大橋成子(ピープルズ・プラン研究所)
このコラムを開始した1年前、「台湾有事」を巡り米・日が強化するフィリピンの再軍事化※について「アメリカの捨て駒にはならない!」というフィリピン民衆の声を紹介した。(【コラム】アメリカの捨て駒にはならない!:米・日が強化するフィリピンの軍事化,SAC,2023年8月20日.)
ちょうど一年たった現在、ワシントンで開催された米日比首脳会談(4月11日)を経て、フィリピンの再軍事化は南シナ海に留まらず、インド太平洋地域を射程にしてさらに加速している。
※フィリピンにおける軍事化は、米ソ冷戦の最中に登場したフェルディナンド・マルコス大統領(現マルコス大統領の父)による20年にわたる開発独裁の時代に顕著であった。その後ピープル革命による独裁政治の終焉、冷戦終結後の米軍基地撤廃もあり、軍事化圧力は一時弱まったが、近年の米中「新冷戦」を背景に、再び強まってきている。(編集部)
― 米比合同演習に自衛隊がオブザーバー参加
全国で体感温度が40℃まで上昇した今年4月。異常気象による電力・水不足で庶民の日常生活に大きな支障がでた最中、巨額の資金を使った米比軍事合同演習バリカタン24が、ルソン島、パラワン島を中心に展開された。今年の演習参加人数は昨年の1万7000人を上回る1万7600人となり、過去最高記録を更新した。
注:「バリカタン」は肩と肩を並べるという意味の年次米比軍事演習。フィリピンの米軍基地が閉鎖されて以来、米比の軍事関係の礎となっている。過去には2001年9・11同時多発テロ事件後、「対テロ戦争」の一環として、フィリピン国内のイスラム反乱組織や共産主義を掲げる武装組織を対象に展開されてきた。米国の軍事戦略に基づき、年々演習の射程と規模は拡大し、2014年以降はオーストラリア軍も演習に参加している。
日本政府が政府開発援助(ODA)とは別に、「同志国」の軍事活動に無償資金協力をする「政府安全保障能力強化支援(OSA)を創設(23年4月5日)して一年。今年のバリカタン24には、日本の航空自衛隊が初めてオブザーバーとして参加した。
― 米日比3か国共同声明:インド太平洋を視野に入れた経済協力と軍事力拡大
合同演習に先がけ、米日比首脳会談がワシントンで開催され「3か国共同ビジョン声明(以下、共同声明)」が発表された(24年4月11日)。かなり長文の声明は、「我々3か国は、インド太平洋地域において、永続的かつ包括的な経済成長と強靭性を促進することを決意する」という文章で始まり、同地域への「経済援助の強化」と「軍事協力の拡大」の重要性について繰り返し述べている。(日米比首脳会合,外務省,2024年4月11日., 日米比首脳会談、半導体や重要鉱物サプライチェーン強靭化で合意,JETROビジネス短信,2024年4月15日.)
軍事面では、南シナ海に留まらず、インド太平洋地域のパトロールに日本の海上保安庁、米国沿岸警備隊も参加した合同演習を24年中に実施。来年のバリカタン25には、オーストラリア・韓国軍との防衛協力を拡大する予定にまで触れている。
また、経済協力についてもかなり具体的に書かれており、「日米比3か国は、インド太平洋における最初のグローバル・インフラ投資パートナーシップ」という経済回廊づくりに連携し、その一部としてフィリピンに「ルソン回廊」を立ち上げる、と発表した。
― 「ルソン回廊」とは?
ルソン回廊は、スービック、クラーク、マニラ、バタンガス港間を連結させる経済回廊構想で、「鉄道・港湾の近代化、クリーンエネルギー・重要鉱物・半導体のサプライチェーンの展開など、影響力のある大規模なインフラプロジェクトへの投資を加速させる」としている。この巨大プロジェクトに向けて、日本のODA及び民間部門の援助は、昨年の6000億円を大きく上回るとみられている。(共同ニュース 24年5月3日)
この構想で、30年以上前に撤去された元米軍基地スービック・クラークが再浮上した。撤去後、両地区は関税ゼロの経済特別区に転換され、スービックには中国の賭博ビジネス、クラークには韓国のIT企業が主に進出している。
しかし、フィリピンは他の東南アジア諸国に比べ、交通・電力・水力などのインフラ設備が追い付かず、海外企業の進出にも影響してきた。ルソン島を縦断する「回廊」を繋ぐとしても、鉄道や電車は皆無で、マニラ・クラーク間の飛行ルート以外は、入り組んだ高速道路を利用するしかない。慢性的な渋滞は今も昔もフィリピン名物のひとつになっている。
― 原発とニッケル
前述の共同声明で強調された経済協力の中にクリーンエネルギーと重要鉱物が掲げられているのをみて不安を覚えた。案の定、声明が発表されたわずか1か月後、アメリカの東アジア太平洋担当の会見で「米国の原子力企業が東南アジア諸国に小型原発を輸出できるよう、米商務省がマニラに原発産業の作業部会の拠点を置く予定」であることが報道された。(5月11日共同通信)
さらに重要鉱物については、電気自動車(EV)の動力モーターに不可欠なニッケルに焦点があてられている。フィリピンはインドネシアに次ぐ世界第2位の産出国で、ミンダナオやパラワン島に鉱山があり、すでに住友金属が開発を続けてきたが、その規模は今後さらに大きくなるだろう。 これまでニッケル開発は中国が独占してきたことに対抗して、アメリカが資金提供し、フィリピンは原料提供、日本と韓国、オーストラリアが精錬精製技術協力をするという計画が出されている。(日米、フィリピンとニッケルで供給網 首脳が共同声明へ,日本経済新聞,2024年4月1日)
― 汚職の温床に流れる巨大マネー
フィリピンは資源だけ収奪されるという構造は、開発独裁時代から現在まで何も変わっていない。しかもニッケルを始めとする鉱物資源が豊富な地域は、ミンダナオ島やパラワン島などの先住民族が住む先祖代々の土地だ。
フィリピンの進歩的なオピニオン・リーダーで知られるウォールデン・ベロー氏は、米国の国際ニュース「デモクラシー・ナウ」(24年4月12日)のインタビューの一部で以下のように語っている。
「マルコス大統領は、国防と外交政策を実質的に米国に委託している。しかし、私がこの際はっきりと言っておきたいことは、マルコス大統領はフィリピンの国益をほとんど考えていないということだ。彼の主な関心事は、米国や米国の同盟国に今でも隠されているマルコス家の100億ドル相当(約1兆5000億円)の財産を守ることだ。つまり、マルコス一族による米国との同盟は、実のところ個人的な経済的利益のために推進されているのだ。」
― フィリピン人の肩にのしかかる対外債務
対米政策に関しては、マルコス一族とドゥテルテ一族の対立を含め、フィリピン政界は決して一枚岩ではない。(フィリピン・ニュース深掘り 上院議長交代劇の裏側, SAC, 2024年6月7日.など)しかし、伝統的、構造的な汚職の温床を残したまま、今後巨額の資金が日米の防衛、利権のためにフィリピンへ流れ込む。くわえて、援助金のほとんどは贈与ではなく借款だ。巨大プロジェクトで大きな富を得る人間がいる一方、フィリピン人の肩には年々累積される対外債務が重くのしかかっている。24年3月時点の対外債務額は1287億ドル(約20兆5000億円)。これは23年3月から8.7%増加しており、国家予算15兆円(24年度)を大きく上回っている。(フィリピン中央銀行)
グローバル・サウスの中でGDP(国内総生産)6~7%を遂げていることに注目する世界銀行や投資家たちがいる一方、電気代や水の確保にさえ苦労する圧倒的多数のフィリピン人にとって、今後の「成長」と「防衛」はどのような恩恵をもたらしてくれるのだろうか?こうした現実は日本ではほとんど報道されないが、日本政府は私たちの税金を使って深く関与している。そのことを忘れてはいけない。