トレリー・A・マリグザ(正義と平和のために働く女性たちのネットワークJaPNet議長)
― 前ドゥテルテ政権、経済にも負の遺産
前ドゥテルテ政権の市場主義的な政策は、パンデミックの際にも、フィリピン経済を混乱に陥れた。経済的後進性の悪化は、外国資本家を利する外国投資自由化の拡大、史上最も弱い農業、40年間で最も弱い雇用創出(パンデミック以前から)、経済/GDP成長率の鈍化などに見られた。
フィリピンのシンクタンク・イボン財団によれば、特にパンデミックへの不十分な対応は、貧困の拡大をもたらした。約900万~1000万人の失業、過去6政権で唯一の実質賃金低下と農業収入の減少、当局発表でさえ2610万人に上る貧困層の存在、1870万の貯蓄を持たない世帯、14万社の小企業の閉鎖―貧困層の増税と富裕層の減税、加速するインフレと物価急騰などである。また、東南アジア諸国の中で、フィリピンはパンデミックからの回復速度が8番目に遅く、失業率が2番目に高く、インフレ率が最も高いとイボンはいう。国家債務は前例のないほど膨れ上がり(12.8兆ペソ)、社会サービスを中心とした緊縮予算と逆進性の強い税制、優先順位を誤ったインフラ建設のための「ビルド・ビルド・ビルドプロジェクト」が実行されている。
大統領が変わっても改革されていない政策は、この国を同じように経済衰退の道へと導くだろう。「ボンボン」マルコス大統領のもとでは、根強い新自由主義と権威主義が依然として優勢であることがわかる。彼の経済政策は、国家の工業化を伴わない市場主義である。そして、アメリカや中国との経済関係を優先する大企業優遇主義でもある。また、個人的な利益のために、政府は補助金や支援を提供しがちである。今後、米や燃料、零細中小企業等に対する補助金のような人気取りのためのばら撒きも増えるだろう。任期中に憲法の改正が進められるかもしれないが、もちろん、任期制限の撤廃、市民的・政治的自由の束縛、辛うじて残っている民族主義的経済・保護の撤廃のための改正案に見られるように、これは政治的な動機に基づくものである。
― 人びとの展望
フィリピンは、最近発表されたブルームバーグの新型コロナウイルス感染症(コロナ)耐性ランキング※で53カ国中49位と低く、底辺5カ国のひとつに数えられている。
※コロナ耐性ランキングは、ブルームバーグがまとめる、どの国・地域が新型コロナウイルス感染症の社会・経済への打撃を最小限に抑えながら最も効果的に対応できているかを示す月ごとの評価である。感染抑制や医療の質、ワクチン接種率、死亡率など12の指標に基づいている。ブルームバーグは、米国の大手総合情報サービス会社。(米国1位守れず、経済再開もデルタ株打撃-コロナ時代の安全な国番付, Bloomberg, 2021年7月28日.)
私たちが経験した最悪のコロナ対応から、いくつかの恐ろしい映像を忘れることは容易でない。検疫違反者や抗議者がドッグケージや棺桶に閉じ込められ、棺桶を担がされる映像、大統領が検疫違反者や抗議者に射殺命令を出す映像は多くの視聴者に恐怖を抱かせた。このような軍国主義的で有害な指導者のアプローチと、パンデミックに対する非科学的な対応は、私たちの社会経済生活に醜い傷跡を残している。「ボンボン」マルコス大統領が、石油や基本的な商品・サービスの価格高騰の下で進行する経済の減速、失業、非正規雇用、貧困、低い賃金や収入、国の安全、平和と秩序といった国を悩ます緊急の問題にどう対処するかによって、未来は決定されうるのだ。
では、誰のための政治権力なのか。農地改革や農村開発、国家の工業化、公教育、保健、住宅など、できることはある。この政権は、経済とフィリピン人の回復と繁栄のために、効果的な国家介入と保護による経済発展政策を採用すべきである。私たちの国家債務は、既に12兆1000億ペソに達し、新大統領は就任1カ月ですでに世界銀行から18億4000万ドル以上を借り入れ、増加の一途をたどっている。政府関係者は、我々は回復に向かっている、我々は回復力の強い(resilient)国民であると言い続けている。このような語りを繰り返すことで、悪化した状況についてリーダーの責任を問われることがないよう、国民を安心させているように見える。
「ボンボン」マルコスは就任演説の中で、総需要を喚起するための経済的支援や、零細・中小企業への支援拡大による財政刺激、2023年予算におけるインフラと債務サービスなどについて言及した。だが、それらよりも、社会支出の優先、億万長者富裕税による財政空間の拡大、賃上げ、企業による環境破壊の阻止、金融規制、公有制、国内農業の保護と支援、国の産業化の包括計画などについて聞くことができたら、どんなに良かっただろう。
抜本的かつ総合な政治改革が必要だ。ソーシャルメディアの利用は増えているが、正当なメディア組織の沈黙、偽メディア組織の蔓延、誤った教育の増加、政府のプロパガンダ環境等々により、人びとの思考に対する組織的な操作が蔓延している。正当なソーシャルメディアの大規模な主張が必要であり、オルタナティブなメディアは団結する必要がある。
私たちは、徹底した判断が必要だ。選挙のような機会も重要だが、変革は何よりも運動から生まれるのだから。お飾り有名人や政治家によって所有されている偽NGOではなく、 政府が対応に失敗したときに、もっとも頻繁に人びとへサービスを提供してきたボランティアの集まりであるNGOには、変革の可能性がある。そのようなNGOは、さまざまな支援を必要としている。
歴史修正や歪曲に振り回されずに真実を伝えていくことが大切だ。良い統治に地域社会を参加させよう。すべての闘いは勝利であることを忘れてはならない。
〈筆者紹介〉
トレリー・マリグザ。教育学修士(数学専攻、理学専攻)。さまざまなNGOの活動やフィリピン合同教会のジェンダー・正義プログラムなどに関わる中で、ジェンダーや環境、よき統治に関するコンサルタント業務に従事している。また、ビジュアル・アーチストとしても活動。