フィリピン・ニュース深掘り
(11月25日~12月11日)
逆風吹き荒れるドゥテルテ親娘

【写真】ドゥテルテ親娘/via PRRD to attend Sara's Davao inauguration, June 14, 2022.

*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。

栗田英幸(愛媛大学)

 最近、ドゥテルテ親娘のメディア露出が多くなっています。その背景にある米中対立に目を向けつつ、特にロドリゴ・ドゥテルテ前大統領(サラ副大統領の父、以下、ドゥテルテ)の政治的影響力の基盤である全国メディアSMNIが現在直面している危機的状況を切り口に、ドゥテルテ親娘に関する報道を読み解いていきます。

― ドゥテルテ親娘への逆風
 民族民主戦線(NDF)との和平交渉再開、副大統領府の機密費用途と副大統領弾劾に関する噂、国際刑事裁判所(ICC)への復帰、ドゥテルテ前大統領による下院議員への脅迫、全国メディアSMNI(Sunshine Media Network International)のフランチャイズ剥奪法案。これらは、この2週間の間にメディアを騒がせたドゥテルテ親娘にとって逆風となる出来事です。
 ロドリゴ・ドゥテルテ(以下、ドゥテルテ)による脅迫に対する非難や副大統領府への昨年度の機密費への批判、SMNIフランチャイズ剥奪法案の提出は、お馴染みの国会議員や一部メディア関係者による行動のようにも見えます。しかし、それら調査に関して、上下院議会の委員会や検察庁、最高裁判所までドゥテルテ親娘追求に関して重い腰を上げ始めたようにも見えます。
 加えて、サラ・ドゥテルテ副大統領(以下、サラ)をマルコス側近マルティン・ロムアルデス下院議長が排除しようとしているとの噂、さらにマルコス派下院議員の間でサラ弾劾が議論されたという話もロムアルデスの指示とまでは言えないものの事実のようです。ロムアルデスはサラと不仲で排除したいのだと多くのマルコス派議員が認識していることのあらわれでもあります。
 さらに、マルコス大統領自身がICC復帰について再考し始めたこと、そして、NDFとの和平交渉再開に至ったことを発表しました。これは、ドゥテルテ親娘の意向に反した、マルコス大統領自身による決定です。

― マルコス政権下で崩れていくドゥテル親娘の基盤
 マルコス政権下において、ドラッグ戦争における「人道上の罪」に問われるドゥテルテを守るのは、マルコスとタッグを組んできた娘サラの圧倒的な国民的人気、ドゥテルテを通してばら撒かれた中国マネー、そして、反共を理由にやりたい放題できる、もしくは、してきた共犯者たちからの支持に他なりません。この共犯者たちは、赤タグ付けや超法規的な抑圧を積極的に自身の利益に利用してきたデラ・ローサ上院議員やクリスピン・レムリア司法省長官、その他多くの政治家や警察・国軍の幹部、その下で抑圧を行い利益の分前を得てきた警察・国軍・その他行政機関、さらにその抑圧に手を貸し、支援してきた多種多様な組織や個人です。
 サラの人気が、この数ヶ月で若干ですが落ち始めました。中国との関係も悪化し、中国権益が著しく減少しています。おそらく米国の強いテコ入れもあるのでしょう。中国政府の工作に利用され得る中国資本への監視も強化されています。非人道的反共作戦のための秘密バラマキ資金も、少なくともサラの懐(=機密費)から出せなくなりました。昨年度のサラの機密費については未だ明るみに出ていませんが、上述の反共を理由にやりたい放題したい人たちへの資金提供に少なくない金額が利用されていたのではないかと言われています。
 ドゥテルテ政権以来、赤タグ付けを積極的に行い「赤タグ屋」と呼ばれたレムリア司法長官は、この1年、随分と大人しくなりました。レムリア長官に関しては、違法ドラッグ関係で逮捕された息子の釈放と引き換えに完全にマルコス大統領に恭順を誓ったのではないかと推測しています。未だに「赤タグ屋」を続けているのは、デラ・ローサ上院議員や今回経営継続危機に陥っているSMNIのニュース番組くらいではないでしょうか。そして、とうとう、ドゥテルテの人気維持基盤でもあったSMNIニュースに対して、調査のメスが入りました。

― 支持拡大・攻撃のツールとしてのSMNI
 マルコス政権発足後、急速に全国レベルでの影響力を失ってきているドゥテルテにとって、SMNIは最後の基盤と言っても過言ではありません。中国政府からの信頼を得て中国利権を再び増大させて支持者に利益をばら撒くためにも、ドゥテルテ親娘がマルコス政権を親中や反米に転換させる十分な影響力を再度獲得することが不可欠です。
 ドゥテルテ親娘の影響力を排除したいマルコス政権中枢部の人たちが最も恐れるのはドゥテルテの政治家復帰と時期大統領選への親娘出馬でしょう。先月もマルコス政権内でのサラへの「いじめ」に対して、ドゥテルテは政治家復帰を仄めかして牽制しています。
 また、ドゥテルテは自らの基盤が揺るがされる度に、SMNIニュースへの出演・発言を通じて、敵対勢力に圧力をかけてきました。そして、支持者たちにドゥテルテへの期待を高めてきました。ドゥテルテがSMNIのYouTubeチャンネルで登場すると、チャットで大勢の熱狂的ドゥテルテ支持者らがドゥテルテ賛美のメッセージを書き込みます。

― 危機的状況に陥ったSMNI
 ドゥテルテ親娘の危機に際して、SMNIは、反ドゥテルテ筆頭の2人に対して、これまで以上に積極的な攻撃を仕掛けました。まず、サラ副大統領批判派の中心と言っても過言ではない、憂慮する教師連合(ACT)パーティリストのフランス・カストロ代表に対する脅迫です。ドゥテルテは出演したSMNIの番組で、機密費による「最初のターゲット(殺害対象)はお前だ」とカストロ代表にメッセージを発し、赤タグ付けを行ったのです。そして、カストロ代表から脅迫という犯罪容疑がかけられたドゥテルテは、検察庁から出廷するよう召喚状が発行されるという反撃を受けてしまいます。
 さらに、サラ副大統領の政敵、ロムアルデス下院議長の巨額過ぎる年間旅行予算についてSMNIが発した汚職を匂わす情報です。このニュースを流した番組司会者の2人は偽情報を流した容疑で即座に勾留され、その真偽と情報源の調査が開始されています。勾留されている2人のうちの1人は、ドゥテルテの腹心の1人で広報官としてドラッグ戦争と赤タグを推進したロレーヌ・バドイだったのも納得です。
 SMNIに対する調査はロムアルデス率いる下院の立法フランチャイズ委員会にて行われましたが、この場で議論されたのは、ロムアルデスに関する虚偽情報に留まりませんでした。カストロ代表への赤タグ付け等の2つの不適切な活動とその継続、そして、中国テレビ企業との資本関係を報告していなかったことが調査対象に加えられました。SMNIは、ドゥテルテの主張を汲んでか、西フィリピン海(南シナ海)に関して中国寄りの報道をしていたことも問題視されました。そして、何より下院でのSMNIへの追及において、敵対しているはずのロムアルデスとカストロが、間接的とはいえ協力し合うという驚くべき展開が繰り広げられたのです。調査の結果、12月12日、下院議会は国家電気通信委員会(NTC)に対し、速やかに行動する(=フランチャイズを取り消す)ことを求める決議を採択しました。

― 着実に削られてきたドゥテルテ親娘の影響力
 これらの動き1つ1つは、大きな動きには結びつかないかもしれません。さまざまな追及が、全て有耶無耶にされてしまう可能性も否定できません。しかし、今回、この文章を書きながら、ドゥテルテが政権を退いてからの1年半弱の短い期間を思い返し、ドゥテルテ親娘の力が確実に削り取られていることに改めて気付かされました。マルコスは政権発足時、サラの国防省長官就任の願いを断ることで、反共作戦に群がってきたドゥテルテの腹心たちと直接的に結びつくことを避けました。代わりに与えた機密費も2年目には取り上げることに成功しています。マルコス政権は、その後も着々とドゥテルテ親娘の影響力を削いでいます。この大きな流れについては、また別の機会で整理できればと考えています。

〈Source〉
Bato surprised by seeming turnaround on ICC, Philstar.com, November 25, 2023.
Duterte a no-show at preliminary probe into Castro’s grave threat complaint, Rappler, December 4, 2023.
House probe of SMNI ‘not a press freedom issue,’ says UP prof, Inquirer, December 2, 2023.
House panel starts probe into Sonshine Media Network、Inquirer, December 1, 2023.
House reps scold SMNI for red-tagging, being ‘a tool for misinformation’, Inquirer, December 6, 2023.
Lawmakers want probe of SMNI link with China propaganda unit, Inquirer, December 9, 2023.
PH return to ICC fold ‘under study’– Bongbong Marcos, Inquirer, November 25, 2023.
Rejoining ICC: Letting light shine on darkness of Duterte’s anti-drug killings, Inquirer, December 11, 2023.
Sara appealing to DOJ: Don’t cooperate with ICC, Philstar.com, November 28, 2023.
Senate resolution urging Marcos admin’s cooperation in ICC probe filed, Philstar.com, November 28, 2023.
VP’s stand on communists ‘shared by so many’ – AFP chief, Inquirer, December 6, 2023.
Why is VP Duterte more into matters outside DepEd? – ex-OVP spokesman, Inquirer, December 6, 2023.

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