フィリピン政経フォーカス(9月30日-10月15日)

【写真】バターン原発/via . DOE leads review of nuclear laws, Philippine News Agency, August 14, 2025.

― 原子力発電所第一号の位置付け
 10月2日、フィリピンのエネルギー省(DOE)は Pioneer NPP(最初の原子力発電所) を対象とした新しい方針を定める通達を発出した。これにより、最初の原子力発電所導入に向けた具体的な道筋が公に示された。
 この通達の内容は以下のとおり。
・「ベースロード〈電源〉施設」*として扱われ、優先配電が認められる(他の電源よりも優先して電力網に投入されることが制度的に保証される)。 
・契約形態の柔軟性を重視し、オークション、公募方式だけでなく 直接契約や産業団地向けのまとめ調達など柔軟な契約メカニズムが導入される。
・契約期間は最低 25 年とし、さらに25 年の延長可能な制度設計。
・自動的に「国家的重要エネルギー事業 (EPNS)」に認定され、税制優遇や迅速な手続きが受けられるようになる。
 さらに、翌3日には、2032年までに 1,200 MW 規模の原子力発電所を稼働させる目標を掲げ、約15か所の候補地が検討されていることがDOEによって明らかにされている。

*ベースロード〈電源〉施設とは、電力の安定供給の基盤として位置付けられ、優先的に電力を供給する発電所のこと。他の発電施設よりも優先的に売電できるということであり、ベースロード施設としての認定は投資家を安心させる意味合いが強い。

― 世論は原発を支持
 9月29日、フィリピン政府系通信社Philippine News Agencyは、DOE が委託した最新の原子力発電所に関する世論調査結果を公表した。
 この調査は Social Weather Stations(SWS) により 2024年5月6日から24日まで 実施され、全国18歳以上の成人 7,520人 を対象に行われた。回答者の70%以上が原子力発電を将来の電力源の一つとして支持している ことが明らかになったとしている。
 DOEはこの結果をフィリピン国民の多くがエネルギー安全保障の強化と電力価格の安定を求めている証拠として引用し、原子力発電の導入方針を正当化する根拠として強調した 。

― 反応と批判
 原子力発電所の具体的な進展に対して、環境団体や市民団体、専門家からは否定的な声・懸念も多く表明されている。
 環境団体グリーンピース・フィリピンは10月2日、政府が原子力導入を急ぐ姿勢を強く批判する声明を発表した。キャンペーン担当ジェファーソン・チュアは、「政府は原子力を“安全”と装いながら、国民を誤導している」と述べたうえで、「フィリピンは年間少なくとも20の台風に見舞われ、地震断層の上にある国である。こうした国で原発を稼働させるのは無謀で危険だ」と警鐘を鳴らした。
 さらにチュアは、「チェルノブイリや福島の教訓は明白であり、一度の原発事故がもたらす被害は取り返しのつかないものになる。このようなリスクを国民に負わせるべきではない」と強調した。声明では、政府が世論調査を根拠に「原子力発電所賛成の民意がある」と説明していることに対し、「調査結果を利用して国民を惑わせ、企業優先の政策を正当化している」と非難している。
 上院議員のローレン・レガルダは10月9日、政府が原子力発電所の候補地として自身の地元であるアンティーク州を含めたことに強く反対した。レガルダは、「私はアンティーク州を原子力発電所の候補地に含めることには賛成しない」と明言し、住民の安全や環境への影響を理由に同州の除外を求めた。
 レガルダは「地元住民の理解や防災面での裏付けがないまま候補地を決めることは容認できない」と述べ、国の原発推進策に対して慎重な立場を示した。

〈Source〉
DOE issues landmark framework for nuclear energy integration in the Philippines, Philippine Information Agency, October 2, 2025.
DOE: Surveyed Filipinos favor use of nuclear power for electricity, Philippine News Agency, September 29, 2025.
Greenpeace: Nuclear push misleads Filipinos, distracts from real solutions, Greenpeace, October 2, 2025.
Legarda opposes Antique’s inclusion in possible nuclear power plant sites list, Inquirer, October 9, 2025.
Philippines prepares for nuclear new-build, World Nuclear News, October 8, 2025.
Philippines shows high hopes for nuclear takeoff, Inquirer, October 15, 2025.

― 低下するマルコス政権への評価
 最新の世論調査(SWS)において、マルコス大統領の信頼度が6月の48%から9月には43%に低下した。この世論調査の結果を受け、10月15日、大統領府は「大統領は調査の数字にかかわらず汚職と闘う姿勢を続けている」として、これを重視しない姿勢を示した。
 一方、サラ副大統領の信頼度も低下し、6月の61%から 9月には53% に下がっている。

― ロムアルデス元下院議長、独立委員会の調査対象に
 10月13日、元下院議長のマルティン・ロムアルデスは、洪水制御プロジェクトに関する継続中の調査の一環として、ICI〈インフラ独立委員会〉の招聘に応じて出席した。
 証人として名乗り出た実業家フェルディナンド・グテザは、「35個のスーツケースに入った現金をロムアルデスに届けた」と証言している。
 他方、ロムアルデス議員は、ICIの非公開会議後、記者団を前に次のように語った。
「私は完全に協力し、真実を明らかにする手助けをするためにここにいる。何も隠していないし、隠すべきものは何もない」
「提出された(ロムアルデスを陥れる情報を提出している)証人らはすでに偽造された文書を提出したとして信用を失っており、彼らの証言はすでに否定されている」

 10月14日、パオロ・ドゥテルテ下院議員は、ロムアルデス議員が汚職捜査で国家証人に指名される可能性があるとの報道を受け、資金の流れの頂点にいるロムアルデス議員を証人にすることの矛盾を「今世紀最大の冗談だ」と痛烈に批判した。彼は、さらに、現政権が反汚職キャンペーンを喜劇に変えているとし、司法省(DOJ)がロムアルデス議員を証人として扱う動きを牽制した。

― 投資家の不安を煽る汚職問題
 米国務省は先月末に公表した国際報告書の中で、フィリピン関税局(BOC)を「依然として深刻な汚職が蔓延する機関」と指摘し、抜本的な制度改革を求めた。報告書は、BOC職員の間で賄賂の授受や恐喝、不正な便宜供与が常態化しており、通関手続きにおける「スピードマネー」や不透明な関税評価が横行していると述べている。米政府は、これらの慣行が外国投資を妨げ、フィリピン経済の信頼を損なっていると警告し、内部監査の強化、デジタル化の推進、汚職職員の厳正な処罰を求めた。
 10月15日付のBusiness Worldによると、洪水制御事業をめぐる大規模汚職疑惑が、フィリピンの信用格付け引き上げを妨げた可能性が指摘されている。S&Pグローバルは、同国の格付けを「BBB+」のまま据え置いたが、当初は「ポジティブ」見通しへの引き上げが検討されていたと報じられた。専門家は、汚職疑惑が財政管理と公共支出の透明性に対する懸念を強め、投資家の信頼回復を遅らせたと分析している。
 また、フィリピン中央銀行(BSP)は10月9日に政策金利を予想外に0.25ポイント引き下げて4.75%とした。BSPによると、政治不安と不正疑惑が続けば、外資の短期流出やペソ下落につながる可能性があると警告している。

〈Source〉
Flood control scam derails S&P credit rating upgrade for Philippines, Business World, October 15, 2025.
High public trust in PBBM shows appreciation for his efforts – Palace, Philippine News Agency, October 15, 2025.
Martin Romualdez faces ICI over corruption claims, philstar, October 14, 2025.
Marcos, Duterte trust ratings dip after anti-corruption rallies—SWS, Inquirer, October 15, 2025.
Philippines slashes rate to 4.75% as corruption scandal clouds growth outlook, Reuters, October 9, 2025.
Rep. Paolo Duterte rejects Romualdez as witness in flood control scam probe, Manila Bulletin, October 14, 2025.
Romualdez at ICI probe: I have nothing to hide, philstar, October 14, 2025.
US State Department tags Philippines Customs as corrupt, calls for reforms, The Manila Times, October 13, 2025.

― 資産公開再開への新たな方針
 政府の不正行為・汚職・倫理違反を監視・告発・捜査するオンブズマン事務所(Tanggapan ng Tanodbayan)は、長らく制限されていた公務員のSALN(資産・負債・純資産申告書)への公衆アクセスを再び認める方針を発表した。これは、ドゥテルテ前政権下で導入された厳しい閲覧制限を事実上緩和するものである。
 10月14日、1週間前にオムブズマンに就任したヘスス・クリスピン・レムリアは新指針を発表し、「市民には政府職員の財産状況を知る権利がある」と述べた。新しい制度では、個人情報保護のための一部黒塗り処理を行いつつも、報道機関や市民が正式申請を行えば、上級公務員を含む多くの官僚のSALNを閲覧できるようになる。

― 懸念
 開示再開の動きに対して、市民団体や学識者からは概ね歓迎の声が上がる一方で、「実効性に乏しく準備不足」との批判も相次いでいる。
 ラス・ピニャス下院議員は、「SALNの公開は第一歩に過ぎず、包括的な情報公開法(FOI法)の制定がなければ真の説明責任にはつながらない」とし、マーク・サントス下院議員も開示再開を歓迎しつつも、より根本的な制度改革の必要性を訴えた。
 加えて、オンブズマンの中立性に多くの懸念が示されている。例えば、フィリピンの英字メディア紙マニラ・タイムズの社説では、次のように述べている。

オムブズマンとして、レムリアは透明性を維持し、反汚職措置を強化し、正義が公平に執行されることを確実にすることが期待される。しかし、それは単なるスローガンではなく、具体的な行動によって裏付けられねばならない。過去には、権限が強いはずのオムブズマンでも訴訟対応の遅さや政治的圧力に屈した例がある。したがって、我々は言葉だけでなく彼の実際の行動を注視すべきである。

〈Source〉
Ombudsman Remulla lifts Duterte-time SALN restriction rule, Rappler, October 14, 2025.
‘SALN disclosure not enough, pass FOI bill now’, Business Mirror, October 14, 2025.

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