フィリピン・ニュース深掘り 捜査進む闘鶏とドラッグ戦争の闇

【写真】多くのフィリピン人を魅了する闘鶏/via . Cayetano calls for permanent ban of e-sabong, Philippine News Agency, April 21, 2022.

*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。

栗田英幸(愛媛大学)

― サブンゲロス事件
 最近、サブンゲロス(sabungeros)という単語がフィリピンメディアでしばしば出てきます。サブンゲロとは、フィリピンの代表的な娯楽文化の1つである闘鶏(サボン=sabong)の愛好家を意味します。闘鶏で賭け事をする人、そして、自分の所有する鶏を出場させるオーナーのことです。
 2021年から22年にかけて、このサブンゲロスが各地で突然行方不明になるケースが連続で発生しました。これが今問題となっているいわゆる「サブンゲロス事件」です。そして、ここに来て、ドラッグ戦争とも関係しているかもしれない疑惑が浮上しています。今回は、このサブンゲロス事件について深掘りします。

― フィリピンにおける闘鶏文化と愛好家たち
 フィリピンにおいてサボンと呼ばれる闘鶏は、長い歴史を持つ伝統的な娯楽であり、地方部を中心に根強い人気を誇っています。サバンは単なる見世物としての娯楽にとどまらず、賭博の対象として多額の金銭が動く場でもあります。
 大きな都市では市や町による公設の闘鶏場が運営され、田舎に行くとバランガイレベルでも運営されています。その普及度は、田舎限定ですが日本のパチンコと同じくらいだと思います。全国各地の田舎で闘鶏を飼育する三角屋根の小屋が見られるのも納得です。
 COVID-19以前には、私も調査の途中で何度も足を止めて見に行ったことがあります。私が聞いた限りでは、ギャンブルをする人たちは、それまでの鶏の戦績、オーナーの実績、鶏の血統、足の太さや毛並み、目つき(私の目では判別できませんでしたが)、使っているエサの種類、そして、オッズを見て、賭ける鶏を選びます。沢山の馬から単勝複勝等で賭ける日本の競馬と異なり、闘う2羽から勝ち(引き分け)を選ぶ闘鶏ではオッズも低くならざるを得ません。小銭を支払うと闘鶏場でウロウロしている自称プロが解説したり予想したりしてくれます。私の経験上、彼らの予想はかなり当たります。それを見る限り、サブンゲロスと呼ばれるような情報通の「プロ」は大きく負けるようなことはないように感じるのですが、そうでもないようです。ギャンブル依存症になり、無理に大金をかけたり、中にはオッズの低い方に賭け続けたりして生活を壊してしまう人もいるようです。実際、バランガイレベルの闘鶏場に行くと、血走った目をして、鬼気迫る雰囲気でお金を賭けている人も見かけます。

― E-sabong
 近年、電子闘鶏(E-sabong)が急速に普及し、インターネットを通じて全国規模で賭博行為が行われるようになりました。これにより、従来のサブンゲロス(闘鶏愛好家)に加え、新たな層の参加者も増加していきました。
 E-sabongは、実際の闘鶏試合をインターネットでライブ配信し、視聴者がオンライン上で賭けを行うシステムです。実際の「闘鶏場」での試合がリアルタイムで中継され、視聴者はスマートフォンやPCを通じて賭け金を投じます。初期は既存の闘鶏場での試合が配信される形でしたが、次第に専用のe-sabong施設(スタジオ)が設けられるようになりました。
 2020年、PAGCOR(フィリピン娯楽賭博公社)がライセンスを与え、以降、COVID-19パンデミック中に急速に拡大しました。PAGCORの発表によれば、2021年にはE-sabongから月に約6億ペソ以上の歳入があり、国の財政にも貢献していました。

― 拡大・深刻化するE-sabongと禁止
 他方で、少なくない人たちがギャンブル依存症になり、散財し、公務員や兵士などが公金を賭博に流用したケースが散発し、また家庭崩壊や自殺(未遂)を引き起こして、社会問題化しました。
 このような問題に対して、2022年5月、ドゥテルテ大統領(当時)は、E-sabongの社会的悪影響を理由に、全てのE-sabongの営業の停止を命じました。マルコス政権も方針を継承しています。しかし、その経済効果によりに合法化して税収を確保すべきと主張する声もあります。

― サブンゲロス(闘鶏愛好家)事件の概要
 E-sabong(電子闘鶏)が急速に拡大していた2021年から2022年にかけて、ルソン島各地で闘鶏に関わる複数の男性が突然失踪する事件が相次ぎ、報道機関や人権団体によって注目を集めました。報告によれば、少なくとも34人のサブンゲロス(闘鶏愛好家)が消息を絶ち、その多くは闘鶏場から帰宅途中に拉致されたり、あるいは会場周辺で目撃されたのを最後に行方が分からなくなったりしています。
 家族らの訴えにより警察が捜査を進めた結果、複数の事件において関与が疑われる警察官の存在が浮上しました。2024年末には、内部告発者の証言により、18人の警察官(現職13人および免職5人)が拉致・殺害に加担していた疑いが強まり、国家警察委員会(Napolcom)に対して懲戒処分の申立てが行われました。一部の遺体は湖や山中で発見されたとされていますが、事件全体の全容解明には至っていません。

― ドゥテルテ政権下のドラッグ戦争との関連
 この一連の失踪・殺害事件は、当初は闘鶏賭博を巡る私的トラブルと見られていましたが、後により深刻な背景が指摘されるようになりました。2025年に公表された内部告発者の証言によれば、関与が疑われる警察官の一部は、ドゥテルテ前大統領の下で展開されたドラッグ戦争において、超法規的な殺害や秘密活動に従事していた経歴を持つとされています。
 証言によれば、彼らはかつて違法薬物容疑者の拘束や殺害に関与していた部隊の一員であり、その後、闘鶏関係者の強制失踪にも関与するようになったといいます。このような背景が浮上したことで、事件は単なる個別犯罪を超えて、国家権力と人権問題の交錯する深刻な構造的問題として位置づけられるようになりました。
 現在も議会や人権委員会による調査が進行しており、ドラッグ戦争下での強硬策が一部の治安機関内で暴力行為の常態化を招いた可能性が強く示唆されています。内部告発者および容疑者からの聞き取り調査や裏付け調査が急ピッチで進んでいます。今後出てくると思われる新たな情報に注目が集まっています。

〈Source〉
Abante seeks quad panel revival to probe missing sabungeros, Daily Tribune, July 15, 2025.
E-sabong mafia bared, Daily Tribune, July 4, 2025.
House passes bill banning e-sabong, philstar, June 6, 2025.
Murder mystery of missing Filipino cockfighters takes new twist, The Times, July 6, 2025.
REGULATORY FRAMEWORK FOR ELECTRONIC SABONG (E-SABONG), PAGCOR, April 27, 2022
12 cops told to answer charges in sabungero abduction case, Inquirer, July 16, 2025.
Pagcor to look for new revenue sources after e-sabong ban: Palace, Philippine News Agency, May 4, 2022.
President Duterte orders halt to e-sabong operations, Presidential Communications Office, May 3, 2022.
WATCH: Who are the cops allegedly involved in sabungeros’ disappearance?, Rappler, July 15, 2025.
Whistleblower claims cops in ‘sabungeros’ case tied to Duterte drug war, Inquirer, July 14, 2025.

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