マルコス政権が支持する次期上院選候補者の見どころ
*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。
栗田英幸(愛媛大学)
マルコス支持候補者たち
― 上院選挙おさらい
まずは、基本情報のおさらいから。フィリピン上院議会は定数24人。任期は6年で、最大連続2期12年まで再任可能です。2025年の5月に半数の12人が改選されるので、現在の上院選挙に関するさまざまな報道は、この12議席の争奪戦に関してなされています。
上院議会と下院議会は、制度上、立法権を二分する対等の組織となっていますが、上院議員が下院議員より上位に位置するかのように認識されています。それは、上院議員24人に対して下院議員311人、任期も上院6年、最大で12年に対し、下院は3年、最大9年、そして、上院議員が全国区での人気で選出されるのに対して下院議員は地方およびパーティリストと呼ばれる政党で選出されることから来ています。上院は少数精鋭の国を代表するスーパースターなのです。そのスーパースターの半数を選出する3年に一度のビッグイベントの前哨戦、各党の候補者選出もしくは候補者による出馬政党の選出、政党間の同盟交渉が繰り広げられています。
―「新しいフィリピン」同盟
今回は、マルコス政権の基盤を担うために今年5月に結成されている2025年上院選のための同盟「新しいフィリピン(Bagong Pilipinas)」から出馬する以下12候補を紹介します。左端の数字は、最新(9月6~13日)のパルス・アジア世論調査での人気順位です。いくつかの新聞社も独自に世論調査を行い始めましたが、順位にそれほど大きな違いはありません。マルコスは、この同盟を政党ではなくイデオロギーによる同盟として位置付け、政党を超えた有力候補の引き抜きを進めています。
1: エルヴィン・トゥルフォ ACT-CIS代表
3: ティト・ソット 元上院議長
4: ピア・カエタノ 上院議員(現職)
7: アビー・ビナイ マカティ市長
8: ボン・レヴィリア 上院議員(現職)
9: パンフィロ・“ピン”・ラクソン 元上院議員
10: マニー・パッキャオ 元上院議員
11: アイミー・マルコス 上院議員(現職)(辞退の見通し)
13: リト・ラピッド 上院議員(現職)
15: ミール・ヴィラール 下院議員(ラス・ピニャス選出)
23: ベンハミン・アバロス・ジュニア 内務自治長官
24: フランシス・トレンティノ 上院議員(現職)
再選を狙う現職議員たち
― アイミー・マルコス(11位)
アイミー上院議員は、言わずと知れたマルコス大統領の姉です。マルコスとの対決姿勢を強めるドゥテルテ陣営に近く、かつてマルコス大統領と一緒に大統領選挙を闘ったサラ副大統領と、マルコス・ファミリーの政治復帰を正当化することとなった父マルコスの英雄墓地への埋葬を認めたドゥテルテ前大統領を擁護し、時にマルコス大統領への痛烈な批判も口にしています。そのことから、「新しいフィリピン」には相応しくないと思っているマルコス政権内の政治家は少なくないでしょう。姉と弟の不仲を表に出したくないマルコス大統領の我が儘で支持候補者のリストに入れているように見えます。
当のアイミーは、この同盟には参加せずに個人として立候補する意向を表明しています。マルコス政権で自他ともに認めるナンバー2であり従兄弟でもあるマルティン・ロムアルデス下院議長との不仲も有名です。
― ピア・カエタノ(4位)
ピア上院議員は、2004年にほとんど無名で立候補したにもかかわらず(病気の父を継いでの出馬なので資金も政治基盤も盤石ではありましたが)、エネルギッシュかつ爽やかなスポーツレディとしてテレビ番組を通して一気に人気を獲得して当選。現在まで、議会内外での女性の権利を推進し、スポーツ振興や若者の支援、医療支援を推し進めてきました。一時期、汚職を指摘されていたこともありましたが、しっかりと跳ね除けました。彼女は未だ衰えを見せません。
今年5月の上院議長交代劇で勝利したエスクデロ議長の側に立ち、与党(マジョリティグループ)の一員となりました。与党になったということは、上院議会の握る予算を自身の選挙に有利に利用しやすくなることを意味します。
タギッグ市を拠点にするカエタノ王国と呼ばれる政治家ファミリーの一員でもあり、弟も上院議員で会計委員長をしています。政治家としての傷もほとんどなく、当選安全圏内と言えるでしょう。
― ボン・レヴィリア(8位)
ボン・レヴィリア・ジュニア上院議員もピア上院議員と同様、5月の議長交代劇で勝者の側に立ち、また、父ラモン・レヴィリア・シニア元上院議員と同様の人気アクションスター上がりの政治家です。8位につけており、高い人気を維持しています。ただ、上院の汚職王エストラーダとともに汚職の疑惑は十分に晴れているとはいえず、当選したとしても、幾つもの疑惑解明調査の対象になり続けそうです。
また、彼が汚職疑惑で執拗な調査に晒されていた2013年に、彼を追い詰めていたのが、同じ同盟仲間としてリストアップされているラクソン元上院議員です。当時、ボン上院議員はかなり強い恨みをラクソン元上院議員に抱いていたようでした。この2人の関係にも注目です。
― リト・ラピッド(13位)
彼もエスクデロ上院議長の側に立ち、与党のメンバーとなりました。さらに、ボン同様にアクションスターからの政治家転身者です。
アクションスターは、脇が甘いのか、彼にも多くの汚職疑惑が付き纏います。思い起こせば、アクションスターから大統領になったエストラーダの脇もかなり甘かったですね。
前回当選順位の7位と比較して、順位を随分下げています。政治家として、あまり多くの国民を惹きつけるキャリアがないように見えます。これまでのアクションスターのキャリアを利用してどのように巻き返しを図るのか、もしくは、政敵から数ある弱点を突かれて更に順位を下げるのかが注目ポイントでしょうか。
― フランシス・トレンティノ(24位)
トレンティノ上院議員は、ドゥテルテ政権でも重用されていました。「ドゥテルテ5」(現職上院議員ドゥテルテ陣営5人組)の1人のはずですが、彼の名がリストにあったことに私も驚きました。鞍替えしたということなのでしょう。今後の彼のドゥテルテ政権やマルコスの政策に対するコメントに注目したいと思います。
ただ、順位的に、よほどのことがない限り当選はなさそうです。
過去のスーパー上院議員たち
― マニー・パッキャオ元上院議員(10位)
言わずと知れた世界6階級を制したボクシング界のスーパースター。フィリピン国民からの絶大な人気をバックに2016年に上院議員に当選を果たしました。ドゥテルテ前大統領の支持者でしたが、特に中国に対して弱腰もしくは静観するドゥテルテに対して批判を強め、2022年にはドゥテルテと異なる派閥から大統領候補として立候補します。大統領選挙でマルコスの1割強しか票を獲得できず3位に終わっています。
「男らしさ」を前面に出したイメージ戦略は、差別と結びつくことも多く、性的マイノリティへの差別発言、死刑や抑圧的なドラッグ戦争を擁護する発言が大きな批判を呼び起こしました。大統領選挙出馬を決定した際にボクシング引退を表明していましたが、45歳となった現在も現役復帰の機会を窺っていると言われています。上院選までにビッグマッチ実現ならば、再びパッキャオ人気が上がることは間違いありません。
― ティト・ソット(3位)
ドゥテルテ政権を上院議長として支えてきた人気上院議員。2022年の大統領選挙を機にドゥテルテ前大統領と袂を分ち、パンフィロ・ラクソン上院議員(当時)とタンデムを組み、彼を大統領候補、自身を副大統領候補として立候補するも、どちらも大差をつけられて敗れ去りました。
テレビ番組でお馴染みのダンディで理知的な魅力、そして上院議員2期連続を2回、計24年勤め上げた、まさにミスター上院議員としての知名度でシニア世代に圧倒的な人気を誇ります。スキャンダルを多く抱える過半数の有力立候補者とは一線を画した実力派です。若い世代の票にどれだけ組み込めるかがキーとなるでしょう。
― パンフィロ・ラクソン(9位)
大統領選に2度敗れているものの、厳格な法と秩序の番人というイメージは未だ根強くフィリピン人、特にシニア世代の心の中に残っているようです。
ジプニードライバーの父と露天商の母の下、自身の能力と厳格かつ真面目な性格によって、上院議員、そして大統領有力候補にまで上り詰めたラクソンは、汚職や裏切りに塗れた政治家たちの中にあって、フィリピン人たちの良心の拠り所と言えるかもしれません。
しかし一方で、法を重んじる頭でっかち、人間性や柔軟性に欠ける面が、大統領選挙で頭1つ抜けることのできない要因とも言われています。有力競争相手のほとんどがスネに傷持つ身なので、先の大統領選ランニングメイトであるティト元上院議員以上に、プロフェッショナルな政治家を求める層の票を独占するでしょう。上院選挙では、彼も確定ライン上にいることは間違いありません。
その他
― ベンハミン・アバロス(23位)
多くのフィリピン国民にとって、彼の立候補は想定外だったのではないでしょうか。今回の世論調査では、順位は高くなりようがありません。法律の専門家であり、これまでの職場で組織の規律を立て直してきた業績が認められ、内務自治長官にまで登り詰めました。
内務自治長官として、ドラッグ密売者たちと警察内部の繋がりを辛抱強く調査し、政治家と交渉し、警察官高官含め多くの汚職警官を警察から追い出した功績は、多くのフィリピン人たちの記憶に鮮明に刻み込まれていることでしょう。国民のイメージがラクソン元上院議員と大きく被っている点で、票が分散されるかもしれません。
― アビー・ビナイ(7位)
人気政治家であったジョジョ・ビナイ元副大統領(当時の大統領はアキノⅢ)の娘として、法律を学んだ後、親に準備された政治家業への道を順調に駆け上り、マカティ市長現職を経て、来年より上院議員に達する(かもしれない)、典型的な二世政治家としてのエリート街道を順調に進んできました。
これまでの上院議員に立候補するお膳立てが父ジョジョ、母ナンシー上院議員から準備されていたようですが、時期尚早として地方政治家としての仕事に集中してきたようです。両親が彼女のために残した全国の選挙基盤がどの程度機能するのかがキーになるのではないでしょうか。
― ミール・ヴィラール(15位)
彼女も二世議員、政治家カップル、ヴィラール夫妻の娘です。父のマニー・ヴィラールは上下両院での議長経験者、母のシンシア・ヴィラールは現職上院議員です。マニーはトンド地区の貧しい家庭から学業とビジネスで成功を積み上げてきました。不動産王と呼ばれ、長者番付の常連にまで成り上がったフィリピン・ドリームの体現者です。アキノⅢと争って大統領に立候補したこともあります。
ミール自身は、テレビ番組司会者として、ビジネスの成功者として名を馳せており、両親、特に母方の政治基盤を利用してラスピニャス地区代表の下院議員の座を獲得したと言われています。ギリギリの15位です。本人には爆発的な人気上昇の力はなさそうですが、両親の突出した資金力でどこまで伸ばせるのかが注目ポイントでしょう。ドゥテルテが主導したABS-CBNの放送停止命令に反対した議員の1人というのも彼女の評価を上げているようです。
― エルヴィン・トゥルフォ(1位)
「1人のトゥルフォ、2人のトゥルフォ、3人のトゥルフォ…一体、何人のトゥルフォを国政に送り込むつもりだ?」と揶揄されるトゥルフォ・ファミリーの勢いが注目されています。兄のベンも上院選出馬を表明しており、その人気は第2位です。もう1人の兄のラフィーは上院議員、その妻ジョセリンは下院議員です。また、姉のワンダは、ドゥテルテ政権下で観光長官を務めていました。
トゥルフォ・ファミリーは、社会の不正を明らかにする幾つものテレビやラジオの番組に家族・親族を登用して人気を集め、その人気を基盤にして次々と一族を国政に送り込んできました。特に、エルヴィンは、強引な手法や汚職(官庁との不正取引など)疑惑が国民からの批判に晒されることもありましたが、彼が長年メディアを通して多くの市民の苦情・苦境を聞き、解決策を模索してきた経験と主張は、トゥルフォ・ファミリーの発言力を大いに支えてきました。
見どころ
― 有力者ファミリーの取り込み
フィリピン選挙では毎度のことですが、有力者ファミリーを取り込むことが政権を狙う勢力にとって最も有効な戦略となっています。
トゥルフォが注目されていますが、その他にも、タギッグ市を拠点とするカエタノ王国、ラスピニャス市のヴィラール王国、マカティ市のビナイ王国、カビテ市のレヴィリア王国が、今回の支持リストに名を連ねることで、マルコス王国の傘下に入ったことを示しています。トレンティノ・ファミリーもタガイタイで着実に拠点作りを進めてきました。さらに、上院選でアバロス内務自治長官の後釜にレムリア司法長官の弟を据えたようですが、マルコス王国はやはりカビテを拠点にするレムリア王国も手中に収めたということです。余談ですが、これまで地方政治のレムリアと国政のレヴィリアの両者で、カビテでの政治の役割分担がなされていたように見えたのですが、そろそろ衝突する頃合いかもしれません。
― 被るアピールポイント
国民人気投票ともいえる上院選で、票を取れる人の特徴は限られているようです。まずは、力強いマッチョな国民スターとして人気の高いパッキャオ、レヴィリア、ラピッド、お茶の間のテレビ・アイドルとして人気を集めるヴィラール、ソット、毅然とした態度で悪に立ち向かうラクソン、アバロス、二世政治家として親の持つ巨額資金と全国を網羅する基盤支持基盤で票を獲得するレヴィリア、ヴィラール、ビナイ。同じ特徴を持つ者同士で生じる票の分散とその取り合いも選挙の見どころです。
― 脛に傷持つ候補者たち
レヴィリア、ラピッド、トゥルフォ、トレンティノに関しては、勝ち馬に乗ることで自身の抱える疑惑の追求を交わす狙いもあることでしょう。コロコロと意見を変えるように見える彼らには、守るべき政治的な信条はないように見えます。
〈Source〉
2025 ELECTIONS: SENATORIAL REFERENCES: September 6-13, 2024, Pulse Asia Research Inc., September, 2024.
Ben Tulfo runs for senator, shuns dynasty tag even as T3 in Senate looms, Rappler, October 5, 2024.
Imee Marcos withdraws from admin Senate slate to ‘shield brother, friends’, Inquirer, September 30, 2024.
Justice Sec. Remulla confirms brother’s appointment as DILG chief, Inquirer, October 7, 2024.
Marcos bares 12 admin senatorial bets for 2025 polls, Inquirer, September 26, 2024.
Pacquiao says he supports programs of Marcos Jr. administration, ABS-CBN, October 7, 2024.
Sen. Imee Marcos on 2025 reelection bid: ‘I choose to stand alone’, Inquirer, September 28, 2024.
上院議長交代劇の裏側(フィリピン・ニュース深掘り), Stop the Attacks Campaign, June 7, 2024
動き出す次期上院選挙候補者たち(1):注目すべき現職上院議員(フィリピン・ニュース深掘り), Stop the Attacks Campaign, March 1, 2024.