フィリピン政経フォーカス(9月21日-10月2日)

【写真】汚職への怒りを訴える/via Trillion Peso March, Wikipedia

― 大規模な汚職抗議デモ
 9月21日、フィリピン各地で洪水制御事業をめぐる汚職疑惑に抗議する大規模なデモが展開された。中心となったのは首都マニラであり、ここでは「ルネタ洪水デモ(Baha sa Luneta)」や「1兆ペソ行進(Trillion Peso March)」と呼ばれる抗議行動が組織され、報道機関によって差はあるものの、数万人が集まったとされている。
 参加者たちは「腐敗を終わらせろ」「税金を返せ」「盗んだものを返せ」といったスローガンを掲げ、洪水対策に充てられたはずの予算が実際には幽霊事業や粗悪工事に消えたのではないかという疑念を訴えた。要求の核心は、透明性の欠如した契約の徹底調査と関係者の刑事責任追及にあり、議会や行政がこれまで果たしてこなかった説明責任の明確化と、公共事業の透明化を求める声が広がった。

― 地方での広がり
 マニラでは一部の参加者と警察が衝突し、メンディオラ通りやレクト通り周辺では火炎瓶や石が投げられ、道路の封鎖が発生した。警察は瓶や火炎瓶を投擲した者を逮捕したと説明し、報道によれば十数人から数十人が拘束され、警官を含む数十人が負傷したと伝えられた。
 抗議行動が全国的に展開される中で、首都圏以外でも複数の都市で集会が確認され、セブ市ではフィエンテ・オスメニャ・サークルを拠点に学生や市民が行進し、ブラカン州では深刻な洪水被害を抱える住民が地方自治体庁舎前に集まった。さらにレガスピやラーオアグ、パンガシナン、カガヤン・デ・オロ、ブトゥアンなどの大都市でも抗議が行われ、洪水によって生活が直撃される地方住民の切実な声が強調された。

― 200人以上の逮捕者
 9月25日、人権擁護団体カラパタンは、9月21日のマニラでの抗議行動後に行われた200人以上の逮捕を「違法かつ恣意的」と非難し、直ちに釈放するよう求めた。
 声明によれば、警察はアヤラ橋やメンディオラ周辺で令状も根拠もなく学生や労働者、障害者を含む市民を無差別に拘束したとされる。さらに拘束者は36時間を超えて正式起訴なしに留め置かれ、適正手続きが侵害されたと指摘。警察が「違法集会」などを理由に多数の罪状を押し付けたことを「根拠のない嫌がらせ」と断じた。カラパタンは、これら抗議は独裁の記憶を呼び起こし、汚職や洪水問題の責任追及を求める正当な行動であり、弾圧はマルコス政権の権威主義的性格を示すものだと結論づけている。

〈Source〉
KARAPATAN: Release Illegally Arrested Protesters Now!, Karapatan, September 25, 2025.
More than 200 arrested after anticorruption protests in Philippines, Aljazeera, September 22, 2025.
Protesters flood streets of Philippines over state corruption, Guardian, September 22, 2025.
Thousands join ‘Trillion Peso March’ at EDSA to protest corruption, ABS-CBN, September 21, 2025.

― ディスカヤ夫妻は全てを明らかにする
 フィリピンの洪水制御事業に関する汚職疑惑の中で、ディスカヤ夫妻(夫パシフィコと妻サラ)が証言者として大きな注目を集めている。夫妻は建設請負業者として洪水制御関連の事業に関わってきた経歴を持ち、その内部事情を知る「ユニークな立場」にある。
 9月29日、夫妻の弁護士は「二人はすべてを明らかにする準備がある」と発表し、洪水制御事業に潜む不正について、独自に把握している事実を公にする意思を固めたことを示した。
 ディスカヤ夫妻はこの日の午前、タギッグ市で開かれたインフラ独立委員会(ICI)の調査に初めて出席した。
 「彼(パシフィコ)は黙っているだけでは何も変わらず、このような汚職が続いていくだけだ。だからこそ、たとえ自分が死ぬことになっても社会の役に立つよう、発言した方がいいと考えているのです」と弁護士は記者団に話した。弁護士は、すべては宣誓供述書に記載されており、これまでに明らかにした以上の名前が明らかにされる予定だと説明した。

― 海外に逃れるコー議員
 洪水制御事業をめぐる大規模な汚職疑惑の中で、ザルディ・コー下院議員(Ako Bicolパーティリスト所属)の名前が複数の公聴会で取り沙汰されている。証言によれば、公共事業道路省(DPWH)の元関係者らは、洪水制御事業の契約過程において施工業者から20%から25%に及ぶ「キックバック」が議員に渡っていたと述べ、その中にコー議員の名も挙がった。証人の一人は、資金がマニラ市内のホテルや駐車場を通じて引き渡されたと具体的に証言し、議会内でも注目を集めている。
 司法省(DOJ)と国家捜査局(NBI)は、こうした証言に基づき、間接収賄や公金横領の可能性を視野に入れて捜査を進めており、関係企業や資産の追跡を開始した。特に、コー議員に関連するとされる企業が所有する航空機など高額資産については、資産凍結の申請が行われた。さらに、下院議会は彼の米国滞在を問題視し、下院議長が渡航許可を取り消して帰国を命じる措置を講じた。
 コー議員本人は一貫して疑惑を否定している。Philstarのインタビューでは、「虚偽で根拠のない告発だ」「政治的に動機づけられた攻撃だ」と反発し、「正しい場において潔白を証明する」と主張した。また、米国に滞在している理由については「治療目的」であると説明している。

― ヴィラヌエバとエストラーダ
 9月18日、上院ブルーリボン委員会の公聴会で、DPWHの元技術者ブライス・エリクソン・ヘルナンデスが証言し、複数の上院議員が洪水制御事業の契約に関与し、施工業者から契約額の三割前後の「キックバック」を受け取ったと述べた。その中で名指しされたジンゴイ・エストラーダ上院議員とジョエル・ヴィラヌエバ上院議員は、繰り返し関与を否定している。
 9月23日、ヘスス・クリスピン・レムリア司法長官が、ヴィラヌエバ議員を含む6人に対して洪水制御事業に関する起訴を準備していると述べたことを伝えた。起訴対象にはエストラーダ、下院議員ザルディ・コーらも含まれている。しかし、マルコス大統領に近い関係にあるロムアルデス前下院議長とナンシー・ビナイ上院議員はその対象に含まれておらず、また、ICIの調査も密室で実施されていたことにより、マルコス政権が側近の汚職に関して隠蔽しようとしているとの疑惑も強まっている。

〈Source〉
Discaya couple ready to tell ‘all’, says lawyer, ABS-CBN, September 30, 2025.
DOJ requested Interpol to issue blue notice on Zaldy Co —Palace, GMA News, September 29, 2025.
Zaldy resigns from House, Philstar, September 30, 2025.

― エスクデロのロムアルデス批判
 9月29日、上院本会議において、エスクデロ前上院議長は、マルティン・ロムアルデス前下院議長が「for-later-release(FLR)*」の資金を使い、下院議員たちにサラ副大統領に対する弾劾訴追への署名を求めたと発言した。エスクデロは、このような動きがあったために自分は、「副大統領解任に向けて情熱的に進めようとする一部の動きに対して、(当時、議長として上院議員たちに)慎重さと冷静さを呼びかけたのだ」と説明した 。

*FLRとは、予算として承認されているものの、即時には執行せず、条件や財源状況を見て「後日リリースする」と分類されている予算を指す。法的には承認済みでも、実際の資金配分は凍結状態に置かれる資金のことであり、政治的な圧力や取引の手段として使われやすいと批判されてきた。

― エスクデロはドゥテルテ同盟者
 エスクデロからの口撃に対しロムアルデス前下院議長は、「エスクデロの発言は新しく発見された事実ではなく、DDS(ドゥテルテ支持者:Duterte Diehard Supporters)の原稿の焼き直しで、虚偽だ」と反論した。さらに、「私には隠すことはなく、(私に関する)記録は精査に耐えられる」と述べて、一連の汚職疑惑に関する身の潔白を主張した。
 また、「これ(エスクデロのロムアルデス非難発言)は説明責任ではなく、サラ副大統領への忠誠を誓い、自らを2028年(大統領選挙)の同盟者として売り込む政治的パフォーマンスだ」とエスクデロを強く非難した。

― スーツケース現金配達
 9月29日、サラ副大統領もロムアルデス前下院議長に対して、洪水制御事業のキックバック以外に「違法ギャンブル」からキックバックを受け取っていると主張した。
 彼女はまた、ロムアルデス邸に「スーツケース入りの現金」が複数回配達されたという証言があると訴え、「これまで長くその話を耳にしてきた」「もう証人も出てきて、以前は目立たなかったが(既に)公になっていることだ」と語った。さらに、この「スーツケース現金配達」の手口をロムアルデスの「常套手段」だと断じ、「Okada事件*」で「重い荷物」が問題にされたこと」、「ロムアルデスの名前がその訴訟資料に登場した」などを引き合いに出した。
 サラ副大統領からの批判に対し、ロムアルデス前下院議長は、「スーツケース現金配達」を根拠のない噂や嘘をもとにした「純粋な虚偽」「想像、でっちあげ」であると断じた。彼は、また、Okada事件に関しても、「私は関係ない」「調査対象にもされていない」「被告でもない」と主張した。

*Okada事件は、パラニャーケ市にあるカジノを含む統合型リゾートホテルに関して生じた複数の法的紛争を指す。訴訟は、主なものだけでも、所有権、事業契約、資金流用、合弁等、さまざまな分野におよび、フィリピン国内のみならず、合弁に関しては米国のデラウェア州の裁判所にも持ち込まれている。主な審議は2022年から始まり、2024年2月には最高裁判所の判断が下されている。しかし、汚職や政治的な介入については不透明なままである。

〈Source〉
‘DDS’ script for 2028, Romualdez says of Escudero speech, Philippine News Agency, September 29, 2025.
Escudero says Romualdez behind Sara impeachment; Martin says Chiz read from DDS script, GMA News, September 29, 2025.
Romualdez ‘receiving kickbacks from illegal gambling too’, Sunstar, September 30, 2025.
VP Sara Duterte links ex-Speaker Romualdez to illegal gambling, ABS-CBN, September 29, 2025.

― 洪水制御予算を貧困家庭支援へ
 9月26日、マルコス大統領は洪水制御事業に充てられていた予算のうち約360億ペソを社会福祉開発省(DSWD)の事業へ振り向けると発表した。マラカニアン宮殿で行われた「フィリピン家族扶助給付プログラム(Pantawid Pamilyang Pilipino Program:4Ps)」受益者向けの式典で、大統領は「DPWHの洪水制御事業から得た資金をDSWDのプログラムに用いる」と述べ、国民の貧困脱却を優先する方針を強調した。
 再分配先は先は、緊急時に最大1万ペソの現金支給を行う「個人危機支援(AICS)」や、小規模事業立ち上げを支援する「持続可能な生計プログラム(SLP)」などである。マルコスは「追加のAICS予算により、手術費や薬代といった緊急支出でより多くの国民を助けられる」と説明した。

― 全ての上院議員が挿入予算を抱えている
 9月28日、パンフィロ・ラクソン上院議員は、「ほぼ全ての上院議員が1000億ペソ規模の挿入予算を抱えて」おり、「こうした 挿入予算 が、正しく使われずに巨額の割り当てになっている」として、透明性と説明責任を求めた。
 一方、ティト・ソット上院議員とジョセフ・エヘルシト上院議員は、すべての挿入が違法あるいは悪いものではないと反論した。ソットは、正しく使われる限り挿入は地方事業に資するものであり、必ずしも汚職とは結び付かないと強調。エヘルシトも同様に、挿入は地域社会の必要を満たすための仕組みだと述べた。

〈Source〉
Lacson: ‘Almost all senators’ had P100-B insertions in 2025 budget, ABS-CBN, September 28, 2025.
Marcos diverts P36-B flood control funds to DSWD programs, Philstar, September 26, 2025.
Sotto, Ejercito: Not all budget insertions are illegal, bad, Inquirer, September 29, 2025.

美しい国フィリピンの「悪夢」

フィリピン政府が行っている合法的な殺人とは?

詳しく見る

最新情報をチェックしよう!
>ひとりの微力が大きな力になる。

ひとりの微力が大きな力になる。


一人ひとりの力は小さいかもしれないけれど、
たくさんの力が集まればきっと世界は変えられる。
あなたも世界を変える一員として
私たちに力を貸していただけないでしょうか?

Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

寄付する(白)