今週のフィリピン・ダイジェスト
(12月10日-12月16日)

【写真】アセアン-EUサミットで閉会の辞を述べるマルコス大統領/via ASEAN continues to see EU as trade, investment partner: Marcos, Philippine News Agency, December 14, 2022.

栗田英幸(愛媛大学)

世界人権デー/米国でマルコスの盟友キボロイ伝道師の資産凍結/アセアン-EUサミットでの人権外交の行方

12月10日は世界人権デーでした。今週は、人権に関する3つの出来事を取り上げます。また、解説では、この2ヶ月ほどで大きく変化している人権外交の背景と懸念について説明します。

◆今週のトピックス

トピック1:世界人権デー

― 世界人権デーで声を上げる人権団体

12月10日、人権団体カラパタンは、世界人権デーを記念してマニラで抗議行動を行い、マルコス政権下でも増加を続ける超法規的殺害を非難した。カラパタンによれば、マルコス政権下で少なくとも17件の超法規的殺害が既に記録されており、最近では、ネグロスにおいて平和コンサルタントのエリクソン・アコスタと農民団体のまとめ役のジョセフ・ヒメネスが殺害された。

「このような悲惨な数字にもかかわらず、超法規的殺害の犠牲者に対する正義はまったくない。不処罰の文化は、醜い頭をもたげ続けている」と、カラパタンの事務局長であるクリスティーナ・パラバイは語った。

フィリピン大学第三世界研究センターで進められているダハス・プロジェクト*は、マルコス政権の最初の5カ月間に少なくとも150件のドラッグ関連の殺人を記録している。

*ダハス・プロジェクトは、フィリピン大学第三世界研究センターで実施されている多セクターで構成されたプロジェクト。人権侵害や権威主義化に関して根拠に基づく分析・研究を展開し、その成果の普及を目指す。

トピック2:崖っぷち?マルコスの盟友キボロイ

― 米国で資産凍結措置

12月10日(米国時間:フィリピンでは11日)の国際腐敗防止デーおよび世界人権デーに合わせ、米国政府は、米国財務省外国資産管理局がアポロ・キボロイ伝道師の米国での資産を凍結したと公表した。キボロイ伝道師は、新興宗教団体「イエス・キリストの王国」の設立者であり、米国支部に信者を呼び寄せ人身売買や不正な資金集めと送金を行っていたとして昨年11月にロサンゼルスにて強制捜査が行われ、今年2月に米国連邦捜査局(FBI)から指名手配されていた。

キボロイは、全国メディアSMNI(Sonshine Media Network International)の所有者であり、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領の「霊的助言者」であった。そして、今年の大統領選挙では、マルコス-サラのユニチームを最も早期から支えていたマルコス-サラ政権の盟友でもある。ドゥテルテ政権はダバオに住んでいるとされる米国で指名手配されているキボロイを調査もせずに放置し、ドゥテルテ大統領自身何度か彼を擁護する発言までしている。さらに、マルコス政権もキボロイの米国での指名手配についてはこれまで触れず、良好な関係が続いていた。

米国でのキボロイの資産凍結を受け、フィリピン司法省クリスピン・レムリア長官は翌日の12日に、「司法省はまだ、キボロイ氏に対する制裁措置の内実について議論していない」「この問題について話すのは時期尚早だ」と答え、司法省は米国での制裁を認める一方で、「検証済み」の情報を集め、米国の法律の専門家に助言を求め、それに従って行動するとしている。

― キボロイとマルコスとの関係を断て

一方、ガブリエラ女性党はフィリピン政府に対し、制裁措置の発動を受けて断固とした行動を取るよう伝えた。

「このような(米国での捜査手続きの)進展に対して、マルコス政権は、キボロイ伝道師の犯罪と金融取引に関する徹底的な調査を実施し、証人保護プログラムを通じて被害者が名乗り出ることを可能にするべきだ」と、少数民族リーダー補佐でガブリエラ女性党員のアーレン・ブロサス議員は語った。

ブロサスはまた、司法省は米国からの引き渡し要請を待つべきではなく、国家安全保障会議と反マネーロンダリング会議が別々に調査を行うべきであると主張し、次のように語った。

「フィリピン陸軍は、昨年10月24日に署名したキボロイのメディア部門SMNIとのメディア提携を見直し、終了させるべきだ。起訴された性犯罪者とフェイクニュースの売人(キボロイのこと)に、納税者のお金を使ってマスメディアの範囲を広げさせることはできない(政府の予算を問題あるSMNIの強化に利用することは許されない)。」

トピック3:EUに提起する2つの課題

― 人権と貿易を関連づけるべきではない

マルコス大統領は、今月12〜14日にベルギーで開催される東南アジア諸国連合(アセアン)-欧州連合(EU)サミットに参加するため、11日夜にマニラを経った。出発するにあたりマルコス大統領は、ブリュッセルに向かう機内から随行記者を通して、フィリピンがEUとの関係で直面している2つの課題についてサミットで議論する意向を語った。

1つは、ドゥテルテ前政権の頃よりEUから要求されてきた人権侵害の改善に関してである。EUは、ドゥテルテ政権時より再三にわたり人権侵害を貿易条件に結びつけて、その改善を要求してきた。2014年にフィリピンに付与された一般特恵関税制度プラスはフィリピンから6000以上の輸出品の無関税輸入認めているが、そのためには人権と労働権に関する27の条約に基づく義務を遵守する必要がある。

マルコス大統領は、人権と貿易を関連づけるべきではないとの自論を述べ、この問題をサミットで提起する意向を明らかにした。

現在までEUは人権侵害改善の要求こそ継続しているものの、2020年にEUがカンボジアに対して実施した免税の一部撤回のような措置をフィリピンに対してとる姿勢は見せていない。

― 国際基準に満たないフィリピン船員教育の見直し

もう1つは、EUの船舶に配備された約5万人のフィリピン人船員がEUの設定する海事教育基準に達していないとされる問題である。

この問題は、2006年から問題となっていたが、改善がなければフィリピン人船員の利用を停止するとの警告を今年3月にEUから受けている。マルコス大統領は、現在関係者がフィリピンでの海事教育が国際基準審査をクリアできるよう必死の努力で改善を図っている点を強調し、機会があればサミットでこの問題を提起したいと記者に対して語った。さらに、重要な点は我々(フィリピン)が基準をクリアできるかどうかにかかっていることを強調した。

◆今週のトピックス解説

今週トピックで取り上げたキボロイ伝道師と特恵関税に関する米国とEUとの今後の取引きは、全く異なる問題ではありますが、これまでと大きく異なる展開に発展する可能性があります。この2ヶ月で国際社会におけるフィリピンの重要度が大きく変わりました。中国と西側諸国との緊張の高まりに引きずられるようにフィリピンの地理的戦略的な重要度も急激に高まっています。事が軍事関係であるだけに秘密裏での取引きが入る余地も大きくなります。

したがって、以前であればマルコス政権に民主化や人権侵害改善を迫る大きな圧力となり得るEUの貿易を武器とした人権外交や米国での犯罪を根拠としたキボロイの身柄引渡し要求(まだ、FBIも身柄引渡し要求までの手続きには至っていません)が、ほとんど影響力を持ち得ないかもしれません。ドゥテルテ政権は、海外からの圧力を拒否する乱暴さが支持者への「売り」の1つでした。しかし、マルコス政権では、ドゥテルテと同様の乱暴な拒否は、おそらく少なくない支持層を失うことになるでしょう。そのような違いから、これまでのマルコス大統領の人権外交への選択肢は、乱暴な拒否ではなく、立場を曖昧にした消極的な現状肯定でなんとか誤魔化すというものでした。  

今回のアセアン-EUサミットにおいて、マルコス大統領はEUの人権外交に強く物申すとの強気の発言をしています。その自信、態度変化の背景にあるのは一体何なのでしょうか?来月には中国を訪問し、その翌月に米国へ向かい、新たな冷戦の2大トップとの立て続けの会談が予定されています。今後、マルコス大統領の人権外交への姿勢の変化に目を離せません。

〈Source〉
After Duterte, pressure is on Marcos to renew expiring EU tariff perks, Rappler, October 26, 2022.
ASEAN continues to see EU as trade, investment partner: Marcos, Philippine News Agency, December 14, 2022.
Child sexual exploitation in PH remains top concern: Remulla, UN special rapporteur, ABS-CBN, December. 9, 2022.
DOJ to study US sanctions on Quiboloy, CNN Philippines, December 11, 2023.
EU may ban PH seamen over training deficiencies, Inquirer, March 8, 2022.
Marcos promise: PH will comply with EU standards for seafarers, Inquirer, December 12, 2022.
Marcos to raise EU concern on human rights abuses in PH amid threat to cut trade perks, Inquirer, December 12, 2022.
On Human Rights Day, rights group assails zero justice for killings, rights violations under Marcos Jr.、Bulatlat, December 10, 2022.
Progressive groups mark Int’l Human Rights Day with call for justice, Inquirer, December 10, 2022.
Remulla: ‘A lot will still happen’ before Quiboloy extradited to US, Inquirer, December 13, 2022.
DOJ to study US sanctions on Quiboloy, CNN Philippines, December 11, 2023.

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