, 2024) – REPLAY