今週のフィリピン・ダイジェスト
(4月20日-4月27日)

【写真】握手を交わすマルコス大統領と中国の秦外相/via Marcos-Qin talks productive; ‘some pronouncements’ clarified, Philippine News Agency, April 23, 2023.

栗田英幸(愛媛大学)

中国と米国の間で直面するマルコス政権のジレンマ
中国奏外相の電撃訪比/エルニーニョの予測と対応/国軍による共産党幹部の虐殺

 今週は、中国奏外相の電撃訪比、エルニーニョの予測と対応、国軍による共産党幹部の虐殺の3つの出来事について紹介します。
 また、解説では、米国との新たな同盟強化により、これまでのような両方面外交が一気に困難化したフィリピンの状況について説明します。

◆今週のトピックス
トピック1:中国奏外相の電撃訪比

― 多くの対話ラインを確立
 マルコス大統領は4月22日、フィリピンと中国が、両国が関わる「西フィリピン海(南シナ海)で発生したあらゆる出来事」を解決するために「より多くの対話ライン」を確立することに合意したと述べた。
 この声明は、対中国を想定しているとされる最大規模の米比軍事演習バリカタンの最中に急遽フィリピンを訪問した中国の秦剛外相との会談後に発表された。
 マルコスは大統領広報室を通じて発表した声明で、秦外相の訪問は、非常に有益で生産的であったとする一方、「最近、両国や他の多くの国々が行った発表の中には、誤解されるものもあるかもしれない」と述べた。
 何が「誤解される」のか具体的な言及はなかったが、直近では、中国による強制的な台湾併合に介入するともとれる4月13日の米比合同声明や、翌日それを受けた黄渓連駐フィリピン大使による、台湾で働くフィリピン人労働者を人質として扱うかのような脅迫ともとれる発言が、両国の緊張を高めていた。

― フィリピンは「一つの中国政策」を支持
 フィリピン政府は「一つの中国政策」を引き続き堅持する。
 この発言は、エンリケ・マナロ外相と中国の秦外相が、4月22日にマニラのホテルで行った二国間会談の中で繰り返された。
 比中両国外相は、マルコス政権下で、フィリピン・中国二国間関係を「さらなる高み」に引き上げるため、協力を強化することで合意した。
 「過去10年間で二国間の貿易総額が3倍になったことは、ポジティブな展開です。フィリピンは、マルコス大統領が北京を訪問した際に約束した228億米ドルのビジネスおよび投資の早期実現に期待しています」とマナロ外相は述べた。
 彼はまた、フィリピンの大規模インフラ整備計画「ビルド・ベター・モア(Build Better More)」プログラムが中国の「一帯一路」イニシアティブと連携していることから、両国の経済・開発協力における重要な分野として、インフラ協力を強調した。

トピック2:エルニーニョによる被害予測と対応

― 悪化するエルニーニョ予測
 エルニーニョの発生確率が高まり続けており、5月までにエルニーニョ警報が発表されるかもしれない。
 7月から9月にかけてエルニーニョが発生する可能性は80%へと以前より10%高まり、発生直前には「平年より多い」降雨が予想される。エルニーニョは2024年の初頭まで続く可能性もあり、深刻な水不足が予測される。このため、フィリピン大気地球物理天文局(PAGASA)のマルセリーノ・ビラフエルテは21日「私たちは(エルニーニョ被害に対する)準備を開始する必要がある」と語った。
 また、24日、国家災害リスク管理委員会(NDRRMC)のアリエル・ネポムセーノ専務理事は「11の州が8月までに(エルニーニョ被害に関して)悪化し、46の州が9月までに悪化するかもしれない」と答えた。

― 政府対策と効果への疑問
 ネポムセーノ専務理事は、マルコス大統領が来たるエルニーニョの影響を軽減するための政府チームの創設を命じたことを明らかにした。大統領は、特に水不足による健康被害と農作物被害、それに伴う食糧不足に対して科学的知見に基づいた対策を立てるよう要請している。
 既に、生活水に関して水道公社の再編が提案されており、食糧の不足と価格の上昇に関しては、輸入量の拡大と食糧を安価に提供するカディワ・ストアの充実が既に進められている。しかし、輸入の拡大に関しては、逆に国内農家の利益を減少させる懸念が出されており、カディワ・ストアの不十分な供給能力では価格抑制機能にも疑問が呈されている。

トピック3:国軍による共産党幹部の非人道的殺害

― 実は国軍に拷問・虐殺されていた共産党幹部
 フィリピン共産党(CPP)は4月20日、幹部のベニート・ティアムソンとウィルマ・アウストリア・ティアムソンは昨年8月21日に国軍によって拷問され殺害されたと主張、彼らの死亡を確認した。
 CPPは声明で、中央委員会の議長であるベニートと事務局長であるウィルマの死亡を確認するには、数ヶ月の調査が必要であったと述べた。
 フィリピン国軍の報告によると、彼らは国軍の作戦中にサマール沖で生じたボートの爆発で死亡したとされていた。しかし、CPPはこれに反論し、非武装のティアムソンと他の8人の反乱軍は、カトバロガン市への移動中に捕らえられ、拷問を受け、殺されたことを調査で明らかにしたと述べた。彼らの遺体はその後、爆薬を積んだモーターボートに投棄され、爆破されたという。
 CPPは「党は、8月21日に起きたティアムソン一家の虐殺に対して法の裁きを要求する。彼らの捕獲、拷問、殺害は、国軍の幹部によって指示された」と述べ、加害者とされる人びとのすべての関連法廷での起訴を要求した。

― 国軍による国際人道法違反の報告が多いことは嘆かわしい
 人権擁護団体カラパタンは、4月20日、「カラパタンはベニート・ティアムソンおよびウィルマ・ティアムソンの残虐な殺害を非難し、独立した調査を要求する」との声明を発表した。
 その声明においてカラパタン事務局長のクリスティーナ・パラバイは、ティアムソン夫妻とその仲間8人(「カトバロガン10」と総称される)の即決処刑は、国際人道法に明確に違反していると主張した。「国際人道法は、民間人、非武装の戦闘員、負傷者や病人など戦闘に参加できなくなった人を傷つけることを禁じている」、「ジュネーブ条約に基づく適切な国際人道法議定書に署名している。さらに、RA9851(国際人道法、ジェノサイド、その他の人道に対する犯罪に関するフィリピン法)が制定されているにもかかわらず、国軍による国際人道法違反の報告が非常に多いことは嘆かわしい」と彼女は述べた。

◆今週のトピックス解説

 昨年末にハリス米国副大統領がフィリピンを訪れて以降、世界中のメディアが中国と米国の対立におけるフィリピンの地政学的な位置付けに注目しています。多くの記事において、中国と米国の間に立つフィリピンが、如何にフィリピンにとって、もしくはマルコス大統領にとって美味しい条件を引き出せるのか、言い換えるならば、中国や米国がどのような条件でフィリピンを自国側に引き寄せようとしているのかが論じられています。
 しかし、4月3日の米比防衛協力強化協定(EDCA)に基づいた米軍の使用を認める新たな拠点4ヶ所を公表したことで、これまでと異なる論調が見られるようになりました。この出来事によって、フィリピンを挟んだ米中対立が異なるステージに入ったと見る論者が増えてきたと言えます。

― EDCA:5つの既存基地と4つの新候補地
 EDCAは、2014年に米比間で締結した防衛協力強化協定のことですが、今問題となっているのは、この協定が指定されたフィリピン軍基地の米軍による利用を認めている点です。
 2016年の米比間の合意により決定された5拠点は、セブ島ベニト・エブエン空軍基地、ミンダナオ島ミサミス・オリエンタル州ルンビア空軍基地、パラワン島アントニオ・バウティスタ空軍基地、ルソン島中部パンパンガ州バサ空軍基地、そして、ルソン島中部ヌエバ・エシハ州マグサイサイ駐屯地です。そして、今月初めに新たに指定された4拠点は、ルソン島北東部カガヤン州カミロ・オシアス海軍基地とラルロ空港、ルソン島北部イサベラ州メルチョル・デラ・クルス基地、パラワン州バラバク島です(下図参照)。

 この4拠点の中で、台湾をめぐって米中間で決定的に問題になったのは、北部に位置するカガヤン州およびイサベラ州にある3拠点です。台湾からの距離は400kmほどしかありません。戦闘機や軍艦の作戦距離からすれば、台湾は目と鼻の先だと言っても過言ではありません。

― 矛盾に目を背けるフィリピン
 おそらく世界中のほとんどの人たちは中国と米国との戦争を望んではいません。戦場になる可能性が著しく高いフィリピン国民であればなおさらです。中国との個人的な緊密さゆえに中国と米国との間で上手くバランスを取れるかもしれないマルコス大統領の手腕への国民の信頼が、ギリギリの安心感を支えているようにも感じます。今回のバリカタンで誇示した米軍の軍事力、および米軍との連携で強化されるフィリピン国軍の軍事力も、その安心感を高めたことは確かです。
 しかし、EDCAに基づいた米軍の基地利用と、マルコス大統領と中国との良好な関係の前提となる台湾併合への介入を行わないという2つの条件が矛盾している、言い換えるならば、両立しない可能性が高いことについて、多くの人たちは敢えて目を背けているようです。

― フィリピンには明かさず機密を持ち込む米軍
 今回の奏外相との緊急会談も含め、マルコス大統領は中国に向けて「一つの中国」を支持し、台湾の問題に関してEDCA基地を米軍に使用させないと繰り返し述べてきました。しかし、そのようなことが果たして可能なのでしょうか?フィリピンや海外の識者がしばしば指摘するように、EDCAに基づいて米軍に基地使用を認めるなら、米国は確実にそれらの基地から中国-台湾の問題に介入します。それを止める術はフィリピンにはありません。
 米軍が機密の塊である軍用機材・設備をフィリピンに持ち込む際、その機密をフィリピン政府に開示することはありません。機材そのものを見たとしても、その用途や目的をフィリピン政府が知ることも難しいでしょう。米軍の表面的な説明を鵜呑みにして機材・設備・人員を受け入れるしかないのが現実です。

― 中国軍からの警告
 4月20日、中国軍の英文版ウェブサイト(人民解放軍機関紙『解放軍報』)は、識者の意見としながら、以下のような警告をフィリピンに対して発しています。
 「フィリピンは、新たに追加された軍事基地について『いかなる攻撃行動にも使用しない』と強調しているが、これらの基地が米軍によって使用され、地域の軍事情報を監視・収集したり、将来起こりうる地域紛争に物資や後方支援を提供したりすれば、『受動的に』不本意なジレンマに引き込まれる可能性はある。」
 戦争では戦車や戦闘機、軍艦といった兵器も重要ですが、ウクライナ戦争で顕示されたように、近代戦では敵戦力・戦略の情報収集こそが決定的に重要です。フィリピンで、その任を担うのがEDCAの北部3基地になることは明らかです。今回のバリカタンでサイバー攻撃への対応能力向上の訓練に力を入れたのも頷けます。

― 確約できないフィリピン政府
 中国政府としては、米軍に提供されるフィリピンの基地が実質的な脅威とならないことが必要で、フィリピン政府にその確証を強く要求するでしょう。しかし、米軍(もしくは米軍の機材)がフィリピンの基地に入ったが最後、先に述べた機密性ゆえに何も知らされないフィリピン政府の説明を中国は信じません。駐屯せずとも、一度でも米軍が北部3基地を使用し、何らかの機材を置いていったかもしれない疑惑が上がるならば、中国にとって放置できない深刻な懸念事項となります。ですからマルコス大統領としては、米軍による北部3基地の使用をあらゆる理由を上げて回避することが最善手となります。住民の反対等を理由に決定を遅らせる、知事・町長、他現地政治家に反対のための裁判を起こさせて決議を先延ばしする、フィリピンにとって深刻な状況になるまで米軍の北部3基地使用を認めない厳しい条件をつけるといった時間稼ぎの方法もとれるでしょう。
 米国もそれは重々承知しています。それを避けるための、言い換えるならば、マルコス政権に回避させないための米国の一手が5月のマルコス大統領の米国訪問に向けて既に準備されていることは間違いありません。

〈Source〉
CPP confirms deaths of top leaders Tiamzons, claims they were tortured and killed, Philstar, April 20, 2023.
Deployed To Ukraine, US Patriot Missiles Put Up A ‘Mighty Show’ During Mega ‘Anti-China’ Drills In Philippines, Eur Asian Times, April 22, 2023.
El Niño alert likely by May, Canadian Inquirer, April 22, 2023.
Karapatan condemns brutal killing of Benito and Wilma Tiamzon and companions, calls for independent probe, Karapatan, April 20, 2023.
NDRRMC: Up to 46 provinces could be affected as El Niño worsens, CNN Philippines, April 25, 2023.
Pagasa: Probability of El Niño now at least 80%, Inquirer, April 18, 2023.
PH, China agree to establish ‘more lines of communication’ on West Philippine Sea, Rappler, April 22, 2023.
PH reaffirms adherence to One China policy as Qin visits Manila, pna, April 22, 2023.
US military assistance to Philippines is not a “sweet candy”, China Military April 20, 2023.
Why the Philippines Is Exposing China’s Aggressive Actions in the South China Sea, Diplomat, April 19, 2023.

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