フィリピン・ニュース深掘り
(12月31日~1月4日)
埋葬遺体の再検死と香港からの威圧

【写真】自身のフェースブックで新年の挨拶をするマルコス大統領/via Facebook of Bongbong Marcos, January 1, 2024.

*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。

栗田英幸(愛媛大学)

 年末年始、多くのメディアがフィリピンの今後を分析する上で重要な特集やオピニオン記事を掲載しています。今回の深掘りは、年末年始にメディアで取り上げられた数多くの特集記事のうち、今後のフィリピンの動向を理解する上で重要になる2つの記事を、簡単な解説を添えて紹介します。

 イギリスのBBCニュースは、1月4日、ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領によるドラッグ戦争被害の真相を明らかにする活動として、墓地に埋葬された遺体を掘り起こして再検死を行う2人を特集しました。
 今も国際刑事裁判所(ICC)の下でドゥテルテ政権のドラッグ戦争を裁くべく、多くの人たちがさまざまな証拠を探し、蓄積しています。マルコス政権がICCへの復帰を考慮し始めており、ドゥテルテ前大統領の最大の敵とも言えるレイラ・デ・リマ前下院議員も6年9か月にわたる勾留から解放されました。ICC復帰如何に関わらずドラッグ戦争およびドゥテルテ前大統領の人道上の罪を白日の下に晒そうとする活動は、今年大きな動きを見せるかもしれません。

― フラヴィー神父とフォータン医師
 この取り組みにおいて最前線で活動するのは、フラヴィー神父と法医学病理学者のラケル・フォータン医師であり、彼らは力を合わせて、殺害された人たちの死因に関する司法調査に使用可能な証拠を収集している。
 ドラッグ容疑で殺害された人たちの多くは貧困者で、賃貸の墓に埋葬される。 ほとんどの家族は賃貸契約を更新できずに、遺骨は墓から撤去され、墓地内に掘られた穴などに処分される。自身の教区の愛する人たちがそのように処分されることを許せなかったフラヴィー神父は、ドラッグ戦争の犠牲者への継続的な支援の一環として、遺骨の墓からの取り出しや火葬、教会の祝福の際に遺灰を家族に返すといった活動を行っている。そして、この遺骨の取り出しと火葬の間に検死を行うのが、フォータン医師である。

― 遺体に残る弾丸を探せ
 フォータン医師は、フィリピンに2人しかいない法医学病理学者の1人である。フォータン医師は、ドラッグ戦争が開始された時にフラヴィー神父に出会い、この活動への参加を決心した。
 2021年7月以来、フォータン医師は90人以上の犠牲者の遺体を解剖し、複数の矛盾を発見した。これらには、死亡診断書に「自然死」と記載されているが、実際には銃撃によって死亡した事例や、実際の死因とほとんど関係のない死因が「コピー&ペースト」で作成された警察の虚偽報告書などが含まれる。
 「私の一番の関心事は、(遺体に)弾丸があるのかということだ。弾丸は、被害者と銃、そして射手とを結びつける証拠となる」とフォータン医師は語る。彼女は、これまでに回収したすべての弾丸を保管している。フォータン医師は、細心の注意を払って保管する解剖報告書と銃弾の提出をICCが求めることを望んでいる。
 「いつか正義が得られることを心から願っています」とフォータン医師は言う。

 南シナ海の動向に敏感な香港英字紙South China Morning Post(SCMP)は、この年末年始に南シナ海におけるフィリピンの今後について幾つもの論考を掲載しました。中国政府による香港メディアへの介入がますます強化されているようですが、当該紙の論考の中でも、かなり中国政府の意向を代弁するかのような2つのオピニオン記事(「南シナ海:中国-フィリピン関係にとって不可欠な対話への復帰」、「南シナ海で中国に対抗するためにフィリピンが二国間協定を積み上げても効果なし」が1月1日および3日の紙面に掲載されています。
 2つの記事が、SCMP読者である香港人とフィリピン人の有識者を想定していることは間違いないでしょう。香港では、欧米に親近感を有する多くの香港人が、西側諸国との関係悪化による更なる香港の中国化・権威主義化の可能性に動揺し、また、南シナ海の領海問題での中国の正当性を強く疑っています。また、多くのフィリピン人有識者は、フィリピンの正当性と、西側諸国の軍事的な優位性および連帯を信じています。そして、SCMPの論考は、中国政府に有利な情報によって、上述のような香港人やフィリピン人の動揺や自信ないし不安を塗りつぶそうとしているのです。
 今回取り上げている2つの記事は、日本とフィリピンのメディアではお目にかかれないロジックで展開されています。フェイクニュースだとして簡単に無視する読者も少なくないでしょう。しかし、南シナ海に関するフィリピンと中国との対話で、中国から突きつけられている強力で自信に溢れた主張と揺さぶり、そして、それらを支えるロジックは、マルコス政権の今後の動向を分析する上でとても重要です。
 さらに、中国政府が、フィリピンと日本との軍事的な連携強化を強く意識し、危機感を抱いていることも、2つの論考からヒシヒシと伝わってきます。加えて、マルコス政権内の派閥争いにまで踏み込んだ一言も気になります。最近劣勢に立たされているドゥテルテ親娘を筆頭とした親中派への援護射撃でしょうか。

*このような視点から、SCMPの2つの論説記事を要約します。以下は、栗田の見解や解説ではありません。

― 軍事協定はフィリピンの幻想
 フィリピン国軍と自衛隊相互のアクセス及び協力の円滑化に関する協定のための日本政府との協議は、マニラが中国と対峙する上で信頼できる戦力を強化するための、フィリピンの最新の取り組みである。フィリピンが軍事同盟を日本、そして他の国に対して拡大しようとするのは、南シナ海のセカンド・トーマス礁をめぐってフィリピンが中国と交戦するような状況が生じた場合、米国と日本、その他の協定諸国から軍事的な支援を得られるだろうとの期待に基づいている。
 多くの国と二国間軍事協定を結べば、それだけ軍事的な支援を得ることができる。これがフィリピンの戦略の根拠だ。そして、それは、幻想でしかない。

― 中国の論理と脅迫
 幻想である理由の第一に、セカンド・トーマス礁は、フィリピンの領土になったことがないため、領土管轄権の原則に基づいて二国間協定を適用することはできない(セカンド・トーマス礁は中国領土である)。
 しかし、米国がフィリピンを防衛するため、フィリピン領土外で、二国間協定を利用する可能性はある。2003年のイラク戦争のように、米国が国際法を乱用し、他国に結果を押し付けることは珍しいことではない。そして、米中間で戦闘が生じた場合、中国の領土内での自衛権に基づく中国による武力行使とフィリピンとの同盟に基づく米国による武力行使では、国際仲介裁判所の仲裁事例から考慮するならば、正当性に関して中国に軍配が上がることは間違いない。したがって、このような場合、米国とフィリピンが国際法違反を犯していることになる。
 仮に米国が軍事介入しようとするのであれば、2つの核大国(中国とロシア)がそれを許すかどうかを考慮する必要がある。ロシア・ウクライナ紛争、パレスチナ・イスラエル紛争、そして米国が同盟国との約束を守らなかったベトナム、アフガニスタン、中東で学んだ教訓を踏まえると、フィリピンのマルコス大統領は次のことを忘れてはならない。 再度、フィリピンが、セカンド・トーマス礁に関連して無責任な挑発をしたとしたら、その結果は彼の国にとって耐え難いものになるかもしれない。

― 南シナ海の協議で孤立するフィリピン
 すでにベトナム、マレーシア、インドネシアは、南シナ海の平和と安定の維持に向けて、中国と協力する意向を表明している。フィリピンと異なり、これら3カ国は中国を挑発しようとする意図を有さず、領土内の経済成長と社会の安定の促進を目指しており、中国との経済協力と外交的関与を促進することに尽力している。
 また、ここ最近、中米関係も前向きに進む傾向が現れている。フィリピンが思っているほど米国はフィリピンのために中国と対立する意図はない。
 中国は、これまでフィリピンに対して対話を拒んだことはない。中比間における外相同士のホットラインの構築が効果的だろう。しかし、そのホットラインが効果を発するかどうかは、中国と良好な関係を築くことに関して、米国などの外部勢力によってなされる妨害や閣僚内の派閥争いの延長として内部勢力によってなされる妨害を、マルコス政権が上手く排することができるかどうかにかかっている。

〈Source〉
Philippines drug war victims look to ICC for justice as killings continue under Marcos Jr, ABC, December 31, 2024.
Philippines stockpiling bilateral deals to counter Beijing in South China Sea won’t work, South China Morning Post, January 3, 2024.
Philippines: Bone diggers seek justice for dead in Duterte’s drug war, BBC, January 4, 2024.
South China Sea: return to dialogue vital for China-Philippines ties, South China Morning Post, January 1, 2024.

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