トレリー・マリグザ( 正義と平和のために働く女性たちのネットワークJaPNet議長)
私はいま、ひどく胸が痛み、涙を流しています。眠りたいし、もっと希望がもてるような朝に目覚めたいと願っています。これまで非難されてきた「共産主義者だ」とのレッテル貼りをはじめとするドゥテルテの戦略が、成功したと思いたくないのです。現世代と次世代にとって希望のない、いや、暗い未来へのシナリオから、私は逃れたい。現政権による6年間の遺産はほとんどの人のモラルを低下させました。それは、これからも続くかもしれないし、また、悪化するかもしれない。そんなことを考えながら、私は、不眠症が悪化するのを恐れています。
フィリピンの2022年の選挙は、極論すれば、暴君や腐った政治家に立ち向かうだけでなく、真実のために立ち上がり、歴史が修正されるのを防ぎ、ドゥテルテが権力の座にとどまり国際刑事裁判所からの訴追を免れようとする策略を阻止するためのものでした。
― ボンボンはドゥテルテや過去の略奪者たちとユニチームで出馬
ここで少し歴史を振り返っておきましょう。次期大統領に決まったフェルディナンド・マルコスJr(ボンボン)の父フェルディナンド・エドラリン・マルコスは、フィリピンにおいて、在職年数最長の大統領です。1965年に大統領になり1972年に戒厳令を敷いて以来、1986年のピープルパワー革命により退陣に追い込まれるまでの20年57日間、大統領の座にありました。
2016年、投票機の不具合などが問題にされた選挙で、ロドリゴ・ドゥテルテが大統領に就任しました。ボンボンはこの時、副大統領に立候補して落選しました。選挙結果に対して、ボンボンは2度にわたって不服を申し立てましたが、それにも敗れました。
ボンボンは、今年の選挙において、ドゥテルテや過去の略奪者たち(イメルダ・マルコス、グロリア・マカパガル・アロヨ、ジョセフ・エストラーダ)とユニチームとして出馬しました。ボンボンは、現大統領ドゥテルテの娘であるサラ・ドゥテルテ(サラ)とペアを組み大統領選に立候補したのです。
― 凄まじいブラック・プロパガンダ、偽情報、マルコス一族の再ブランド化
この選挙は、暴君の一族、つまり、マルコス一族が再び権力の座に就き、国から略奪を続けようとする魂胆を阻止するためのものでした。ボンボンは、マルコス一族の不正蓄財を管理する重要な役割を担っています。今回の選挙では、大量の票の買収、途方もないブラック・プロパガンダ、偽情報、そしてオンライン・メディア ラップラーが報じたように、ケンブリッジ・アナリティカ・グループによるマルコス一族の再ブランド化が行われました。その上、電子投票システムには信頼性の問題がつきまとっています。
まず、アイミー・マルコス(ボンボンの妹)は上院の選挙参加委員会の委員長を務めています。ボンボンの元弁護士が、ドゥテルテによって選挙管理委員会(COMELEC)の委員長に任命されました。COMELECは、投票用紙や開票機(VCM)、伝送装置、SDカード、その他の選挙用具の調達や配布のために、ドゥテルテの同盟者デニス・ウイが所有するF2ロジスティクス社と5億3599万ペソ(約13億2171万円、2022年5月15日為替レート)に上る契約を結びました。F2ロジスティクスは、自動選挙システムに関連する機器の管理全般を担当し、公式投票用紙や投票箱、有権者リスト、その他の関連物資を全国に配送したのです。
ソーシャルメディア「荒らし」の装置には、豊富な資金が注がれ、選挙期間終盤に差し掛かると「荒らし」はますます大きな脅威となって、マリア・レオノール・「レニ」・ゲロナ・ロブレド率いる反対派勢力を破壊しました。
他方、ロブレド陣営は、誠実な政治と国民の生活の向上を掲げて、「愛することは急進的だ」というコンセプトのもと、民主主義が破綻している国に希望を与える新しい民衆運動を起こしたのです。
― 神は肥えた羊と痩せた羊の間を裁かれる(エゼキエル書34章)
投票日に先立ち、COMELECのジョージ・ガルシア委員は、大統領と副大統領の票を数えるのに、7日間かかると発表しました。だが、5月9日の開票から数時間後、数千台の投票機が故障し、数百人の有権者がまだ各投票所に並んでいたにもかかわらず、選挙結果のほぼ8割が集計されたとCOMELECが報告したのです。投票は全国集計に反映されたと言いますが、地方の投票所からのデータは地方に届いていませんでした。さらに、開票作業中、ボンボンとロブレドの得票数の比率は一貫して6対3を示し、何とも不自然でした。私たちはアジアで最も遅いインターネットを持っていますが、今や、最も速く集計された結果を持っているのです。
ボンボン‐サラの勝利が迫る中、我が国は再び中国を中心とした6年間の略奪に突入し、今ある泥沼(12兆3000億ペソの負債残高など、約30兆3300億円)にいっそう深く埋没していくことになりそうです。これは民主主義にとっての悲劇であり、真実に対する敗北であり、そして、腐敗やファシスト支配、軍事至上主義、縁故資本主義、寡占的財閥と大企業の極端な影響力、反人民政策、環境破壊の常態化などが接近していることを示しています。人権侵害、拷問、殺戮の犠牲者への平手打ち以上のものと言えます。選挙翌日の朝、フィリピン株の値動きを示すPSEI指数がマイナス3.4%となり、ボンボン大統領誕生に対する財界の懸念が示されました。究極的には、肥えた羊(抑圧加担・受益層)と痩せた羊(被抑圧層)とを神が裁き分けることになるでしょう。
反マルコス運動が発する小さな声がひろがり、揺らめく炎が明るく燃え上がるよう、かき消されないようにしていかねばなりません。よき牧草地へ安全にみちびく究極の羊飼いを私たちは探し続けます。保護、実り、自由という神の祝福をその地に保障する神と民との平和の契約実現を私たちは待ち望んでいます。そのための闘いは続きます。
※JaPNet(Women Working for Justice and Peace Network=正義と平和のために働く女性たちネットワーク)は、メトロバギオとコルディリエラで、人権や正義、平和のために活動する女性やLGBTQIAとその支持者の幅広いネットワーク。
〈筆者紹介〉
トレリー・マリグザ。教育学修士(数学専攻、理学専攻)。さまざまなNGOの活動やフィリピン合同教会のジェンダー・正義プログラムなどに関わる中で、ジェンダーや環境、よき統治に関するコンサルタント業務に従事している。また、ビジュアル・アーチストとしても活動。