【Tita Seikoの侃々諤々】ハバガットと「死の季節」

【写真】バスの窓から見たサトウキビ畑=2022年5月,ネグロス島,勅使川原香世子撮影.

大橋成子(ピープルズ・プラン研究所)

フィリピンの気候は大きく乾季と雨季に分かれるが、モンスーン(季節風)がもたらす気候の変化は、日本の四季とは違う微妙な季節を感じさせてくれる。アミハンとハバガットと呼ばれる風がそれぞれ吹く時期は、気温も湿気も雨量も変わるため、漁民や農民たちはこれらの季節風を察知しながら、漁や収穫の時期を見定めてきた。

アミハンは、11月から3月にかけて吹く北東モンスーン。遠くシベリアや中国大陸からの乾いた空気が流れ込み、一年で一番過ごしやすい気温になる。特にクリスマスから新年にかけて吹く涼しい風を、「シベリアの風」と年配の人たちはよく言っていた。

アミハンが止むと、じりじりと太陽が照らし一気に高温になる4月~5月を迎える。四季のないフィリピンだがこの時期だけ人びとは「サマー」と呼び、学校は長い休暇に入る。

そして6月。季節風は方向を変え、オーストラリア大陸やモンゴルなどから湿ってジメジメした南西モンスーン、ハバガットが吹き始める。雨季の到来だ。ハバガットは10月末まで雨をもたらし、洪水や台風まで連れてくる災害の多い時期でもある。

田舎の人たちは、昔からこの2つの季節風を上手く生活の中に取り入れてきた。例えば家を建てる時は、ハバガット(南西)とアミハン(北東)の風が家の中を吹き抜けるような設計にして、年中涼しく住める工夫を施している。ましてや竹の高床式ならその快適さは言うまでもない。しかし近年は頑丈なセメントの家が多くなった一方、扇風機にかかる電気代に頭を悩ます農家も増えている。

アミハンとハバガットはフィリピンの伝説の登場人物としても知られている。ある神話では、ハバガットはヒンパパウィラン(空)と呼ばれる銀と金の王国を支配する南西の風と雨の神で、アミハンは北東の風を擬人化した女性として描かれ、ハバガットは美しいアミハンを見て恋に落ち、彼女のハートを射止めるため、他の風の神々と速さと力の勝負をし、最も獰猛なライバルであるブハウィ(台風)さえも打ち負かした後、最愛の人をヒンパパウィラン(空)に連れて行き、二人で王国を統治した。

天地創造の伝説では、アミハンは鳥に変身した神で、天空の神バタラと海の神アマン・シナヤの戦争を止めた平和のシンボルでもあり、フィリピンの最初の人間、マラカス(強い)とマガンダ(美しい)が竹の中から生まれるのを助けた。神はその後、マラカスとマガンダをある島に飛ばし、二人はそこに定住して子孫を増やし、地球を繁栄させた。

美しい伝説が語り継がれるモンスーンも、200年前から続く砂糖産業の島、ネグロスでは一気に砂糖労働者の厳しい現実と切り離せない関係になってしまう。

砂糖キビ栽培は、昔からアミハンとハバガットの季節風を利用してきた。収穫期は10月末から3月か4月までアミハンが吹く乾季に集中する。刈り取った砂糖キビは、糖度が落ちる前になるべく早く製糖工場に搬送しなければならない。製糖工場で測定されるキビの糖度によって等級と値段が決まるからだ。

刈り取りが終わった農園では、すぐさまケーンポイントとよばれる砂糖キビの苗の植え付けが始まる。植え付け前に土地を耕すトラクターが使用される以外は、すべて労働者たちの肉体労働に委ねられる。この時期に労働力が足りない農園では「サカダ」と呼ばれる季節労働者が隣のパナイ島を中心にかき集められる。農園内にあるクオーターと呼ばれるタコ部屋に押し込まれ、終日働かされるサカダたちの状況は正規労働者の暮らしより厳しい。

農園の作業が完了する6月に入ると、南西から湿った空気をもたらすハバガットの風が吹き雨季を迎える。資本力のある大地主は別として、ほとんどの農園は灌漑設備がないため、新しく植えた砂糖キビは雨季の雨を頼りにぐんぐん成長する。

雨季の半年間、砂糖キビの成長にとっては恵の雨だが、農園労働者の仕事はほとんどなくなる。労働法を遵守する農園は少なく、常雇いの労働者であっても「ノーワーク・ノーペイ」が横行しているため、米代や6月から新学期を迎える子どもたちの学費や交通費に事欠き、収穫期まで地主に借金することでしのがなければならない。製糖工場も一時閉鎖され、農園主たちも贅沢を慎み、じっとアミハンが吹く収穫時をまつ。

もちろん砂糖農園以外に農・漁村や商業地など様々な生業があるが、砂糖産業が圧倒的に島の経済を回しているため、人びとの購買力も落ち、街の活気も薄れ、うっとうしい雨季をさらに憂鬱な気分にさせるネグロス特有の季節になる。

この時期を労働者たちは「死の季節」(ティエンポ・ムエルトス)と呼んできた。西ネグロス州にだけ通用するスペイン語だ。

15年程前、北部にあるエスカランテ町の農園労働者エドの家を訪ねたことがある。雨漏りする台所にはいくつもの洗面器が置かれていた。彼は常雇いであるにも関わらず農園の仕事はなく、近くの町の建設現場で雑用仕事、妻のローラは洗濯(ラバンデーラ)の仕事で食いつなぎ、米や缶詰をツケがきく農園のサリサリストアーで買っていた。店のオーナーは農園主の家族。分厚いノートに細かく借金明細が書かれており、収穫期に給料から天引きされる仕組みだ。その晩の私たちの夕食は蒸かしたキャッサバ芋にギナモス(小エビの塩辛)だけ。「農園の空き地にせめて野菜だけでも植えたいが、それも禁止されている。農地改革さえ進めば、自由に食糧を作れるんだが・・・」と呟いたレイは、その後、ネグロス各地の農園で繰り広げられた農地改革運動の最中にガンで亡くなった。

一時は不況と言われた砂糖産業だが、ここ数年、砂糖価格は高値を付けている。商業用地や住宅建設地に転換されたバコロド市近郊の風景は随分変わったが、農村部に入れば相変わらず地平線まで続くような広大な砂糖農園が拡がっている。

ハバガットが吹く6月。今年も労働者たちは「死の季節」を乗り越えようと精一杯の生存方法を探しているだろう。王国を支配する風と雨の神は、いつになったら、彼(女)らの暮らしに恵みを与えてくれるのだろうか。

<Source>
The two seasons in the Philippines: Amihan and Habagat, Scotty’s Action Sports Network.

あなたは知っていますか?

日本に送られてくるバナナの生産者たちが
私たちのために1日16時間も働いていることを

詳しく見る

最新情報をチェックしよう!
>ひとりの微力が大きな力になる。

ひとりの微力が大きな力になる。


一人ひとりの力は小さいかもしれないけれど、
たくさんの力が集まればきっと世界は変えられる。
あなたも世界を変える一員として
私たちに力を貸していただけないでしょうか?

Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

寄付する(白)