【速報&解説】 茶番と化した弾劾裁判

【写真】弾劾裁判開催にあたり公正な裁判を宣誓する上院議員/via .Facebook of Philippines News Agency, June 11, 2025.

栗田英幸(愛媛大学)

― 弾劾裁判開始
 6月10日、上院議会は、正式に弾劾裁判を開催しました。
 まずは、弾劾裁判の開催にあたり、裁判長を務めるエスクデロ上院議長、そして、裁判官を担う上院議員たちが、「フィリピン憲法および法律に従って、公平に正義を行うこと」を宣誓します。
 その後、上院議員たちは、慣例に倣って写真のようなローブ(司法用ガウン)を羽織りました。しかし、何人かの上院議員はローブを着用しませんでした。ロビン・パディリア、アイミー・マルコス、シンシア・ビラールの3人です。
 ローブ着用の拒否は、裁判官として参加こそしますが、その裁判の開催に対して賛同していないという意思表示です。

― デラロサの棄却動議
 弾劾裁判開始後、改めてロナルド・デラロサ議員が、「副大統領ドゥテルテに対する弾劾訴追を却下すべき」とする動議を特権演説(privilege speech) により、力強く語り始めます。
 この演説においてデラロサ議員が主張するのは、「憲法上の不備」 と議会における 「管轄および権限の問題」 です。特に、下院による「2024年12月提出の複数の訴追が、1年以内の再提出禁止(one‑year ban)を意図的に回避する手段(skyway ルート)として使われた」点を強調しました。
 演説後、デラロサ議員は、派手な身振りでクリストファー・ゴー議員に支持を呼びかけ、ゴー議員が賛同しました。デラロサ議員の大袈裟なパフォーマンスとゴー議員の控えめな受け、何度も目にしてきた、そして大方の予想する通りの展開でした。

― カエタノの修正案
 デラロサ議員の動議で、真剣な議論が展開されるはずでした。しかし、アラン・ピーター・カエタノ議員の発案で、フィリピンの今後を左右するはずの弾劾裁判は茶番へと切り替わります。彼の案は、デラロサの動議を修正し、訴追を「却下」ではなく 「下院に差し戻し」 するというものでした。
 この修正案についてカエタノ議員は、「下院が憲法第 XI‑3に基づく 一事不再理(1年以内に複数の弾劾不可)条項 を満たしているかを認証させるため」と語っています。
 彼は、この修正案を、「法的中立性と公正を維持する」ため、憲法適合性の確認と下院の意思確認(「継続審理の意向があるか」)を確かめる必要があるとし、「1年ルール(1年以内の再提出禁止)違反の有無を確かめた上で、適切なタイミングで訴追を再開する仕組みを整える」ための「合理的な妥協」であると正当化します。

― 差し戻される弾劾裁判
 修正後の動議について、上院は採決を行い、18対5で可決しました。この決議により、「訴追は却下せず、まず下院で適法性を再確認したうえで再送付すべき」と判断されたのです。
 デラロサは、これを以て勝利を宣言し、「この動議の可決は、訴追が憲法上“瑕疵(infirm)”であるとの自らの主張を裏付けるものだ」と誇らしげに語りました。

― 差し戻しに反対する5人の上院議員
 差し戻し修正案に反対したのは、次の5議員。アキリノ・ピメンテルIII、ナンシー・ビナイ、グレイス・ポー、シェルウィン・ガッチャリアン、リサ・ホンティベロス。
 ホンティべロス議員は、弾劾裁判所の審理中に「上院には差し戻す権限はない。裁判を開き、判決を下す義務がある」と主張しました。
 また、ガッチャリアン議員は「透明性のために堂々と裁判を開くべき」と修正案を非難しています。

― これは法廷か? それともカルトか?
 下院訴追委員会の一員として弾劾裁判の準備をしていたデ・リマ元上院議員は、次のように弾劾裁判の決議を批判しました。
「(つまり、)私たちは完全に騙されている。これは法廷なのか、それともカルトか?」
「国民の声が届く前に扉を閉ざすのは正義ではない」
「両方の立場を沈黙させる法廷に真実はない」

― 憲法違反
 フィリピン大学法学部パオロ・タマセ教授は、決議について、次のように述べています。
「上院による弾劾訴追の差し戻しは違憲だ。1987年憲法では上院にできるのは『審理し、判断すること』だけであり、『差し戻す』権限は与えられていない。」
「上院が弾劾裁判所として、下院の手続に介入することは、(上院規則にもなく)憲法構造にも反している。上院は起訴者に対して命令を出すことはできる。しかし、今や下院そのものを精査するような命令を出している。両院は同等の立法機関であり、上院が下院を監督できるわけではない。」

― 日和見が支えたドゥテルテ劇場
 今回の差し戻し決議は、現在の上院議会の勢力図そのものと言えます。先週の記事(「新体制:まやかしの「リセット」と動けないマルコス」)で、多くの上院議員が日和見だと説明しました。要するに、ドゥテルテ、マルコスのどちらの陣営につくか、多くの上院議員が未だに決めかねているということです。その意味では、決して、ドゥテルテ陣営の勝利でもなく、マルコス陣営の勝利でもありません。
 容疑を究明する深刻な場をドタバタ劇で煙に巻いてしまう、ドゥテルテ前大統領の得意な「ドゥテルテ劇場」(「ドゥテルテ劇場の魔法にかけられた公聴会」)は、本人不在の今もなお健在です。ドゥテルテ陣営のお家芸として受け継がれていると言っても良いでしょう。

― 今後の見通し
 今後、弾劾裁判推進派が取り得る戦略は2つです。1つは、差し戻し決議の違憲性を問うことです。ただ、時間はかなりかかるでしょう。司法がどれだけ迅速に動けるかがポイントになります。
 もう1つは、差し戻し決議の要求に従って、下院議会で改めて弾劾裁判の手続きを進めることです。時間的にはこちらの方が、早いでしょう。ここで下院議会がすべきことは、訴追状での違反条項を分類し、それぞれについて文章を再構成すること、そして、一事不再理でないことを明確化することです。難しいことではありません。ただ、下院議員たちにとって、先生から赤点採点で再提出を要求されたかのような差し戻しは、あまりにも屈辱的です。
 しかし、どちらの手続きを進めたとしても、上院議員の弾劾支持を得られなければ、弾劾は成功しません。多くの記事や論文が、政治的な対立からマルコス陣営とドゥテルテ陣営の争いを分析しています。しかし、それと同時に重要なのが、この上院議員と下院議員との間の亀裂と対立、その背後にある上院議員の下院議員に対する差別意識、優越意識、選民意識であり、下院議員の上院議員に対する強い不満・怒りなのです。
 上院と下院の間にある感情がフィリピンの議会を不毛なものにしてしまっている点にもメスが入れられなければなりません。マルティン・ロムアルデス下院議長を中心に、上下院の格差をなくすための動きも、さらに活発化していくものと思われます。

〈Source〉
Is this a court or a cult?’ De Lima asks Senate after impeachment remanding, Manila Standard, June 11, 2025.
Impeachment backers: Senate’s moves won’t keep people silent, Inquirer, June 11, 2025.
Remanding Sara impeachment articles to House unconstitutional — experts, Rappler, June 11, 2025.
Sara Duterte impeachment court opens, but raps ‘remanded’ to House, Inquirer, June 11, 2025.
Trial in limbo after Senate returns Sara Duterte impeachment articles to House, Rappler, June 10, 2025.
新体制:まやかしの「リセット」と動けないマルコス(フィリピン・ニュース深掘り), Stop the Attackes Campaign, June 6, 2025.
ドゥテルテ劇場の魔法にかけられた公聴会(フィリピン・ニュース深掘り), Stop the Attackes Campaign, September 8, 2024.

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