大統領選挙の結果:海外の懸念と国内の反発

【写真】フィリピンのセブンイレブンで実施されていた選挙前のコンペ。支持する候補者のコップに飲料を注いで購入する。「ボンボン」マルコスのコップがもっとも利用された=2022年5月10日、フィリピン首都圏、勅使川原香世子撮影。

【東京=13日】5月9日に実施されたフィリピン総選挙では、フェルディナンド・マルコス・ジュニア(以下、「ボンボン」マルコス)が、2位にほぼ2倍の差をつけて大統領選挙の勝利を確実なものとした。国内外の大半の記事が、「独裁者マルコスの息子であり同姓同名のフェルディナンド・マルコス・ジュニアが地滑り的に勝利の見通し」との見出し、もしくは書き出しで、「ボンボン」マルコスの大統領当確を報じた。ここでは、「ボンボン」マルコスの勝利に関する国内外の反応を紹介する。

― 選挙結果は「ボンボン」マルコス-サラ圧勝

 選挙管理委員会の報告によれば、5月12日午前7時(フィリピン時間)、開票率98%を超えた段階で、「ボンボン」マルコスが、2位のマリア・レオノール・ロブレドの1482万票に2倍以上の差をつける3110万票を獲得し、サラ・ドゥテルテ-カルピオ(以下、サラ)は、ロブレド陣営のキコ・パンギリナンの900万票に対して3倍以上の3156万票を獲得して、大統領・副大統領の座を確実のものとした。

― 主要候補者の対応

 開票開始後、最初に「ボンボン」マルコスへの敗北を認めたのは、大統領選途中経過4位のイスコ・モレノだった。彼は、「恨みと悪しき血が続くなら、次の政権は成功しない。我々は団結し、国民によって選ばれた次の大統領を支持する必要がある」と、自身のフェイスブックページでライブ配信された記者会見で述べ、当選した相手に祝辞を述べた。
 11日には、ロブレドを支持しマルコス‐サラ勝利を認めず過激化する気配を見せる大衆と、マルコス‐サラを支持する大衆との摩擦に対して、モレノは、結果を受け入れるべきとのコメントを発している。
 モレノに続き、途中経過3位のマニー・パッキャオも、「ボクサーとして、アスリートとして、私は敗北の受け止め方を知っています。たとえ私がこの戦いに敗れたとしても、フィリピンの人びと、特に貧しい人びとが勝利することを望んでいます」と敗北宣言をフェイスブックのビデオ声明で語った。
 5位の途中経過を目にしたパンフィロ・ラクソンは、選挙について多くをコメントせず、これまで時間をとることができなかった家族のために時間を費やすと記者に語った。
 「ボンボン」マルコスに大差をつけられたものの、2位につけたロブレドは、10日の夜中、サポーターたちに感謝を伝えると共に、ロブレドたちの活動が正しいものであり、また、その正しい活動は始まったばかりであることを告げて、今後の団結を呼びかけると共に、最終的な結果を待つよう語りかけた。

― ロブレド支持者の怒り

 5月10日、「ボンボン」マルコスの勝利に反対する人びとが選挙管理委員会(Comelec)本部に詰めかけ、怒りを露わに選挙の不正を強く訴え、そして、ロブレドの名前を唱えた。
 「あまりに速かったので、我々は魔法だと結論づけた。魔法のような瞬間だった。しかし、どのような魔法だったのか?フィリピンの歴史の中で、暗い魔法にかけられた(騙された)瞬間だ」とレイエスは語った。
 「この選挙の結論は簡単だ。これは最悪だ。最も腐った選挙だ。そして、不正行為は、最も恥知らずな行いだ」と、選挙監視団体コントラ・ダヤの呼びかけ人であるダニロ・アラオは抗議デモの中で述べた。彼は、さらに、次にどのような手段を講じることができるのか弁護士と相談中だと語った。
 今後の「ボンボン」マルコス大統領阻止の具体的な動きとして、現在のところ次の2つに集約されている。一つは、全国のボランティアからコントラ・ダヤに寄せられた電子投票機(VCM)に関する数多くの不具合の報告に関して、コントラ・ダヤが中心となって、より多くのボランティアと専門知識を利用して電子投票による不正の有無を確認する作業である。しかし、電子投票機でカウントした後の投票紙や記録媒体の管理方法が徹底していないために、その確認作業は難航するものと予想される。
 もう一つは、大統領候補資格への疑義の裁判所への再度の申し立てである。全国各地で「ボンボン」マルコスとサラの大統領・副大統領就任に反対するデモが計画・実行され、拡大する見通しである。

― 海外主要メディアの反応(1):民主主義弱体化の懸念

 海外の主要メディアは、故フェルディナンド・マルコス元大統領による独裁的で汚職と犠牲者の血に塗られた政治に関して、何の疑義も挟むことなく過去の事実として紹介している点で共通する。フェイクニュースによるマルコス一族のブランド化には冷ややかであり、多くの主要メディアが、選挙の前後にフィリピンのフェイクニュース戦略に関する報道に紙面や動画スペースを割いている。例えば、CNNでは、今回の大統領選の結果を「マルコス一族の名前とイメージの再ブランド化の頂点」とする評価を紹介する。BBCやアルジャジーラも例外ではない。
 ワシントンポストは、5月5日に、故マルコス大統領の右腕として抑圧的な政治に加担し、マルコス元大統領一家とともに米国に亡命したファビアン・ベール将軍を父に持つワンナ・ベール氏のコラム記事を掲載した。ここでは、マルコス一族によって正当化された虚偽の歴史を教えられた彼女が、当時の犠牲者たちからのヒアリングと犠牲者たちへの謝罪を通して、「真実」と向き合おうとしてきた経験について語られ、同時に犠牲者に謝罪すらしない「ボンボン」マルコスを非難した。
 「ボンボン」マルコスの勝利が決定的となった5月10日、ワシントンポストは、さらに、2つのコラムを掲載した。どちらも、マルコス元大統領一家の亡命後に曝露された同元大統領の汚職、偽情報キャンペーンによる「ボンボン」マルコスの勝利、および、フィリピンのみならず世界的に進行している民主主義の危機についてである。「記憶喪失を伴う誤ったノスタルジア」が「ボンボン」マルコス勝利をもたらしたが、米国も同様のキャンペーンを武器にするドナルド・トランプの再登場の危機に直面している。

― 海外主要メディアの反応(2):南シナ海における中国と米国との摩擦

 海外メディアのもう一つの注目は、南シナ海における米中対立に対する「ボンボン」マルコスの対応についてである。「ボンボン」マルコスは外交政策について具体的なことを語っていないが、これまで行われたいくつかのインタビューでは、米国政府にとって危惧すべき発言も散見され、ワシントンポストでも次の2点が強調されている。
 「ボンボン」マルコスは、中国との関係をより緊密にしたいと語っており、南シナ海に対する中国の歴史的な主張のほとんどすべてを無効としたハーグ法廷による2016年の判決を無効にする可能性もある。フィリピンの前政権がこの裁判を起こしたが、中国は判決を認めていない。そして、「ボンボン」マルコスは、北京との紛争解決にはこの裁判結果が役立たないとし、「だから、その選択肢(ハーグ判決を外交的に利用する選択肢)は我々にはない 」と述べている。
 さらに、中国との領土紛争を解決しようとする役割を米国に許すことは、「災いのもと」とマルコスは1月のDZRHラジオとのインタビューで語っている。彼は、ドゥテルテの中国との外交的関与の方針は、「本当に我々の唯一の選択肢」であると述べた。
 一方、中国は、外交官を通じて、いち早く、「ボンボン」マルコスとサラの「クリーンな選挙」による勝利に祝辞を贈っている。

― 海外の反応:経済

 海外投資の主要指標の一つとされる各国の投資優先順位において、J.P.モルガン社は、選挙開始日5月9日にフィリピンを東南アジアの最下位に位置づけた。このレポートでは「ボンボン」マルコスの名前に触れず、高い公的債務と急上昇するインフレによるリスクの高まり、そして、選挙後の混乱の可能性を述べ、投資家へフィリピン株の高いリスクを喚起した。
 さらに、信用格付け会社のフィッチ・ソリューションズも5月10日のレポートにおいて、5月の大統領選挙で「ボンボン」マルコスが地滑り的に勝利したという非公式結果を受け、フィリピンの短期政治リスク指数スコアを前回の100点満点中64.0から66.5に引き上げた(スコアの高い方がリスクも高い)。

〈Source〉
Asserting ‘poll fraud’, protesters reject Marcos victory at Comelec HQ, philstar, May 11, 2022.
China congratulates Marcos, Duterte over lead in elections, philstar, May 11, 2022.
Ferdinand Marcos Jr on cusp of winning landslide in Philippines elections, CNN, May 10, 2022.
Fitch Solutions raises PH political risk index score after the election, Manila Bulletin, May 11, 2022.
In biggest fight of his life, Pacquiao concedes to frontrunner Marcos, Inquirer, May 10, 2022.
Isko Moreno concedes presidential derby to Bongbong Marcos, philstar, May 10, 2022.
Machine errors, illegal campaigning remain widespread; VCM breakdowns prove AES a failure, Kontra Daya 2022, May 11, 2022.
Marcos presidency complicates US efforts to counter China, Washington Post, May 11, 2022.
Marcos thanks supporters as lead widens, philstar, May 10, 2022.
Philippines election sends warning about authoritarian nostalgia, Washinton Post, May 10, 2022.
Philippines president Marcos must take a practical approach towards diplomacy, South China Morning Post, May 10, 2022.
Philippines’ Marcos Jr tells world to judge him by his actions, Aljazeera, May 10, 2022.
Reject Marcos Jr. and Sara Duterte in the elections and beyond!, Karapatan, May 10, 2022.
Why I must confront the Philippines’ painful past — including my father’s role, Washington Post, May 5, 2022.
(YouTube)
Return of Marcos: How Philippines’s Corrupt Dynasty Rebuilt Its Power | Foreign Correspondent, BBC, May 5, 2022.
How bad is disinformation in the Philippines election?, Al Jazeera Newsfeed, May 6, 2022.

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