上院選挙直前で放たれるドゥテルテ起死回生の一手:ギリギリの攻防を繰り広げるBBM 12 vs. Duter-ten+2
*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。
栗田英幸(愛媛大学)
BBM 12 vs. Duter-ten
― 上院選挙が主戦場
5月12日の中間選挙をめぐり、マルコス陣営とドゥテルテ陣営の対立が激化しています。最大の焦点は、選挙後に行われる可能性のあるサラ副大統領の弾劾裁判。上院(定数24)での罷免には16票(3分の2以上)が必要です。
弾劾裁判で副大統領罷免が成立し、サラの政界追放(=次回の大統領選出馬阻止)にまで至るならば、ドゥテルテ陣営の重鎮の多くは、遅かれ早かれ刑務所に入ることになり、そうなれば、一か八かのクーデターか海外亡命かの二択でしょう。
逆に、弾劾が否決されれば、現在の世論の流れでは、次の大統領選でのサラ副大統領勝利の可能性が高まります。そうなれば、ドゥテルテ・ファミリーの怒りを買ったマルコス・ファミリーは、係争中の財産はすべて没収、被選挙権を剥奪され、投獄されるおそれもあります。さらに、父マルコス・シニア元大統領の遺体も英雄墓地から追い出されるかもしれません。1991年に亡命先のハワイから帰国を許されて以来、マルコス・ファミリーが積み上げてきたフィリピンでのすべてが失われる可能性すらあるのです。
とはいえ、マルコス陣営にとって、今回の上院選挙が不利な結果となっても、次の大統領選までにはまだ時間があります。2028年の大統領選挙が、サラを政界から追い落とすためのデッドラインです。しかし、今回の弾劾裁判が、ドゥテルテ陣営との争いに終止符を打つ千載一遇のチャンスであることに変わりはありません。
― BBM 12とDuter-ten
上院選挙の際、与党側、野党側、ともに12人前後の支持候補者を出すのが慣例となっています。数に決まりはありません。前回上院選挙のあった2022年、二転三転した大統領候補の選定でグダグダになったドゥテルテ政権(当時)は、上院選挙支持候補者として、適当に決めたとしか思えないドゥテルテお勧めリスト(17人お気に入りリスト)を出しました。その前の2019年の中間選挙では、困難な調整を思わせる12人のリストを公表しています。
今回の上院選挙では、マルコス政権も12人を支持候補者として公表し、積極的な支援を行っています。いろいろな呼び方をされていますが、ここでは、BBM 12(Alyansa 12と呼ばれることもあります)と呼びましょう。支持に関してどのような取引が政権と支持候補者の間でなされているのかは分かりませんが、少なくともこの12人は、ドゥテルテよりもマルコスに忠誠を誓ったと見て間違いないでしょう。
一方、ドゥテルテ陣営もDuter-tenという、フィリピンならではのネーミングで、10人の支持候補者を公表しています。さらに、4月半ばの土壇場に、BBM 12候補者のうち落選濃厚な2人に対して、、サラ副大統領が突如支持を表明しました。当然、何らかの取引が2人とサラ副大統領の間でなされたのでしょう。
簡単に派閥を乗り換えるというか、政党や派閥に頓着しないフィリピンの政治文化ならではでしょうか。
Duter-tenは12人になり、BBM 12は10人になってしまった、もしくは、どちらの陣営も12人になったと捉えるべきかもしれません。
世論調査の動向
― パルス・アジア世論調査
パルス・アジアは、1999 年にフィリピンの政治学者たちが立ち上げた独立系の世論調査会社です。 毎回、全国 2400 人くらいの18歳以上の有権者を無作為に選んで直接聞き取りを行い、 その結果を整理・分析した結果は、そのデータの独立性と正確さで定評があります。
上院選挙に関しては、候補者が決まる前から上院選挙に出馬が予想される主要政治家の支持率を調査・分析・公表しています。
上院選挙に関しては、候補者が正式に決まる前から、出馬が予想される主要政治家の支持率を調査・公表しています。候補者の立候補締切日は2024年10月8日でしたが、それ以前からロドリゴ・ドゥテルテ前大統領や、前回大統領選に出馬した元マニラ市長イスコ・モレノといった名前が、表の右列に見られるように上位に登場していました。
― BBMの圧勝?
表中の赤文字はマルコス陣営BBM 12の候補者、そして緑文字はドゥテルテ陣営Duter-tenの候補者、そして、両方の支持を受けている2人は両方の色で示しています。票の右から順に、2024年6月、同年11~12月、そして、直近の今年3月に実施した世論調査の結果です。支持率の高い候補者を上から順に並べています。日本の選挙と異なり、フィリピンの上院選挙では12人の名前を連記します。調査もそれに準じているため、調査結果としての支持率も表中のように高くなります。
毎回バラツキがありますが、これまでの経験からすると、今回の選挙では35%以上を獲得している10位のアビーまでが、今の所の当確ラインです。一番左の候補者リストの名前の色を見ると、明らかに赤=BBMの圧勝です。
― 荒れる予感:Duter-ten+2へ
しかし、今回の上院選挙は最後にもう一波乱ありそうです。マルコス陣営は、政府を挙げて必死にフェイクニュースを否定して回るなど、余裕がありません。
実際、昨年11月の結果と今年3月の結果を見ると、まず、落選圏に落ちていたデラロサ(Bato)が一気に3位まで上昇しました。さらに、当確ラインにこそ入ってきていないものの、これまで20位に全く入っていなかった緑色の候補者(Duter-ten)の名前が一気に浮上しています。ドゥテルテ前大統領の国際刑事裁判所(ICC)逮捕をきっかけに、SNSを中心にドゥテルテへの同情、もしくは、ICC介入を許したマルコス政権への批判が、フィリピン国内に一気に浸透してきているようです。
加えて、当選ライン下ギリギリで伸び悩むカミールと既に厳しいと見られていたアイミーが、この土壇場に来て、未だ人気の高いサラ副大統領からの支持を得ました。2人ともBBM 12のメンバーです。次の、最後の世論調査に間に合うかは分かりませんが、実際の投票時には、かなり大規模な票が2人に流れていくのではないでしょうか? この2人を含めて、Duter-ten+2と呼びましょう。
弾劾裁判の見通し
― 弾劾阻止のカギを握る5人をめぐる攻防
上院選挙後の12人の新メンバーを迎えた弾劾裁判で確実に弾劾否決票を入れるのは、今回当選確実のボン・ゴー(Go)とデラロサ(Bato)の2人の上院議員です。ドゥテルテ陣営は、あと3票をどうにか確保しなければなりません。
非改選上院議員12人(2022年当選組)のうち、ドゥテルテ陣営に近く、弾劾裁判を否決する可能性のあるのは、以下の5議員です。
ロビン・パディリャ
マーク・ビリャール
アラン・カエタノ
ミゲル・ズビリ
ジンゴイ・エストラーダ
パディリャは、ドゥテルテ逮捕に涙を流して悔しがりました。ドゥテルテへの高い忠誠心を持つ、もしくは、高い忠誠心を支持者獲得の武器にしている議員です。おそらく、よほどのことがない限り、ドゥテルテ陣営を裏切ることはないでしょう。後の4人もドゥテルテ陣営と近しい関係を維持し、ICC逮捕には苦言を呈しています。しかし、他方で、マルコス陣営とも良好な関係を築いています。この4人はどちらにでも容易に動き得ます。
確実にドゥテルテ陣営と呼べるのは、これで3人です。あと2票、棄権票でも良いので、今回の上院選挙当選者から確実に獲得したいところです。
― 自ら逮捕を選んだ?ドゥテルテ起死回生、逆転の戦略
ここで起死回生の戦略が動き出します。ドゥテルテのICC逮捕です。以前も書きましたが、ドゥテルテは敢えてICCに逮捕された可能性があります。この逮捕とドゥテルテのお家芸であるSNS情報戦略により、犠牲者、殉職者としてのドゥテルテ像、そして、植民地主義者たちの操り人形としてのマルコス像、さらに、ドゥテルテの意志を継いだ植民地主義者たちからの解放者としてのサラ像が一気に拡散されました。その結果が、Duter-tenの躍進に表れています。
マルコス陣営は、SNS拡散を担うトロール部隊を必死に摘発していますが、遅きに失しています。国内で活動するドゥテルテのトロール部隊については一部摘発に成功しましたが、海外に拠点を置くトロール部隊は手付かずです。ドゥテルテ陣営を讃え、マルコス陣営を貶める情報は止まる気配を見せません。
さらに、落選候補入りしていたカミールがドゥテルテ陣営による裏取引の恰好のターゲットとなりました。あと少し組織票があれば…というカミールにとって、ドゥテルテ支持層の大規模な組織票があれば、当選間違いなし。表向き、カミールは、ドゥテルテ陣営に鞍替えしていません。サラ副大統領が勝手にカミールを支持すると言っただけです。しかし、サラとカミールとの間で、なんらかの裏取引があったことは間違いありません。サラに助けを求めるということは、彼女の兄と母である2人の非改選上院議員マーク・ビリャールとシンシア・ビリャールもドゥテルテ陣営に再び引き寄せられた、もしくはサラに大きな借りを作ったことを意味します。カミール1人を引き入れることで3人分の票を確保することに成功したのです。
また、サラに距離を置かれてから支持率を大きく落としていたアイミーも、再びサラの支持を取り付けることができました。
さらに、確実なドゥテルテ陣営候補者として、イペの支持率が一気に当選可能圏内に上昇しています。
― 非改選組にも影響するドゥテルテ逮捕
ドゥテルテ逮捕によるサラ人気の再燃は、非改選上院議員にも、もう一つの大きな影響を及ぼしています。サラ弾劾に賛成票を入れることが、自身の次回上院選挙での苦戦をもたらすのではないか。非改選組としては、サラの弾劾に対して慎重にならざるを得ません。マルコスに恭順の姿勢を見せつつも、サラ支持者たちの敵にならないように、なんとも難しい立ち回りが要求されます。
現実的な選択肢として浮上しているのが「棄権」。これは、ビリャール・ファミリーを含む多くの非改選議員にとって、最もリスクの少ない選択と言えるでしょう。
マルコス陣営が相当思い切った手を打たない限り、彼らにとっての弾劾裁判は失敗に終わりそうです。となると、まだまだ、マルコス陣営とドゥテルテ陣営との争いは続きそうです。
〈Source〉
フィリピン・ニュース深掘り:動き出す次期上院選挙候補者たち(1):注目すべき現職上院議員, Stop the Attacks Campaign, March 1, 2024.
フィリピン・ニュース深掘り:動き出す次期上院選挙候補者たち(2)マルコス政権が支持する次期上院選候補者の見どころ, October 11, 2024.
フィリピン・ニュース深掘り:弾劾訴訟の注目点:実は追い込まれているのは、マルコス・ロムアルデス陣営かもしれない, Stop the Attacks Campaign, December 10, 2024.
フィリピン・ニュース深掘り:2025年フィリピンの見どころ:マルコスvs.ドゥテルテ対立の正しい見方, Stop the Attacks Campaign, January 12, 2025.
フィリピン・ニュース深掘り:弾劾裁判で逆転を狙う3陣営, Stop the Attacks Campaign, February 13, 2025.
フィリピン・ニュース深掘り:不可解なドゥテルテ逮捕, Stop the Attacks Campaign, March 15, 2025.
フィリピン政経フォーカス(4月9日-4月16日), Stop the Attacks Campaign, April 18, 2025.
Duterte’s Senate bets gain numbers in latest survey, Rapller, April 11, 2025.
Exclusive: Fake accounts drove praise of Duterte and now target Philippine election, Reuters, April 11, 2025.
Key Findings of the March 2025 Ulat ng Bayan Pre-election Preferences, Pulse Asia Research, April 11, 2025
Performance and Trustworthiness Ratings of the Top Philippine Government Officials and the Performance Ratings of the National Administration, Pulse Asia, December 21, 2024.
Pulse Asia Research’s June 2024 Nationwide Survey on the Performance and Trustworthiness Ratings of the Top Philippine Government Officials, Pulse Asia, July 17, 2024.
Sara Duterte endorsed Imee, Camille Villar due to ‘common vision for prosperous, united PH’, ABS-CBN, April 21, 2025.