【コラム】マルコス政権の行方(1):「新しいフィリピン」賛歌

図:「崖っぷち」を恐る恐る歩むマルコス(ChatGPTにより筆者作成)

 このコラムでは、マルコス政権の行方について、6回に分けて説明していきます。

栗田英幸(愛媛大学)

― 折り返し地点を過ぎたマルコス政権
 2022年7月に発足したマルコス政権は、先の6月の中間選挙を経て、折り返し地点を過ぎました。マルコス政権は、今後どこへ向かっていくのでしょうか? 
 この点について考える上で、これまでの政権と決定的に異なるのは、「マルコス大統領がどこから来たのか?」という問いの重要性です。他の歴代大統領が、多くの選択肢の中から政治家を選び、最終的に大統領に登り詰める道を選んだのとマルコスは大きく異なります。マルコスには、そもそも大統領になり、今も取り組んでいるフィリピン大改造を進める以外に、彼と彼のファミリーが生き残るための選択肢がなかったのです。

― 評価を捻じ曲げる「力と暴力」イメージ
 マルコス大統領の父マルコス・シニア(以降、シニア)独裁時代を知っている人たちにとって、マルコスという名前は、力と暴力の象徴です。シニアが亡くなり、ファミリーが亡命先のハワイから帰国した後も、独裁者マルコスのイメージは残り続けます。さらに、上手く隠していたとしか思えない巨額の「不正蓄財(ill-gotton wealth)」は、マルコス・ファミリーの復活を大いに支えています。マルコス・ファミリーの復活が独裁の再来を懸念している人たちにとって脅威に映るのも当然です。しかし、一方でそのイメージが、マルコス大統領本人の分析・評価を歪めているともいえます。

―「崖っぷち」のマルコス
 マルコス・ファミリーの立場から、その置かれている状況を見るなら、全く異なる姿が見えてきます。彼らが「正当に」得た(と主張している)財産に対する財産権、さらに、「不正蓄財」などのため「無資格」と訴えられた被選挙権は、今でも一部国民からの攻撃の対象です。さらに、この消えない疑惑に起因して、マルコスの子どもを含めたファミリー全体への非難や誹謗も国内で根強く残っています。マルコス・ファミリーだからというだけで向けられる「言われのない」非難、誹謗は、彼らからすると完全な人格権や平等権、名誉権の侵害です。おそらく「不正蓄財」を素直に差し出したとしても、その恨み、憎しみから逃れることはできないでしょう。
 一方、マルコスに対して怒りと懸念を持ち続けている国民にとって、マルコス・ファミリーの資産や成功は、「不正蓄財」、もしくは「不正蓄財」によって可能となったものです。極論ですが、国家反逆者として剥奪されるべき権利であり、成果なのです。
 自身、ピープル・パワーの矛先を向けられ、恐怖の亡命経験を持つマルコスは、国民の不満が強力な独裁者を容易にも葬り去る「力」へとなりうるフィリピンの「危うさ」を骨の髄まで染み込まされているはずです。
 したがって、一部国民の「マルコス」への怒り・恐れと、国民の生活に対する蓄積された不満の存在を知るマルコスにとって、現在のフィリピンは、国民の不満や怒りの矛先が、いつ再びピープル・パワーのような力のウネリと化して、自分たちファミリーに襲いかかるか分からない危険な状態、無視できないリスクなのです。
 このような「崖っぷち」に立つマルコスの立場から、マルコス政権の前半を見直してみようというのが、このコラムの趣旨になります。
 以降、このコラムでは、マルコス政権の向かう先について、6回に分けて説明していきます。第1回目の本稿と次稿では、マルコス政権が目指す「新しいフィリピン」のカタチを取り上げます。まず、本稿では、マルコス大統領が目指す社会大改造のカタチを示す「新しいフィリピン」について簡単に説明します。つづいて、次稿では、マルコス大統領の「崖っぷち」脱出戦略としての「新しいフィリピン」を整理します。3回目以降は、マルコスのこれまでを、(1)原点としての亡命・帰還期、(2)ドゥテルテとの蜜月期、(3)ドゥテルテとの対決期、(4)新しいフィリピンへの大改造期(現在)、に分け、それぞれの時期におけるマルコスの選択について、マルコスが生き残るための生存戦略の一環として位置付け、整理していきます。
 このコラムでは、マルコスの決断の分析や評価をめぐって多くの混乱が見られる次のような点にも答えるものにもなっています。
*マルコス大統領が父シニアを積極的に模倣する理由
*ドゥテルテ陣営との同盟と分裂の必然性
*姉アイミー上院議員がドゥテルテ陣営との同盟に固執する理由
*人権や人権侵害に対するマルコスの立場

― 新しいフィリピン
 2024年1月28日、マルコス大統領は、マニラのリサール公園内キリノ・グランドスタンドで「Bagong Pilipinas(新しいフィリピン)」キャンペーンのキックオフ集会を開催しました。この大規模なイベントには、マニラ警察発表によるとおよそ40万人が集まりましたが、これは当初の動員計画20万人を大きく上回る数字でした。
 「新しいフィリピン」は、マルコスが大統領選から掲げ続けたスローガンです。マルコスが「新しいフィリピン」を語る時、それは、新たな意識を有する自発的で誇りあふれるフィリピン人の姿であり、統合された平和で豊かで美しいフィリピンの姿であり、そして、「新しいフィリピン」に国民皆を連れていくとする国民との約束でもあります。しかし、マルコス政権最初の2年間、国民にとって「新しいフィリピン」は単なるスローガンでしかなく、具体的にイメージできるようなものではありませんでした。
 「新しいフィリピン」のイメージを具体化し、国民全体で共有するものが、このキャンペーンで披露された歌「変革の時は来た(Panahon na ng Pagbabago)」(「新しいフィリピン讃歌(Bagong Pilipinas Hyms)」とも呼ばれる)と朗読文「新しいフィリピンへの誓い(Panata sa Bagong Pilipinas)」です。この歌と朗読文は、2024年6月4日の「大統領府通達第52号」で国旗掲揚式での歌唱・朗読が義務化されることとなります。

― 讃歌と誓い
 次の文章は、「新しいフィリピン讃歌」の1番の歌詞(左)と「新しいフィリピンへの誓い」(右)です。マルコスの目指す新しいフィリピンを皆で作り上げるために必要な意識改革、それに伴う行政改革、帰結としての平和と豊かさ、誇り溢れるフィリピン人の姿が、これらには描かれています。国民皆が暗記できる分量に縮めているため、無駄な言葉が削り取られ、マルコスの発信したいメッセージのみが端的に語られています。

― 新しい社会
 「新しいフィリピン」は、父マルコス・シニア(以降、シニア)が戒厳令時代に利用した「新しい社会(Bagong Lipunan)」の焼き直しとも言われています。1973年、シニアが国民の意識改革と自身の戒厳令正当化のため、ラジオやテレビで毎日の放送と国旗掲揚式での歌唱を義務付けたのが、この「新しい社会」です。内容は非常に似通っていますが、そのニュアンスは大きく異なります。マルコス大統領の戦略を理解する上で、この違いはとても重要です。
 シニアの「新しい社会」は、戒厳令が夜明けとして捉えられ、そのまま新しい希望に満ちた発展をもたらす社会の幕開けとなった事実を語るのみです。そして、国民は、ただその変化の事実を讃えるのみです。
 他方、「新しいフィリピン」が国民に求めるのは、国民1人1人の自発的な変革です。フィリピン人としての誇りを持ち、皆の名誉、自由、利益のための奉仕の心を持ち、優れた可能性を磨き、国際的(科学的)基準に則した競争に参加・勝利し、豊かで誇り溢れる平和な社会を実現しようという呼びかけです。
 この、何の面白みもない文章からどのようなマルコスの戦略が見えてくるのでしょうか。次稿にて深掘りしていきます。

〈Source〉
Bagon Pilipinas Kick-0ff Rally,
(「新しいフィリピン」キックホフイベント〈動画〉), January 28, 2024.
“Bagong Lipunan” – Old Filipino Patriotic Song,
(「新しい社会」―かつてのフィリピンの愛国歌), 2023.
BAGONG PILIPINAS PLEDGE,
(新しいフィリピンへの誓い),
Bagong Pilipinas Hymn,
(新しいフィリピン賛歌〈旧バージョン〉),
Memorandum Circular No. 52: Prescribing the recital of the Bagong Pilipinas Hymn and Pledge during flag Ceremonies,
(大統領府通達第52号:国旗掲揚式典における新しいフィリピン讃歌と誓いの唱和の規定)

美しい国フィリピンの「悪夢」

フィリピン政府が行っている合法的な殺人とは?

詳しく見る

最新情報をチェックしよう!
>ひとりの微力が大きな力になる。

ひとりの微力が大きな力になる。


一人ひとりの力は小さいかもしれないけれど、
たくさんの力が集まればきっと世界は変えられる。
あなたも世界を変える一員として
私たちに力を貸していただけないでしょうか?

Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

寄付する(白)