栗田英幸(愛媛大学)
今週は、37周年を迎えたエドサ革命、EU代表団訪問を契機としたデ・リマ解放への進展、政府が支持する砂糖の密輸の3つの出来事を取り上げます。
トピック解説では、エドサ革命記念日に向けたフェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領の声明に込められた彼の歴史認識について掘り下げます。
◆今週のトピックス
トピック1:37周年を迎えたエドサ革命記念日
― エドサでの「平和と回復に向けた団結」式典
フィリピンは25日土曜日、故フェルディナンド・マルコス大統領(以下、マルコス・シニア)の20年にわたる支配を終わらせた「ピープルパワー革命(もしくはエドサ革命)」から37周年を迎えた。1986年の2月の4日間を記念する式典が全国各地で開催された。
最大の記念祝典は、ケソン市のエドサ・ピープルパワー記念碑において行われた「EDSA:2023平和と回復に向けた団結(Pagkakaisa Tungo sa Kapayapaan at Pagbangon )」をテーマとする記念行事である。この記念行事は、フィリピン国家歴史委員会が中心となり、スピリット・オブ・EDSA財団、ケソン市政府、その他の団体や政府機関と連携して開催された。
― マルコスが過ごすエドサ革命記念日
エドサ革命の37周年に、マルコス大統領は、この日を特別な休日とし、労働雇用省を通して民間企業へ通達した。しかし彼は、父マルコス・シニアの独裁支配を終わらせたこのイベントの祝賀会には参加せず、故郷のイロコス州で過ごすことを選んだ。
この前日、イロコス州最大のイロカノ文化祭が、マルコス・シニアの名前にちなんだフェルディナンド・E・マルコス記念スタジアムで開催された。マルコス大統領と息子のマシュー・マルコス・イロコス州知事が参加したが、アイミー・マルコス上院議員は、「私が決して祝うことのできない日と重なったため」参加しなかった。
トピック2:EU代表団訪問を契機としたデ・リマ解放への進展
― EU代表団のデ・リマ面会
2月23日、欧州連合(EU)の代表団としてフィリピンを訪問した欧州議会の人権小委員会5人が、キャンプ・クラメにあるフィリピン警察の拘置所に拘束されているレイラ・デ・リマ元上院議員を訪問した。
デ・リマはこの面会について、「私の大義が普遍的に受け入れられていることが改めて確認され、私の精神を再び浮き上がらせてくれました」と語った。彼女はまた、国際機関や外国の議会からの継続的な連帯と支援に常に感謝し、光栄に思っていると述べた。
― ビジネス界もデ・リマ解放を要求
マカティ・ビジネス・クラブ、フィリピンCEOサークル、司法改革イニシアチブ、フィリピン女性経済ネットワーク、フィリピン女性ビジネス協議会は、EU代表団のデ・リマ面会の翌日の24日に声明を発し、マルコス政権に対して、迅速な裁判を受ける憲法上の権利に基づいてデ・リマを解放するための措置を講じるよう訴えた。
「私たちは、前政権が彼女を拘束した正当な理由は、目撃者の証言撤回により、既に消滅していると考えています」と各団体は表明した。
― 即時釈放を求める申立ての提出
デ・リマに対して提出された政府側の証人の1人、元矯正局担当官のラファエル・ラゴスは、彼女と違法薬物取引とを関連付ける主張を撤回した。ラゴスは、元司法長官ビタリアーノ・アギーレ2世に強要され、デ・リマが違法薬物に手をつけたと告発する宣誓供述書に署名したと主張した。
この進展により、デ・リマの弁護士は23日、モンテンルパ地方裁判所204支部に、事件の全面的な棄却、彼女と共犯の元運転手ロニー・ダヤンの即時釈放、または保釈の許可を求める申し立てを提出した。
トピック3:砂糖価格
― 下がる砂糖価格
ネグロス島5区のエミリオ・ユーロ3世議員によると、政府による砂糖輸入が進められる中、甘味料の小売価格は50キログラム袋あたり3,300ペソから2,800ペソに下がっている。砂糖規制庁の元理事であるユーロ議員は、小規模なサトウキビ農家を保護するために、砂糖規制庁は砂糖の小売価格を管理すべきであると述べた。
「農家の収益性を維持することが重要だ」、「特に内陸部の農家にとって、夏が近づくこれからの季節が製糖できる唯一の機会だからだ」とユーロ議員は語った。
また、西ネグロス州エウジェニオ・ホセ・ラクソン州知事も、過度の砂糖輸入が小売価格を押し下げ、産業に悪影響を及ぼすことに警鐘を鳴らす。
― 砂糖価格下落と「政府が支援する密輸」
先週、リサ・ホンティベロス上院議員が暴露した、タイから出荷された砂糖が無許可で輸入されたことに関する大統領府と農業省の回答は、多くの疑問を残したままであった。ホンティベロス上院議員は、「政府が支援する密輸」と呼び、農業省幹部の関与を示唆した。これを受けて行政はすぐに調査に乗り出したが、その調査結果は国民からのさらなる疑念を煽ることになった。
ホンティべロス上院議員は、2月26日のメディア・ブリーフィングにおいて、砂糖を輸入する「砂糖命令第6号」が砂糖規制庁によって発行される1週間前に、砂糖がすでにタイからバタンガス港に到着していたことを指摘した。「砂糖命令第6号」は、砂糖価格高騰を抑制するためとされる。
この時、44万トンの砂糖が輸入され、ドミンゴ・パンガニバン農務次官が発行したとされる指示により3社に配分されている。正式な砂糖命令より前にタイからフィリピンに輸入されたこと、輸入された砂糖が砂糖命令対象の正式な輸入として取り扱われていること、それが砂糖収穫期に重なってしまっていることが物議を醸している。
先々週のメディア・ブリーフィングにおいて、パンガニバン農務事務官は、ルーカス・ベルサミン行政長官が砂糖命令の発行以前に既に砂糖輸入を促す「メモ」を彼から得ていたとし、その「メモ」を緊急性の高い命令と認識して早急に砂糖の輸入に踏み切ったと説明している。
また、パンガニバンは、砂糖価格を下げることを条件に砂糖分配を請け負う企業3社を膨大な数にのぼる企業リストの中から選んだことを認めている。
ホンティベロス上院議員は、砂糖命令発行以前に決定された砂糖の輸入について、それらの分配先を「勝手」に決定したことについて、そして、分配を「勝手」に承認したことについて、その手続きの正当性に疑問を投げかけ、調査の必要性を主張した。
◆今週のトピックス解説
― 紛らわしいマルコスの声明
マルコス大統領がエドサ革命の記念祝典を欠席したことは、予想通りでした。しかし、エドサ革命の記念日に際して、マルコス大統領がエドサ革命を肯定するかのような声明を発し、また、この日を国民の祝日にすると発表したことを知った際には、非常に驚きました。彼は、その声明の冒頭で、「私は、国家の一員として、苦難の時代と、そこからいかにして国家として団結し強くなったのかを思い起こす」と語ります。「苦難の時代」と断言する文章に、誰かの悪戯で声明文が差し替えられたのか、と一瞬自分の目を疑い、原文を翻訳ソフトにまでかけて確認したくらいです。マルコス大統領は、これまでの歴史認識を修正もしくは妥協したということなのでしょうか?
声明文では、エドサ革命という「フィリピン国民が分断された我々の歴史の一時期」に言及します。少し分かりにくいですね。しかし、次の文章で全てが明らかになります。声明文は、「私はもう一度、異なる政治的説得力を持つ人々に和解の手を差し出し、より良い社会 − 全てのフィリピン人のための進歩と平和を追求する社会 − を共に作り出すために一つになることを推進する」と続けられるのです。
― 1ミリたりとも変わってなかった
ここまで読むと、マルコス大統領が大統領選挙時から戒厳令やエドサ革命に対する認識や立場を全く変えていないことに気付かされます。今回の声明は、エドサ革命そのものを祝っているようで、実は、選挙スタート時に彼が有権者たちに語った発言をそのまま少し表現を変えて語っているに過ぎないのです。
マルコスは、「団結(UNITY)」をスローガンに選挙を戦いました。マルコス大統領の歴史認識は、マルコス・シニア大統領が大きな成果を上げた偉大なる大統領であり、従って、「フィリピンを略奪・抑圧した」とする、エドサ革命祝福側の多くが抱くマルコス・シニア像とは相容れません。しかし、マルコス大統領、そして、しばしば姉のアイミー・マルコス上院議員が口にする歴史の多面性、多義性は、それら2つの矛盾する主張を共存させるのです。彼らは、「一部の人はそう語る(マルコス・シニアの悪虐さを主張する)が、私(たち)(=亡命を余儀なくされたマルコス・ファミリー)からは、事実は異なって見える」との発言を繰り返し述べています。そして、次のように言うのです。
2つの異なる歴史認識を相容れないものとしていがみ合うのは止めて、「和解」し「団結」して、一緒に国を作っていこう、そして、いがみ合いの最中にあって、敢えて、最初に、手を差し伸べるのが、私、マルコス大統領である。
このように文脈を読み解けば、選挙中と今回のエドサ革命記念に向けての声明文と違いは全くありません。
― 苦難の時代とは?「被害者」は誰?
では、冒頭の「苦難の時代」とは、何を表すのでしょうか?実は、マルコス・シニア政権時代に抑圧され、虐げられたことによる苦難の状況を示したものではありません。社会認識によって国民が分断されたという事実、それが、現在まで続いていること、これこそが苦難の時代だというのです。
マルコス大統領の声明は、彼が暗に主張する自らの立場を浮き彫りにします。彼は、自ら(マルコス・ファミリー)を被害者の側に立たせているのです。先に手を差し伸べるのが、加害者であるはずがありません。自らがあえてエドサ革命祝福者に手を伸ばすことを、美徳をもって主張することは、祝福者たちと少なくとも対等の立場に立っていることを意味します。意図的に(もしくは無意識にかもしれません)、彼がエドサ革命の被害者、犠牲者として立ち振る舞っていることは、間違いありません。もちろん、異なる歴史認識による被害者として。
さらに、マルコス大統領は、自らと国を一体化する(ほとんど全ての政治リーダーがそのような発言をし、実際、そのように考えるようになるようですが)ことによって、国でもある自らが分断された、もしくは引き裂かれたことによる「苦難」を感じているのだと、暗に主張しています。この意味でも、彼は、自らを被害者とするのです。
何が正しいのか?との議論は置いておいて、これまでの数々の発言から見え隠れするマルコス大統領の頭の中にあるロジックが、この短い声明に色濃く反映されています。そして、エドサ革命を祝福する多くの人たち、特にマルコス・シニア独裁政権の犠牲者やその家族にとって、それは、加害者側からの傲慢であり、論理的にも感情的にも受け入れ難いものです。片や、マルコス大統領からすれば、エドサ革命を支持した人たちが「加害者」なので、自らの感情を押し殺しても、国のため、血涙を流して(言い過ぎか?)国民に手を差し伸べる、私は素晴らしい大統領だと、一人悦に入っているかもしれません。
〈Source〉
BBM attends Tan-ok ni Ilocano Festival; urges Ilocanos to be proud of identity, culture, Inquirer, February 24, 2023.
Biz groups call for De Lima’s release, Philstar, February 25, 2023.
EU delegates visit De Lima in prison, Inquirer, February 23, 2023.
Marcos declares February 24 a holiday in celebration of Edsa People Power Revolution, Inquirer, February 25, 2023.
Marcos Jr. skips EDSA People Power celebrations, ABS-CBN, February 25, 2023.
On sixth year of detention, De Lima launches another bid for freedom, Philstar, February 24, 2023.
Sugar gate prices down – lawmaker, Philstar, February 28, 2023.
Sugar smuggling by government?, Inquirer, February 27, 2023.
Unable to stomach People Power anniversary, Imee skips Ilocos grand festival, Rappler, February 25, 2023.
Unbeaten, unbowed: Leila de Lima marks six years in detention, Aljazeera, February 24, 2023.