*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。
バランガイ選挙の注目点
栗田英幸(愛媛大学)
バランガイ議会および青年評議会(SK)を決めるバランガイ選挙(BSKE)の投票が10月30日から始まりました。全国4万2001のバランガイでキャプテンと7人の評議員(カガワット)、そして、18歳から24歳までの若者の代表として青年議長と青年評議員が選出されます。青年議長も特別評議員として、バランガイ・キャプテンのリーダーシップの下、7人の評議員とともにフィリピンの最小自治単位であるバランガイの運営に携わることになります。
フィリピンの大衆新聞紙やニュースの報道もBSKE一色に染まっています。今回のフィリピン・ニュース深掘りでは、5年半ぶりに行われたBSKEを評価する上での注目点について紹介、深掘りします。
ようやく実施された選挙
― 実は2016年から忌避されてきたBSKE
本来、3年おきに実施するはずのBSKEですが、2018年5月の選挙以来すでに5年半が経過しています。前回2018年の選挙も、本来は2016年11月に開催されるはずが延期されたものでした。この間、何度も延期のための法案が上下院で提出・審議されてきましたが、その中には今回のBSKEを2024年まで延期するというものもあり、その法案にはサラ副大統領(当時は、副大統領就任直前)も同意を示していました。
ようやく、昨年の9月に今年12月のバランガイ選挙が上下院で可決したはずなのですが、その翌月にマルコス大統によって出されたBSKE実施に関する大統領令の日程は、なぜか1ヶ月強前倒した10月30日でした。
― 違憲判決と過大コストが決め手?
フィリピンの法律では、バランガイのキャプテンを含めた評議員の任期は3年に決められています。今年6月には最高裁判所が、バランガイ選挙を10月まで延期する長期バランガイ選挙不在状態を違憲と認めました。マルコス大統領が日程を決定した後も、なんとかバランガイ選挙を延期したい意図が丸わかりの議員たちが色々と画策していたようですが、この違憲判決と選挙管理委員会(COMELEC)によって提示された選挙延期に伴う巨額のコストに矛を納めたようです。
相変わらずの暴力行為
― 死者と負傷者の人数
メディアが最も注目するのは、全国から集められる暴力行為に関する報告です。特にフィリピン国民の耳目を集めているのは、不謹慎ながら、何人が選挙に関係して殺害もしくは負傷させられたのか、もしかは、どのような暴力行為が行われたのか、です。
5年前の選挙では、死者35人、負傷者27人、57の暴力事件が報告されています。この数値を今年のBSKEが越すのかどうか、そこに国民の最大の関心が注がれていると言っても過言ではありません。今回のBSKEは11月29日までとなっていますが、11月1日の時点で19人の死者と19人の負傷者、10月31日の時点で244の暴力事件が報告されています。死傷者数に減少が見られるものの暴力事件数は前年を大きく上回りました。投票初日の30日を「比較的平和的」に終えることができたとのCOMELECからの発表でしたが、どうも現実は違うようです。
― 報道される暴力行為
投票初日、北マギンダナオでは投票に向かう人たちへの発砲により死者2人、負傷者3人、ムスリム・ミンダナオ自治区(BARMM)では発砲で6人の死者、その他各地での発砲事件や敵対候補支持者への暴力的な妨害、そして票買収が各地で報告されています。各メディアのライブ速報で報告されるのは、上述のような暴力的な出来事ばかりです。
敵対陣営の支持者たちが投票所に行かないように道路や橋の通行を銃で脅して妨害したり、移動用のバンやジプニーを壊したり、脅迫したりという、選挙の白熱する地域ではお馴染みの出来事も既に多数報告されています。また、アブラ州では、発砲事件によって、選挙監視の役を担っていた教師グループが避難を余儀なくされるという出来事が初日に各メディアで大々的に報道されています。
違法(選挙違反)行為
― 気になる買収金額相場
暴力行為に加えて、注目される不正は、買収行為です。私が聞いた限り、田舎ではどこでもバランガイ・キャプテンの候補者が現金を配っています。配布できる金額が、いざという時にバランガイ・キャプテンが皆を助けられる能力と認識されるからです。
「他の候補者が100ペソずつ配布していたのに私は20ペソしか配布できなかったから負けた」
これは、前回選挙で友人から直接聞いた話です。この金額は、候補者本人の資産に彼を支持するパトロン=町長などの上位政治家から配布される金額が加えられたものになります。
マニラやケソンのような大都会では、その金額が10倍以上になることも。今回の選挙では、どこまで上がるのかにも国民の関心が集まっているのです。
― その他の違法(選挙違反)行為
お金や食事提供による買収は非常に一般的ですが、本来であれば、誰が誰に投票したのかを把握することはできません。20年くらい前だと、金持ちの候補者に雇われた人たちが、記載台の後ろから住民が投票用紙に記入する名前を堂々と確認するのが当たり前、人によっては代筆までしてくれました。
しかし、今では候補者の雇った人たちが選挙監視員になり、同様の行為を行なっています。フィリピン政府が過度の選挙監視員の雇用を控えるよう通告している背景には、そのような不正行為の横行があるのです。
候補者が政党の名前を出さないよう、もしくは、有権者が政党情報に左右されないよう、フィリピン政府から国民と候補者に対して通告が出されています。バランガイ評議員は公務員として、政党とは距離を置かなければならないからです。
民主主義の基盤としてのBSKE
― BSKE不在が腐敗や抑圧を固定化する
民主主義国家を標榜するフィリピンにとって、最小自治単位であるバランガイの代表者を選挙によって選定する過程は、決定的に重要です。特に、一部もしくは多くの住民の意見が反映されずに政治腐敗、人権侵害のような深刻な問題を生じさせている地域において、BSKEの長期不在は、その問題を固定化もしくは深刻化します。
バランガイを通じた何らかの活動による不平等な利益分配や犠牲、その活動への反対活動に対する抑圧、例えば政府肝煎りプロジェクトに対する反対運動活動家への赤タグ付けを含む超法規的な抑圧は、その顕著な例と言えるでしょう。
― 抑圧政策の一環か?
BSKEの延期が常態化される異常事態の始まる2016年が、超法規的な抑圧が常態化されるロドリゴ・ドゥテルテ前政権の始まりと重なるのは、偶然ではないでしょう。個人的には、地方政治家上がりのドゥテルテやその娘サラ副大統領だからこそ考えついた抑圧戦略ではなかったかと疑っています。
したがって、中長期的なBSKEへの評価として、今回の選挙で刷新されるバランガイ評議員の下で、マルコス政権でも継続する赤タグ付けを含めた政府による抑圧的、権威主義的な政策が、今後どのような影響を受けるのか注視していくことが重要になります。
〈Source〉
2023 barangay, SK polls generally peaceful, orderly — Comelec, Inquire, October 31, 2023.
6 dead in poll violence in BARMM, Inquirer, October 31, 2023.
BSKE deaths climb to 19, philstar, November 1, 2023.
Comelec: BSKE over as voting, canvassing in all villages done, pna, November 1, 2023.
Comelec: More vote buying cases to be filed, philstar, November 1, 2023.
Comelec officially wraps up 2023 barangay, SK polls nationwide, philstar, November 1, 2023.
Comelec notes 19 dead, 244 violent incidents in barangay, SK elections, Inquirer, October 31, 2023.
Maguindanao del Norte shooting kills 2, hurts 3 on 2023 BSKE Day, Inquirer, October 30, 2023.
SC Declares Unconstitutional Law Postponing Barangay and Sangguniang Kabataan Elections, Orders the Conduct of Elections in October 2023, Issues Guidelines for Validity of Rules Postponing Elections, Supreme Court of the Philippines, June 27, 2023.
Voting for barangay leaders ‘most important’, Inquirer, October 30, 2023.