今週のフィリピン・ダイジェスト
(2月17日-2月23日)

【写真】パラワン島ブルックス・ポイントでバリケードを作りニッケル鉱山に反対する住民たち/via Facebook page of Alyansa Tigil Mina (posted on February 18, 2023).

栗田英幸(愛媛大学)

 今週は、国際刑事裁判所(ICC)による再調査要請に対する反発、デ・リマ上院議員の不当勾留に対する新たな釈放要請、大規模開発の活発化の3つのトピックスを紹介します。
 また、今週のトピックス解説では、これら3つのトピックスを「新冷戦」と呼ばれる近年の東西対立に対応したマルコス政権の変化として説明します。

◆今週のトピックス
トピック1:逆風のドラッグ戦争被害追求

― 国際刑事裁判所(ICC)再調査を強く拒否するマルコス
 「フィリピンは主権国家であり、かつてのような帝国主義者たちの植民地ではない。私たちは、それ(ICCの再調査)を正当なものとは思わない。裁判権や共和国の主権に影響を与えるものに、私は協力できない。」
 ICCがドゥテルテ政権時のドラッグ戦争に関する調査再開の意向を示していることに対して、2月17日、マルコス大統領は、バギオ市で開催されたフィリピン陸軍士官学校同窓会で記者団に語った。マルコス大統領は、さらに、「我々の警察と司法が良いシステムであると感じている」ため、「外部からの支援は必要ない」と明確にICCによる再調査を拒否した。

― ICCの調査は政治的でありドゥテルテは正しかった
 これまで海外からのICC介入に不満を表明してきた司法省へスース・クリスピン・レムリア司法長官は、20日、「我々の制度を愚弄するな」、「もし、彼らがこの国で司法権力を得ようとするのであれば、それは我々の法体系に対する侵害である」とICCの再調査意向を強く批判した。彼は、さらに、ICCが純粋な正義の機関ではなく政治的な側面も持ち合わせており、今回のICCによる介入も一部の人びとによる政治的な意図によってもたらされたものであると説明した。
 同日、下院上級副議長のグロリア・マカパガル・アロヨ元大統領を筆頭に、下院議員19人が、血みどろのドラッグ戦争を調査するICCの動きに対してドゥテルテを保護するよう下院に求める決議案を提出した。
 決議文は、「ロドリゴ・ロア・ドゥテルテ前大統領は、国の隅々まで感染した広範で深刻な違法薬物問題が、国の社会構造に対する存亡の危機であると信じていた」として、ドゥテルテ前大統領のドラッグ戦争を正当化し、「上院の決議により、ICCによるいかなる調査や訴追においても、フィリピン共和国第16代大統領ロドリゴ・ロア・ドゥテルテ前大統領を明確に擁護することを宣言する」と記載されている。

トピック2:デ・リマ釈放への動き

― 列国議会同盟による釈放要請
 各国議会からなる世界的な組織である列国議会同盟(IPU)は、フィリピン政府に対し、レイラ・デ・リマ元上院議員のドラッグ関連容疑を取り下げ、釈放に向かうよう要請した。
 1月21日から2月2日までスイスのジュネーブで開催された第170回会期中に決定された、IPUの人権に関する委員会は、フィリピン当局に対して 「必要な行動をとる」ように促した。
 同委員会は、デ・リマの拘束と彼女に対する告発が「当時のロドリゴ・ドゥテルテ大統領のドラッグ戦争のやり方に声高に反対し、超法規的殺人に対する彼の責任を非難したことに(フィリピン政府が)反応したものである」 と述べ、デ・リマに対する訴訟が2017年から続いている「明確な終わりが見えない、刑事訴訟の不可解な長さ」を非難した。
 また、同委員会は、デ・リマが違法薬物取引への関与の疑いで起訴されてから6年が経過し、複数の重要な証人が彼女に対する証言を撤回しているにもかかわらず、依然として勾留されていることに重大な懸念を表明している。
 また、同委員会は、デ・リマが違法薬物取引への関与の疑いで起訴されてから6年が経過し、複数の重要な証人が彼女に対する証言を撤回しているにもかかわらず、依然として勾留されていることに重大な懸念を表明している。

― EU議員によるデ・リマ面会要請
 2月22日から24日にかけてEU議会人権小委員会がフィリピンを訪れている。この3日間で今年末に期限を迎えるEUとの一般特恵関税制度プラス(GSP+)の貿易協定更新についてフォローアップする予定である。GSP+は、フィリピンが人権、労働権、環境、グッドガバナンスに関する要件を満たす限り、フィリピンの6274品目に対して関税をゼロにすることを認めている。同委員会は、フィリピン政府にデ・リマ元上院議員との面会を求めているが、フィリピン政府は明確な回答を出していない。

トピック3:進む大規模開発と頻繁化する衝突

― パラワン島ニッケル鉱山
 2月17日、大規模鉱山に反対する市民団体アリャンサ・ティギル・ミナ(ATM)によると、パラワン州ブルックス・ポイントで、イピラン・ニッケル社が町長の許可を得ずにニッケル鉱山の操業をしていると住民が主張し、反対のためのバリケードが設置された。
 「シブヤン島の場合と同様に、鉱山会社は木を伐採する許可も港と土手道の建設に対する許可も持っておらず、したがって彼らの操業は違法である。イピラン・ニッケル社は、事実上、地方政府の自治を損ない、明らかに法に違反している」とATM全国コーディネーターのジェイビー・ガルガネラは声明で述べた。
 ブルックス・ポイントのジーン・フェリシアーノ副町長も同じ声明で、セサレオ・ベネディト・ジュニア町長が操業停止を命じたにもかかわらず、同社が操業を継続したとされるため、住民が自らバリケードを築いたと述べている。
 「私たちは、天然資源、生活、私たちの未来を守るために犠牲を払うことをいとわないブルックス・ポイントの住民に感謝している」とフェリシアーノ副町長は述べた。

― シブヤン島ニッケル鉱山
 ロンブロン州シブヤン島でも、地方自治体の許可のないアルタイ社の違法ニッケル鉱山操業に対して、バリケードによって市民団体と住民が反対していたが、2月3日にバリケードを破壊しようとした警察と住民たちが衝突して住民2人が負傷した。この事件を受け、環境天然資源省(DENR)は、2月6日、シブヤン島サンフェルナンド町での土手道の建設と操業、鉱石輸送の一時停止を命じている。
 しかし、2月9日に現地を訪れたリサ・ホンティベロス上院議員は、鉱山が依然として稼働中のようだと告げている。
 2月14日、国家人権委員会(CHR)は、シブヤン島のニッケル鉱山に関する人権問題について、既に独立した調査を開始していることを明らかにした。CHRには、既に、鉱山に反対する住民や市民活動家に対して嫌がらせや脅迫等の人権侵害が行われていた情報が多数寄せられている。「開発と経済成長の追求は、環境とフィリピン人の人権を実質的かつ不可逆的に損なうものであってはならない」と、CHRは表明した。

― カリワダム
建設中止を訴え始めた。彼ら・彼女らは、先住民族の権利(自由で強制されない合意)が守られておらず、カリワダムの建設により先住民族の土地が沈み、先住民族の文化や生活、自然環境が破壊されると主張している。建設中止を訴えるデモは、23日まで実施する予定。
 カリワダムは、中国からのODAによって進められているドゥテルテ前政権時代の重要プロジェクトの1つ。建設を管理するメトロポリタン水道局(MWSS)によると、既に工事の22%が完了しており、2026年に完成し、2027年に操業が敗退されている。

◆今週のトピックス解説

― 攻撃的な拒否
 ウクライナや南シナ海・台湾を巡る東西の「新冷戦」が人権外交の大きな契機になっていることは、既に過去のダイジェストで何度か触れてきました。その変化が、ICC再調査とデ・リマ釈放という2つの「外圧」によって、また少し顕著になってきています。
 これまでもICC再調査をやんわりと断ってきたマルコス大統領ですが、今回は、キッパリと断りました。それも、ICCや人権外交を進めようとする組織に対し、「植民地」「帝国主義」という反撃の言葉を使って。つまり、ICCという国際機関を「植民地」を作り出そうとする「帝国主義」の道具として批判したのです。そして、こうした批判はICCだけに限定されません。マルコス大統領曰く、現在、十分に機能しているフィリピンの法システムによる決定を主権外から変えようとする圧力、要するに人権外交は、すべて、フィリピンを「植民地」として従属させようとする「帝国主義」的な行為であるというのです。そこには、「フィリピンの自由や権利を奪う行為が人権を語るのか?」という強い批判と「そのような敵対的高圧的な行為をフィリピンに対して行うつもりがあるのか?」という、今後人権外交を進めようとする西側諸国への強い牽制が込められているのです。

― 人権外交への強まる反感・反発
 2月22日、フィリピンを訪れたEU議会人権小委員会のメンバー6人は、早速、フィリピンの上院人権委員会と非公式の会合をもったようです。会合では、ドゥテルテ前大統領をICCから保護するための法案についてEU議員団から質問があり、そこに参加したデラ・ローサ上院議員 – ドラッグ戦争支持者が人権委員会の委員にいることには違和感しかありませんが – が、フィリピンを植民地としていたスペインを引き合いに出し(議員団の1人がスペイン人)、EU議員団の発言が帝国主義の上に立っていることを暗に批判しています。
 先に紹介したレムリア司法長官のICCに対する感情的な批判は、ある意味、いつもの通りでした。これまでの人権外交では何度も矢面に立ち、フィリピンの司法の正常性を訴え、人権に関するフィリピン政府への批判に対して主権侵害であると声高に、時に声を荒げて主張してきました。ただ、今回は、「Don’t monkey(本文では、愚弄するなと訳しました)」と、外国からの干渉に怒りをあらわにしています(フィリピン人の利用する英語なので、心の中で相手を「猿」に例えて揶揄している可能性も否定できません。特に、言葉の悪いフィリピン人政治家は、そのような言葉使いをあえてする傾向があるように思います)。
 さらには、ドゥテルテをICCから守る法案までもが上院で提出されています。

― EUが人権外交最後の砦か?
 「新冷戦」のために東西の間に位置する資源国フィリピンの国際的立場が強まっていることは間違いありません。次にフィリピンをはじめとする南資源諸国が力を入れるのは、資源開発およびその加工分野への拡大でしょう。そして、今日のトピックスでも取り上げた3つの開発摩擦の事例からは、フィリピンが資源開発を積極的に進めようとしているように見えます。そして、資源開発で人権外交の門戸となっていた採取産業透明化イニシアティブ(EITI)、およびICCという2つの国際的な枠組みからフィリピンは既に脱退しています。資源開発に伴う深刻な人権侵害や資源利益を巡る汚職に対抗する力が著しく脆弱になっているのです。
 日本はもとより米国も、フィリピン政府と人権外交を粘り強く続けることは難しいようです。おそらくEUのみが、フィリピンで続く人権侵害を多少なりとも改善に持っていける外交的影響力を有しています。現在フィリピンを訪れているEU議員団が、GSP+を武器として、どれだけフィリピン政府に人権や汚職に関して改善を迫れるのか。今回、どのような話し合いが行われるのか、そして、今後、どのような駆け引きが展開されることになるのか、目が離せません。

〈Source〉
Altai maintains legality of ore mining operations in Sibuyan, Rappler, February 13, 2022.
CHR investigating alleged rights violations linked to mining ops in Sibuyan, Philstar, February 15, 2023.
Farmers walk against Kaliwa Dam, Bulatlat, February 20, 2023.
IPU calls for De Lima’s release, dropping of charges, ABS-CBN, February 20, 2023.
Kaliwa Dam construction progress hits 22%, Business world, February 21, 2023.
Marcos on ICC: ‘I cannot cooperate with them’, CNN Philippines, February 18, 2023.
Remulla to ICC: ‘Don’t monkey around with our legal system’, Inquirer, February 20, 2023.
Residents set up anti-mining barricade in Palawan, Inquirer, February 18, 2023.
Resolution backing ex-President Duterte vs ICC ‘drug war’ probe filed at Senate, Inquirer, February 20, 2023.
TIMELINE: Sibuyan Island’s decades of opposition to mining, Rappler, February 3, 2023.

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