サラ副大統領の機密費
*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。
栗田英幸(愛媛大学)
― 平和のための機密費への批判はよこしまな動機から?
「平和と秩序のために割り当てられた資金を攻撃したり、弱体化させたりする者は、当然ながらよこしまな動機を持っていると見なされる。それは、市民の保護と幸福に反する行為である。我が国の安全と発展を損なおうとする者は、我が国社会の構造そのものを危うくし、我が国の進歩を妨げるものである。」
10月4日、警察署での行事に参加していたサラ・ドゥテルテ副大統領は、彼女の要求していた機密費を巡る批判派からの執拗な質問・批判に関して、メディアおよび数多くの警察官たちを前に、このように語りました。警察に対して、暗に「批判者は国家反逆者だ、批判者を捜査・逮捕せよ!」と命じることで、批判者たちに対して「お前たち国家反逆者に容赦しないぞ!」と恫喝・威圧する効果を、サラ副大統領が狙っていたことは間違いありません。
― サラの機密費を巡るそもそもの議論
機密費を巡る議論は、予算編成が議論される8月から10月初めあたりにかけてのフィリピンの恒例行事ではあります。多くの場合、議論が煮え切らないうちにいつの間にか予算が成立して、立ち消えになってしまうのですが、今回は、大きな修正がなされ、予算案可決後も議論が続いています。これまでと何が違うのでしょうか?
来年度予算に関して、サラ副大統領の機密費要求に強い批判を投げかけたのは、左派政党の憂慮する教師同盟(ACT)です。8月2日にマルコス大統領が公表した来年度予算案には、サラ副大統領から要求されていた機密費6.5億ペソ(副大統領室に5億ペソ、自身が大臣を務める教育省に1.5億ペソ)が計上されていました。以降、ACTとサラの間でメディアを媒介とした、次のような熱い批判合戦が繰り広げられてきました。
ACTからの批判は、主に次の3点です。
1)機密費が人権抑圧や汚職に利用されているのではないか。
2)優先順位の高い貧困層の生活や教育の支援に機密費を充てるべきだ。
3)教育の現場での思想統制や一部の教員の排除に機密費が利用されている。
加えて、ACTは、来年度の機密費、そして、これまでに利用した機密費の用途を明らかにするよう要求してきました。
これに対して、サラ副大統領は、国家安全保障のために適切に利用していること、そして、そもそも機密費に用途を明確にする必要性のないことを繰り返してきました。彼女は、さらに、若者たちを共産主義に洗脳・リクルートする組織としてACTを糾弾するとともに、教育省の機密費がACTによる洗脳・リクルートから若者たちを守るという国家安全保障にとって極めて重要な活動へ用いられていると説明してきました。
サラ副大統領のこのような説明は、ACT所属教員を赤タグ付けし、また、危険教員リストに載せて監視対象にするといった、教育省を通したサラのACTに対する抑圧的行為を正当化しようとする発言でもあります。
― 政権内部からの批判
9月27日、マルコス大統領からの強い要望の下、来年度予算案が異例の速さで議会を通過し、あとは上下院の調整を残すのみとなりました。しかし、その直前までのサラ副大統領の機密費に関する発言、ACTへの反論は、これまでとは異なり余裕の感じられないものでした。実際、ACTからの批判を意識した、冒頭の発言のような感情的、威圧的な回答が何度も繰り返されてきました。
何が彼女を追い立てていたのでしょうか?限られた情報から推測するしかありませんが、2つの要因を挙げることができるでしょう。
1つは、サラ副大統領への支持率の低下です。これまで90%近くあった世論調査の支持率が、9月に73%へと初めて大きく下落しました。国民の不満の高まりを実感しているからこそ、「教育に巨額の機密費が本当に必要なのか?」「危機的状況にある国民生活支援や国家安全保障に回すべきではないか?」という多くの国民が抱く疑問に対して、繰り返し説明(弁明?)をしていると推測できます。
もう1つは、マルコス大統領の右腕、否、マルコス大統領も抑えることができないようにも見えるフェルナンド・ロムアルデス下院議長とサラ副大統領との不仲、およびサラのマルコス政権内での影響力の低下です。ポーカーフェイスの得意でないサラの表情を見る限り、彼女がロムアルデスを嫌っていることは間違いないようです。ロムアルデスとの決裂は、今年5月のロムアルデスが総裁を務める与党Lakas-CMDからのサラの離党を引き起こしてもいます。ロムアルデスは、不仲説およびサラの機密費への個人的な介入を否定していますが、サラの機密費を国家安全保障上の適切な機関に再配分する、言い換えるならば、サラから機密費を取り上げたのは、ロムアルデスの率いる下院議会であり、その中心にいるLakas-CMDでした。
― 実はすべてが茶番という可能性も?
機密費の再配分は、野党や識者が言うように、フィリピン政治の透明性を高める大きな一歩であったかもしれません。しかし、機密費という汚職や権力に都合の良い不透明資金そのものがなくなった訳ではありません。機密費の再配分は、汚職や権力の再編成でしかなかった可能性も否定できません。それどころか、機密費の執行段階で、再編成前の組織に秘密裏に移動されるという、内々の「合意」がないとも断言できません。
予算案公表の際にはサラ副大統領の機密費を重視する発言をしていたマルコス大統領が、今回の機密費再配分ではサラへの援護射撃をしませんでした。そこまでマルコス政権内でロムアルデスの力が強くなったのか、それとも内々の「合意」に基づく茶番なのか?機密費を監視する野党や市民組織からの今後の情報を待ちましょう。
〈Source〉
FACT CHECK: Sara Duterte quote card on OVP’s P125-M confidential funds is fake, Rappler, October 2, 2023.
House strips Sara of confidential fund, philstar, September 29, 2023.
Marcos, Duterte approval scores tumble in September – Pulse Asia, Rappler, October 2, 2023.
OVP, DepEd, 3 other offices lose P1.2B in secret funds, Inquirer, August 11, 2023.
Romualdez: Confidential funds should be used for peace by best-suited agencies, Inquirer, October 5, 2023.
Sara Duterte: Critics of secret funds have ‘insidious motivations’, Inquirer, October 5, 2023.
Sara Duterte draws flak for calling confidential fund critics ‘enemies of peace’, Rappler, October 5, 2023.
Sara on intel fund: Education intertwined with national security, philstar, August 8, 2023.
Speaker sees no quarrel with VP Sara on confidential funds, ABS-CBN, October 5, 2023.
Vice Sara mum on realignment of confidential funds, philstar, September 30, 2023.