大統領就任演説 l 父への賛美、矛盾する主張、触れない課題から見えてくるもの

【写真】大統領就任演説をする「ボンボン」マルコス大統領/ via Marcos vows to build an 'agile, resilient' PH, PHILIPPINE NEWS AGENCY, June 30, 2022.

【8日=東京】6月30日正午、フェルディナンド「ボンボン」マルコス・ジュニア(以下、「ボンボン」マルコス)の大統領就任式典が国立博物館にて執り行われ、「ボンボン」マルコスがフィリピン第17代大統領に就任した。多くのアドリブで原稿を無意味にし、就任式典の威厳を貶めたドゥテルテの大統領の就任演説と異なり、「ボンボン」マルコスは就任式典に敬意を払い、原稿に忠実に国民へ語りかけた。深刻な現状の中で未来に希望を抱かせようとする、良くできた分かりやすい演説であった。他方、国内外の多くのメディアや人権組織は、その演説内容から「ボンボン」マルコス政権の危険性を嗅ぎとっている。

― 演説骨子

 「ボンボン」マルコスは、大統領就任の宣誓を行った後、25分間の就任演説を次のような構成で行った。
まず外交では、海外から振り回され続けてきたフィリピンの現状について言及し、自ら決定できる国にしていくことを約束した。続いて農業では、食糧を単なる商品としてではなく生活に必須な条件であり道徳に関係する特別なものと位置づけ、また、飢餓の危険性に触れて、食糧の輸入ではなく国内生産農家を重視した食糧自給化を目標に掲げる。
 エネルギーについては、ウクライナと気候変動を念頭に入れた供給の安定化と化石燃料からの脱却という新たな可能性模索の方向性を示した。 教育では、歴史認識とは異なる内容に関して教科書を改訂して、職業技術と国際言語の取得に直結した知識へと教育の重点を移行する意図について語り、コロナ対策では、公衆衛生システムの全体的なアップグレードの必要性を強調した。さらに、インフラをいっそう拡充する意図を語り、環境に関しては、公害を技術的に抑え、深刻なプラスチック廃棄物の問題に取り組み、先進国よりも少ない二酸化炭素しか排出していないにもかかわらず、フィリピンが自ら積極的にその削減に取り組んでいくことを約束した。

― 過去を向くのか向かないのか?

 フィリピン英字新聞インクワイアラーの記者クリスチーナ・エロイサ・バクリッグは、就任演説において、「ボンボン」マルコス大統領は国民に「過去を振り返るのではなく未来を向こう」と繰り返し語りかけているにもかかわらず、その演説で何度も故フェルナンド・マルコス(以下、マルコス・シニア)政権時代を賞賛とともに取り上げている点に皮肉を加えている。取り上げられている数々のマルコス・シニアの業績は、選挙期間中に「ボンボン」マルコス陣営が繰り返し強調してきた成果であり、多くの識者たちが偽情報だと否定してきた「成果」であった。
 以下、マルコス・シニアの「黄金時代」(「ボンボン」マルコスはマルコス・シニア政権時期をこのように呼ぶ)に言及した演説箇所を抜き出した。なお、日本人には分かりにくい文章についてはカッコ内で注釈を入れ、識者たちの否定主張(演説ではもちろん語られていないが)は、*イタリック文字 で示した。

「あなたの夢は私の夢です。あなたの希望は私の希望です。どうしたら私たちはそれを一緒に達成することができるのだろうか?(マルコス・シニアの就任演説「これは私とあなたの夢です。(中略)偉大な夢を叶えるために共に進みましょう」)
*略奪するマルコスと略奪される国民の夢が同じであるわけがない

「独立以来、最も大きな成果をあげる可能性を秘めた人々の土地で、ほとんど何も達成されていないことを目の当たりにした人を知っています。しかし、彼はそれをやり遂げた。必要な支援があるときもあれば、ないときもあった。彼の息子もそうだろう(発展の可能性を有したフィリピン人が発展できていない現実をマルコス・シニアは目の当たりにし、マルコス・シニアはその発展を成し遂げた。その息子の「ボンボン」マルコスもできるだろう)」
*マルコス・シニアはフィリピンの発展ではなく混乱と暴力をもたらした

「PGH(フィリピン総合病院)に注ぎ込まれた資源に代表されるように、公衆衛生システムの最後の大規模なアップグレードは、現在の惨状より3世代も前に行われたものである。(PGHは、イメルダ・マルコスの主導により建設された)」
*PGHプロジェクトはイメルダを窓口としたマルコス一家の汚職の一環であり、その不透明かつ過剰なコストを国民に押し付けた

「私の父(マルコス・シニア)は、より良い道路を建設し、それ以前のすべての政権よりも多くの米を生産しました」
*道路の建設や米の増産は、汚職と結びつき過剰なコストを国民に押し付けた

― 議論拒否

 「あなた方の投票によって、あなたは政治の分裂を拒否しました。私はこの選挙戦でライバルを怒らせたことはありません。」
 「私はこの選挙戦であまりしゃべらなかった。ライバルに反論することも考えなかった。その代わりに、私は通常の解決策よりも有望なアプローチを探しました。私はあなた方の話を聞いたのです」 
 英字新聞紙インクワイアラー論者ランディ・デイビッドは、「ボンボン」マルコスの討論出席拒否を美徳化する2つの演説内容を取り上げ、次のように批判する。
 「メディア戦略家とトロール軍(偽情報によって真実を捻じ曲げる「荒らし」を行う集団)が、国の政治史上最も分裂的な大統領選挙を行うため、嘘と偽情報を通じて自由にソーシャルメディアを使用したこと、それによって現場で実際に起こったこと(メディアを通したライバルへの攻撃)とは正反対である。」
 「『ボンボン』マルコスは、彼を憎む政党が彼を攻撃するのに忙しかった(政策討論ではなく攻撃に重点を置いていた)ので、争いを避けているように装うことができたのだ。」
 「もし政府の方針が、さらなる対立を引き起こすことを恐れて、投票する人々に提示されないのであれば、有権者はどのように判断すればいいのだろうか?もし候補者が自分自身についての質問に答えることを拒否したら、有権者は彼らが嘘をついているのか真実を語っているのか、どうやって見分けることができるのだろうか?「ボンボン」マルコスは(そのような問いに)答えない。」

― 触れられなかった重要課題

 就任演説は新政権の方向性と政策的重点課題を示したが、フィリピンが抱えている重要課題の全てを取り上げた訳ではなかった。進歩派組織バヤンのレナト・レイエス代表は、ウェブ上で公表した声明において、大統領宣言が貴重な時間を利用して父親の都合の良い面のみを強調し、石油価格の高騰、税収、低賃金、人権について無視している点を批判した。
 また、フィリピンジャーナリズム研究センターは、「ボンボン」マルコスの就任演説に関して、報道の自由への攻撃、イスラムとの和平、国際刑事裁判所、ドラッグ戦争、汚職について言及がなかった点を指摘した。
 CNNフィリピンのインタビューに対して、戒厳令の犠牲者ドリス・ヌバルは、マルコスが彼女らに手を差し伸べてくれるとは思っていないと述べ、「もし彼が本当に団結に誠実であるなら、戒厳令の生存者として、その団結は正義に基づいてなされるべきと考える」と指摘した。彼女は、独裁者の息子は過去に起こったことを認め、被害者が前に進めるように謝罪すべきだと付け加えた。なお、マルコスは以前、CNNフィリピンに対し、父親が行った残虐行為について謝罪することはできないと語っている。

〈Source〉
Baring broad plans, Marcos sees ‘rough’ road to recovery, Inquirer, July 1, 2022.
Bayan slams Marcos for ‘leaving out’ major issues in inaugural speech, CNN Philippines, June 30, 2022
Bongbong Marcos praises father’s rule in first speech as president: ‘He got it done, so will it be with his son‘, CNN Philippines, June 30, 2022.
FULL TEXT: President Marcos’ inaugural speech, Rappler, June 30, 2022.
Ferdinand Marcos Jr.’s inaugural speech, Inquirer, July 3, 2022.
HIGHLIGHTS: Inauguration of Ferdinand Marcos Jr. as Philippine president, Rappler, June 30, 2022.
Marcos’ inaugural address: What was said, promised, left behind, Inquirer, July 4, 2022.
Marcos Inauguration: What he said — and didn’t say — in first speech as president, PCIJ, June 30, 2022.
Marcos Jr. sworn in as PH’s 17th president, PNA, June 30, 2022
Reyes, Miguel Paolo P. Should we thank Imelda Marcos for ‘rebuilding’ PGH?, Vera Files, May 21, 2021.

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