岡田薫(元まにら新聞記者)
フィリピン人は「大の米好き」とよく言われる。確かに米はフィリピンの食卓に不可欠で、ファストフードのジョリビーやマクドナルドにおいても米抜きでは始まらない。首都圏近郊ブラカン州で、親戚を入れて16人家族で暮らすあるフィリピン人女性は、キロ50ペソの米を一日あたり4キロ購入する。各自が日に3食を米と考えれば、その消費量にも納得できる。ただ、月にして120キロ(6千ペソ相当)を米に費やすのだから驚きだ。また、視点を変えれば、米はその生産過程で多くの人が関わることから、農業における雇用の要でもある。ところが、フィリピンの米自給率は2022年に77%まで下がり、過去20数年で最低を記録した。2023年には1343万トンへと持ち直したが、フィリピンは同年に推定380万トンを輸入し、中国に次ぐ米輸入大国となった。2024年には再び最高を更新し、470万トンに達している。単に不足分を「補った」結果だと見過ごして良いのだろうか。
2023年の国別輸入量ではベトナム米が296万トン(82.7%)と最大。タイ米が33万トン(9.2%)、ミャンマー米16万トン(4.3%)、パキスタン米9万トン(2.5%)、インド米3万トン(0.8%)と続く。ちなみに同年の東南アジア諸国連合(ASEAN)米輸入量2位のインドネシアは、エルニーニョによる不足を補うため、189万トンとなっている。3位はフィリピンに米を大量輸出しているベトナムで、121万トンを輸入している。
― 公約だったキロ20ペソのコメ
マルコス政権は「国民から待望された」1キロ20ペソの国家食糧庁(NFA)米の限定的な販売を、2025年5月に開始した。「大統領のカディワ・センター」と名付けられたキオスクや市場内のブース、地方自治体施設など計123カ所で販売されている。プログラム名に「Benteng Bigas Meron na」(20ペソ米あるよ)と、ボンボン・マルコス(BBM)自身の名を添えてしまうところに、実績作りに駆られた陳腐な政治家像が透けて見える。
対象者は貧困家庭支援プログラム(4Ps)の登録世帯や高齢者、ひとり親、障がい者であって、誰でも買えるというわけではない。来年以降は地方自治体の負担をなくし、中央政府の資金で維持するとし、自身の任期が終わる2028年までの継続を約束している(MARCOS TO SUSTAIN P20/KILO RICE PLAN INTO 2026 WITHOUT LGU FUNDS, Malaya Business Insight, June 19, 2025.)。
マルコスが2022年の選挙公約で「米をキロ20ペソにする」と豪語しながら、ことあるごとにその実効性がやり玉に挙がっていたNFA米。それが今年5月の中間選挙を前に、自身の擁立候補の劣勢巻き返しを図って、セブや首都圏といったより目立つ地域での「弱者救済策」を実行に移した。ただ、選挙管理委員会からは、選挙前10日間は、給付金や生活支援は禁止との忠告を受け、その後まで待つよう言い渡されていた。
いまや天敵となったサラ・ドゥテルテ副大統領は、NFA米の質が「人間用ではなく動物用だ」とこき下ろした。農務大臣は、サラの批判に対して「失望した」との弱々しい反応を見せたが、実際に大臣がNFA米を日々食べているかと言えば、それはないと断言できる。貧困地区の簡易食堂ではNFA米を使用するところもある。実際にNFA米を食べてみると分かるが、「安くするから毎日食べてほしい」と言われても正直辛い。「動物用」は言い過ぎだが、にっちもさっちも行かなくなっている困窮者には、たしかに救いにはなっているのだろう。
― 前ドゥテルテ政権下のコメ輸入自由化
ドゥテルテ政権下の2019年2月、米の輸入上限を撤廃し、輸入自由化に踏み込んだ共和国法第11203号「米関税化法」が成立。その実施細則も、翌月に共同覚書として署名されている。政府によると、主目的は米の輸入数量制限(QR)の撤廃と同時に関税への置き換えだ。それに国家食糧庁の役割が大幅に縮小された。NFAから輸入許可を得る必要がなくなり、個人事業主でも植物産業局(BPI)が発行する衛生植物検疫輸入許可(SPSIC)のみで、輸入が可能となった。それでも、実際の細則を見ると、倉庫を含め、必要な設備・書類は多く、「本当に誰でも」という訳にはいかない。
ドゥテルテが自由化に踏み込んだ理由が、ただの米不足対策だったのかというと、そうとも限らない。過去の歴代政権は自由化を先延ばしする形で「拒んで」きたからだ。2019年の自由化以前も、政府はNFAを通じて、米産業に積極的な介入を行ってきた。故フェルディナンド・マルコスによる独裁政権下の1972年に設立された国家穀物庁(NGA、当時)は、輸入管理や米のマーケティング、収穫後の処理に関わる規制および監視、もみ米(パライ)やトウモロコシの購入・備蓄の維持、災害対応や貧困削減プログラム用の精米の配給を担ってきた。
一方で、フィリピンは1995年1月に発足した世界貿易機関(WTO)の加盟国として、農産物の数量制限を関税に置き換えることが義務付けられてきた。米だけを最後の例外に残してきた経緯がある。もっとも、フィリピン政府は最小アクセス量(MAV)には同意しており、50%の関税率で2005年(10年間)までに23万8940トンの輸入を認めるなど、譲歩を強いられてきた。続いて2012年まで、17年までと歴代政権は延長を申請。その度に、関税率引き下げや輸入緩和などフィリピンにとっての条件は厳しさを増していった。2017年6月30日までの最終延長において、国際公約履行の必要性はやはりあったものの、当時のドゥテルテ大統領の性格であれば、国際機関の通告など突っぱねても良かったはずだ。それが、上昇する米の価格引き下げを理由に、比較的あっさり米の自由化に舵を切ったのだった。それによってフィリピンの米事情はどうなってしまったか。
― コメ輸入自由化後、農家からの買い取り価格急落
2019年の法案成立後に、仲買業者による農家からのパライの買い取り価格が、キロ7ペソまで落ちているという嘆きの声を、ルソン島中部ヌエバエシハ州の農家から聞いていた。それが乾燥・精米・保管を経て町の市場では60ペソで売られているということも。その後の21年になっても一向に改善されず、10ペソで買いたたかれる農家がいる現実を「まにら新聞」で報じた。当時、ある農業組合の議長は声明で「ドゥテルテ政権は農民にコメ作りを放棄し、土地を企業家へ手放すよう仕向けている」と批判している。
NFAは2025年の農業省の指針に基づいて、平均農家売渡価格である19.54ペソより高いキロ23〜24ペソで農家から直接購入しているという。そうした建前はあるにせよ、先の農家のようにNFAへのアクセスがなかったり、緊急に現金が必要になったりする場合には、仲買業者からキロ14〜15ペソで買いたたかれるといった現実がある。また、外国米との競争で希望を失った者も多い。農薬や肥料代、植え付けなどの人件費、農機具やトラクター用の燃料など、投入コストとの採算が取れなくなっている農家も決して少数ではないのが現状だ。高止まりが続く米価に業を煮やした農務大臣は2025年1月、キロあたり58ペソの上限価格を設定した。これに対し、農民団体は「輸入米の小売上限は45ペソにすべき」と主張していた。
― 米価格は下がってきたものの
6月22日にマニラ市のカルティマール市場で米価格をつぶさに確かめた。ここは庶民というよりも、食で商いをしている人たち向けの卸・台所になっている。それもあってか、米の出どころの表示がしっかりしている。バランガイ(最小行政区)などにある小規模な市場(タリパパ)では、こうした表記はまず見られない。ひと頃に比べ、コメ価格はだいぶ落ち着いてきた印象がある。ただ、収穫期か閑期かで値段も変わる。
米専門店では、主に「ジャスミン」と名を打った輸入米(ベトナム産)が幅を利かせていた。ジャスミンはキロ45~58ペソで売られ、中華系や韓国系のレストランでは58ペソの上質なジャスミンを好んで購入しているという。中には「ジャパニーズ」と名が打たれた100ペソの米もあり、「日本食レストランの米はだいたいこれだ」という。とても手の出ない額だ。「庶民が買うのはどの辺りか」と聞くと、国内産のキロ35~44ペソを指した。販売所の男性スタッフも自宅では40ペソの米を食べているそうだ。国産でもイフガオ米など、より品質にこだわりを持つ米は60ペソで売られている。一方、モール内のスーパーでは、キロ70ペソ辺りが最低ラインだ。ブランド米でなくても、安定レベルの味だ。
居住空間によっても選択肢は変わってくる。自由化以前は40ペソ台で食べていた馴染みの味が、現在は50ペソ台に移行した印象で、5年前の同額の米に比べ、味は元より質も落ちたように感じられる。いつの間にか輸入米が幅を利かせていて、一般のフィリピン人も見分けることは難しい。というか庶民は出所には意外と無頓着だ。
首都圏カロオカン市に住む5人一家のフィリピン人女性は、キロ47ペソの銘柄「ココ・パンダン」を好んで食べているという。月に30~40キロを消費し、1645~1880ペソを米代に充てている。本人は「ココ・パンダンは国産」と思い込んでいたが、これはベトナム産だ。私も少し前まではそう思い込んでいた。タリパパなどでは、いつの間にかフィリピン米が輸入米にすり替わってしまっていて、知らない間に外国米を食べているケースが大半と思われる。味に遜色なければそれでいいのかもしれないが。ちなみにこの女性に、「NFA米をどう思うか」と聞いたところ、「NFA米はだめ。臭くて飲み込むにも喉が詰まりそう」と苦笑いしていた。