【コラム】マルコス政権の行方(4):ドゥテルテとの蜜月期とその裏で繰り広げられる闘い

【図】3人の仲間を得て戦々恐々と狭き道を進むマルコス(ChatGPTにより筆者作成)

 このコラムでは、マルコス政権の行方について、6回に分けて説明しています。

栗田英幸(愛媛大学)

― 敗退した2016年副大統領選の教訓
 2016年の副大統領選では、レニ・ロブレド副大統領候補に破れこそしたものの、僅差での惜敗でした。敗北とはいえ、基盤である北イロコス州を超えて全国区の選挙でも十分に票を得ることが可能であること、そして、コラム(2)で説明したような情報の操作によって父であるマルコス・シニアの悪評を相対化することが可能であることをマルコスに確信させるものでした。
 2022年大統領選挙で勝利するための課題も明らかになりました。その課題とは、南部フィリピンで集票能力のある政治家と組むこと、さらなる情報操作戦略の精緻化・効率化を行うこと、加えて、選挙管理委員会に立候補資格を否定されないことです。これら3点の全てを満たすパートナーは、ドゥテルテ・ファミリーしかありません。

― パートナーはドゥテルテ一択
 当時大統領のロドリゴ・ドゥテルテ(以下、ロドリゴ)とその後継者サラ・ドゥテルテ(以下、サラ)は、フィリピン南部を磐石の基盤としつつも全国規模で集票能力を有する政治家です。ドゥテルテ・ファミリーとタッグを組めれば、フィリピン南部を中心に、全国からの得票を望めます。加えて、彼らの支持層は、マルコスを糾弾する知識層ではなく、政治的に情報操作の容易な貧困層です。ドゥテルテ・ファミリーを通して膨大な票がマルコスにすんなりと流れてくることは間違いありません。
 また、彼らは、フェイクニュースを織り交ぜた情報戦略にも長けています。2016年、ロドリゴは英国企業を通じて専門家集団を雇い、SNS上での情報操作を駆使して大統領に選ばれました。フィリピンでの経験でSNSを通じた世論操作に磨きをかけたこの英国企業は、英国のEU離脱やジョンソン首相支持の世論操作にも利用されたと言われています。海外の拠点を利用したフェイクニュース戦略はドゥテルテ・ファミリーのお家芸となり、今なお健在です。情報操作によって父の悪評を相対化したいと考えるマルコスにとって、非常に魅力的な手段とノウハウであることに違いありません。
 加えて、ロドリゴは大統領権限で選挙管理委員会にさまざまな介入を行うことができました。事実、2022年の大統領選挙では、マルコスの大統領選立候補資格に関する異議申し立てが認められそうになりました。しかし、最終決定の直前にロドリゴの介入でマルコスの立候補に批判的な独立性の高い審議官からドゥテルテの意向を反映する審議官へと代わり、本当にギリギリでマルコスの立候補が認められました。(詳しくは、2022年5月のコラム参照)

― 圧勝後の新たな危機
 サラ副大統領候補と「統一(Uni)チーム」を組み、圧倒的大差で大統領選に勝利したマルコスですが、全く安心することはできません。大統領任期終了後も安心してマルコス・ファミリーがフィリピンで生き残っていくには、今度はドゥテルテ・ファミリーを排除しなければならないのです。
 マルコスがファミリーとしての生き残りのために選択した戦略が「新しいフィリピン」であることは、コラムの(1)と(2)ですでに説明しました。マルコス・ファミリーが将来にわたって父の汚名から解放されるためには、フィリピンが感情ではなく科学や制度に則った決断のできる社会へと新生しなければなりません。
 しかし、政権がマルコスに移行しても、ロドリゴ前政権流の敵対市民に対する抑圧や強引な政治介入は続きます。警察や国軍は、相変わらずドゥテルテ陣営(ドゥテルテ・ファミリーおよびその強力な支持者)の暴力装置として機能を続けます。「統一チーム」として選挙に勝利したために、ロドリゴ政権でのドラッグ戦争や反共作戦による深刻な人道的被害への責任追及は、マルコス-ドゥテルテ連合の長としてのマルコスに向けられることにもなりました。かつて父の暴力支配の末路として亡命を体験しているマルコス。今度はロドリゴの汚名までなすりつけられているのです。たまったものではありません。

― 困難なドゥテルテ派排除
 しかし、ロドリゴの影響力排除は非常に困難です。国軍と警察にはロドリゴに忠誠を誓った大勢の高官たちがいます。特に、ドラッグ戦争と反共作戦で大勢の市民を迫害した人道的な責任の追及は、2重の意味で慎重にしなければなりません。責任追及を進めることができれば、ドゥテルテ派を芋蔓式に検挙し、刑務所に収容することが可能です。しかし、共犯者となる警察や国軍の高官らは必死にドゥテルテ陣営を支えます。ドゥテルテ陣営によるクーデターもあり得る状況です。これだけは避けなければなりません。国を割った紛争になれば、中国がドゥテルテ支持に出てくる可能性も否定できません。

― 蜜月期、水面下での攻防
 さらに、マルコス自身が大統領の強権によって強引にドゥテルテ排除を推し進めるならば、大統領が消し去りたいマルコス=シニア=独裁者・略奪者というイメージを今の若い国民にまで定着させてしまいます。独裁者が過去ではなく現在進行形の問題になってしまうと、マルコスの「新しいフィリピン」戦略が破綻してしまいかねません。
 その攻防のポイントだけ、簡単に見ていきましょう。
 政権初期のマルコス=ドゥテルテ蜜月期、マルコスは、ドゥテルテの軍や警察における支配の綻びと切り崩しのきっかけを探すことに注力しています。最初の大きな決断は、サラの要求する国防長官の座を彼女に与えなかったことでしょう。しかし、超法規的に巨額秘密資金を利用して、好き勝手に反響作戦・ドラッグ戦争を実行できる警察と国軍の内部組織の長は、未だドゥテルテ陣営によって占められていました。警察と国軍、特にドラッグと共産主義に対処する組織は、ドゥテルテ・マフィアと呼んでも良いような、法律の届かない暴力の支配する状態になっていたのではないかと思います。

― 突撃隊長アバロスと2つの突破口
 このドゥテルテ・マフィアへのマルコス介入のきっかけは、政権発足から4ヶ月たった2022年10月です。この時期、大量のシャブ(覚せい剤)が警察によって横流しされた疑惑と、ジャーナリストでのパーシー・ラピッドが暗殺される事件がありました。ここで活躍したのが、マルコスが警察を所管する内務自治省の長官に据えたベンハー・アバロスです。
 彼は、ドゥテルテ政権期にも首都圏マニラの交通・都市計画・防災を一体的に管理するマニラ首都圏開発庁(MMDA)を任されており、組織改革が得意で職務に忠実であるとの評価を得ていた人物です。さらに、ロドリゴと癒着もありません。そして、アバロスとこの2つの事件こそが、マルコスの反撃のポイントになりました。

― 「ニンジャ(忍者)警官」狩り
 アバロスはロドリゴ政権でも官僚を務めていたため、ロドリゴも警戒していなかったのかもしれません。シャブ横流し疑惑を機にアバロスは、全ての警察高官について徹底的に調査し、2023年1月には、その捜査結果として、ロドリゴに忠誠を誓った、もしくはドラッグ戦争の加害者としてロドリゴと共犯の数多くの警察官が、一気に警察から排除されたのです。
 ロドリゴが推進したドラッグ撲滅のための組織がドラッグ密売で財をなしているという矛盾が、ドゥテルテの介入を防ぎます。ドラッグ組織と結びつき、次々と周りの警官をドラッグ組織の仲間にしていく警官をフィリピンでは「ニンジャ警官」と呼びます。「ニンジャ警官」を炙り出すという建前の任務を、アバロスは迅速かつ徹底的に実施しました。
 結果、ドゥテルテ・マフィア警官の中心人物の多くが警察から排除され、排除を免れた警官も警察内部で好き勝手に振る舞えない環境が整いました。

― 暴力装置の拠点を叩く
 ラピッド暗殺事件の捜査は、政治的殺害とドラッグ密売の重要拠点であるニュー・ビリビッド刑務所と、そこで暗殺やドラッグ密売を差配もしくは隠蔽していたとみられるバンタッグ矯正局長にまでおよびました。彼は、ロドリゴが任命し、特に収容者を暴力で屈服させる手段がロドリゴに気に入られてロドリゴの効果的な暴力装置の一部として重用された人物です。
 クリスピン・レムリア司法長官が直接介入し、過密収容、収監者の待遇、汚職・密売、看守と受刑者の癒着などが改めて調査され、収容中に殺害されたとみられる多数の白骨死体をはじめとした数多くの証拠・証言が確認されました。この結果、2023年に人事を含め徹底的な改革がニュー・ビリビッド刑務所でなされていきました。この過程でもドゥテルテ・マフィアが排除されることとなりました。

― 脇を固める2人
 明るみに出てしまい国民の怒りが向けられることとなった汚職とドラッグに塗れた忍者警官やニュー・ビリビッドの問題に対して、反ドラッグを旗印にしていたドゥテルテ陣営が直接的に強引な介入を行うことは難しい状況です。間接的に現役・退役の軍人や警察官、政治家を利用して改革の方向性に対して懸念の声を上げ、革命を仄めかして牽制することしかできませんでした。ここで、間接的な政治的介入をも最大限に防ぎ、国軍の不満拡大を抑え込む上で大きな役割を果たしたのが、レムリア司法長官とカルリト・ガルベス国防長官です。

― レムリア司法長官の変心
 2022年10月、レムリア司法長官の息子が違法薬物所持容疑で逮捕されました。そして、翌年1月には、かなり強引に「無罪」判決が下ります。異例のスピード解決でした。この事件前までのレムリアは、敵対人物に対して共産主義者のレッテルを貼って脅迫する、いわゆる「赤タグ」付けを積極的に行う非常に暴力的な人物として有名でした。しかし、この実質「恩赦」の後、彼は忠実なマルコスの僕となり、「新しいフィリピン」体現者として振る舞うようになります。おそらく、この「恩赦」をめぐって、マルコスとレムリアの間に何らかの取引があったのでしょう。
 その後、政治家の介入によって調査結果が恣意的に曲げられてしまうような重要案件に関して、立場上、政治的に中立な司法省が積極的に調査・判断を行うようになりました。レムリアも独立性を強調し、マルコスも表面上は司法省への不介入を貫きます。この結果、政治家も司法省の調査や判断に強引に介入することができなくなりました。

― ガルベス国防長官
 さらに国軍に関しても、2023年1月、反共作戦の宥和政策への転換を理由に、これまでのドゥテルテの超法規的な抑圧とは異なり融和と対話を重んじる人物、カルリト・ガルベスが国防長官に据えられました。この人事は、マルコスにとって非常に危険な賭けだったように思います。主にドゥテルテ陣営の軍人を中心に、軍内部に大きな不満が出たようです。
 ガルベスは、国軍内部の不満、そして、確実にドゥテルテ陣営の意向を受けた一部国軍士官による政権転覆の動きを、素早く見事に抑え込みました。マルコスとアバロスの、まさに、命をかけた改革が、ドゥテルテ陣営によって暴力的にひっくり返されるのを防いだのが、このガルベスでした。ガルベスが国軍を抑えたからこそ、マルコスはアバロスに警察の大改革を進めさせることができたのです。
 警察、刑務所、国軍の中枢からドゥテルテ陣営を追い出すことに成功したマルコスは、とうとうドゥテルテ陣営の資金源と化しているサラ副大統領の機密費に切り込むことを決意します。次回のコラムは、ドゥテルテ親娘との直接対立について見ていきます。

〈Source〉

【コラム】大統領選挙直前解説:「ボンボン」マルコス-サラ統一チームをめぐる争点は?, Stop the Attack Campaign, May 7, 2022.
【コラム】マルコス政権の行方(1):「新しいフィリピン」賛歌, Stop the Attack Campaign, September 5, 2025.
【コラム】マルコス政権の行方(2):ずらされた3つの論点, Stop the Attack Campaign, September 26, 2025.
【コラム】マルコス政権の行方(3):命がけの亡命と復帰, Stop the Attack Campaign, October 28, 2025.
世界中が注目するマルコスの訪中/レムリア司法相の息子がなんと無罪放免/内務長官「忍者警官一掃のため警察高官は全員、とりあえず辞表を出せ」(今週のフィリピン・ダイジェスト), Stop the Attack Campaign, January 13, 2023.

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