面白みのない2回目施政方針演説(SONA)から何を読み取れるのか?
*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。
7月24日、マルコス大統領の2回目の施政方針演説がケソン市の下院本会議場にて行われました。多くのメディアが述べているように、面白みのない内容であることは間違いありませんが、そもそも施政方針演説とはそういうものです。すでに今回の演説に対して数多くのコメントや解説が幾つものメディアで報告されています。ここでは、それらのいくつかに触れつつも、それらとは少し異なる視点から施政方針演説を掘り下げていきたいと思います。
― 面白くはないが真面目ではあるかもしれない
昨年7月25日に行われた第1回目の演説と比較してみると、面白みがないという点で面白い特徴が見えてきます。今回の演説は第1回目をほとんどそのまま踏襲した構成となっているのです。演説時間も70分程度で前回とほとんど変わりません。手抜きのようにすら感じる原稿です。
しかし、ここにこそ、マルコス大統領の性格、その政策の特徴が表れているのでしょう。批判者からは「嘘つき」呼ばわりされるマルコス大統領ですが、実はとても真面目です。天才だった父マルコス・シニア元大統領とは違い、本人は自身の凡庸さをわきまえ、むしろそれを武器にしようと頑張っているように見えます。大言壮語を吐くというよりも、解決策があり、すでに着手しているものにのみ言及しています。
― イスラム武装勢力や反政府武装組織への言及は
昨年のSONAでは言及されず人権組織から落胆の声の出ていた国内和平に関して、今回はかなりの時間が割かれています。イスラム武装勢力に関しては自治区も含めて具体的な言及がなされる一方、もう一つの和平対象であるはずのフィリピン共産党軍事部門新人民軍(NPA)や共産党・共産主義という文言はありません。彼らをイスラム武装勢力と差別化し、あえて具体的な組織名を書かなかったのは間違いありません。彼ら・彼女らの具体的な主張に耳を傾けるつもりはないと暗に語っているのです。
― 予想通り無視された人権・汚職・西フィリピン海(=南シナ海)
国際刑事裁判所(ICC)や警察・国軍による非人道的な作戦等、政府が関与する幾多の人権侵害への言及が一言もなかったのは、多くの人たちが予想した通りでした。EUとの外交・貿易についても、グローバルスタンダード適用の重要性を指摘しつつも、技術的な点に言及するに留めており、人権条項デューディリジェンスについて触れることはありませんでした。
汚職に関しても、個々の警官の問題に矮小化し、政治家や省庁レベルで横行してきた汚職の構造、体制については触れていません。
さらに、フィリピンにとって決定的に重要な西フィリピン海への対応については、中国には触れず、領土保全維持の一言のみでした。
― 科学的根拠が必要な戦略には触れず
経済政策に関して、マルコス大統領は具体的な方針や試みを数多く紹介し、その科学性と成果を強調しています。しかし、それらが本当に貧困者を取り残さない持続的な発展へと導くのかについては、多くの疑問や批判があります。
他国と比べてフィリピンはインフレ率を抑制できていると言われていますが、多くの消費者はそう感じていないようです。今回のSONAに合わせて全国各地で、特にインフレを批判するデモが起きています。
マルコス大統領お気に入りのカディワ・ストアも、本当に消費者の物価を下げる効果を出そうとすれば、それだけでフィリピンの財政が吹っ飛びます。一方、農産物価格を低下させるには生産量の飛躍的拡大、もしくは安い農産物の大量輸入が必要不可欠ですが、前者は実現に何年かかるか分からず、後者も国際環境や国内農業への影響のため実行は極めて難しい状況です。
おそらく、十分な進展がないために触れなかったのでしょうが、今回の演説の施策だけでは経済は回りません。持続的で具体的な外貨獲得手段としては、海外出稼ぎ労働にしか言及していないのです。まるで今後拡大するかのように述べられていましたが、実際にはコロナ前の水準を維持するのが精一杯です。さらに、デジタル化・インフラ整備云々による生産性向上に至っては、やはり何年先になるのか、成功するかどうかも分からない、絵に描いた餅にすぎません。
マルコス大統領や経済官僚たちも十分に分かっているはずです。外遊のたびに訪問国で精力的に企業誘致努力を行なっているにもかかわらず、実は具体的な成果はまだ得られていないということなのでしょう。
― 新たなフィリピンの姿?
“Dumating na po ang Bagong Pilipinas.” マルコス大統領は、この言葉で演説を締め括りました。直訳するならば、「新しいフィリピンがやって来ました」です。しかし、その前に脱落してしまう人が多そうです。そして、やってくるための地図も半分が空白です。その到着方法に異議を唱えようとする人たちにとっては、かなりの苦痛を伴いそうです。そのことに気づくフィリピン人たちは、マルコス大統領の最後の言葉をどのように聞いたのでしょうか?
〈Source〉
FULL TEXT: President Marcos’ State of the Nation Address 2023, Rappler, July 24, 2023.
LIST: Issues Marcos missed during SONA 2023, according to opposition lawmakers, Rappler, July 26, 2023.
Marcos boasts increase in employment rate but job quality issues remain, philstar, July 25, 2023.
Marcos Jr.’s SONA far from the real state of the nation, sectors assert, Bulatlat, July 24, 2023.