フィリピン政経フォーカス(9月1日-9月11日)

【写真】ブルーリボン委員会で疑問に答えるサラ・ディスカヤ/via Discaya firms delisted from PhilGEPS, more companies face ban, Philippine News Agency, September 8, 2025.

― 17人の下院議員が関与か?
 洪水対策事業を巡る汚職疑惑は、ここ2週間で大きな進展を見せている。特に、請負業者であるディスカヤ夫妻による上院での証言は、これまで隠されてきた公共事業の癒着構造を露わにする内容となっている。
 9月8日、ディスカヤ夫妻は上院のブルーリボン委員会に出席し、宣誓のうえ証言を行った。証言によれば、少なくとも17人の国会議員が洪水対策事業の契約獲得にあたり、総事業費の25%を賄賂として要求したとされる。また、同夫妻は、公共事業道路省(DPWH)の幹部もこの構造に深く関与していたと述べた。さらに、その支払いややり取りの日時・場所などの詳細を記録していると主張する一方、安全上の理由から証拠の提出には慎重な姿勢を取っていると述べた。

― 明らかになる汚職構造
 この証言を契機に、過去の政権下における汚職構造の実態が浮き彫りとなりつつある。第一に、特定の国会議員が、請負業者との間で契約の仲介と見返りの授受を繰り返していたことが示唆されている。第二に、DPWH内での組織的な関与が疑われており、仕様の不備や存在しない「幽霊プロジェクト」の存在が報告されている。第三に、国家予算が極めて限られた数の業者に集中して配分されていた事実も、癒着の構図を裏付けるものである。ディスカヤ夫妻自身も、複数の大規模契約を落札していた業者である。

― 新事実への反応
 明らかにされていく汚職構造に対し、追及を強める政治家や関係者からは強い反応が生じている。マルコス大統領は汚職の存在そのものを強く非難し、「最悪(horrible)」と明言のうえ、責任者に対する刑事告発の方針を示すとともに、独立調査委員会の設置を表明した。また、アーウィン・トゥルフォ上院議員は洪水対策事業全体を「大規模な窃盗」と呼び、25%もの高額のキックバックやコミッション料を批判した。
 一方、証言で名前の挙がったジンゴイ・エストラーダ上院議員およびジョエル・ビラヌエバ上院議員は、証言の内容を真っ向から否定し、「真っ赤な嘘(a big lie)」と断じた。エストラーダ上院議員は、自らが嘘発見器検査を受ける用意があるとまで述べ、証人に対する反証の姿勢を鮮明にした。ビラヌエバ上院議員も、潔白を証明する証拠があると主張している。
 下院議会でも、名前の挙げられた議員たちから「事実無根」「嘘」「政治的に貶めるための発言」とディスカヤ夫妻の発言を否定・非難する発言が相次いでいる。その1人マルティン・ロムアルデス下院議長は、自身の関与を強く否定し、「知らぬ間に名前を利用された」としつつ、「議会の名誉を汚そうとする悪質な試み」と非難した。

〈Source〉
A DPWH syndicate ran a billion-peso racket in Bulacan – contractors, Rappler, September 8, 2025.
Co breaks silence: Discayas’ claims are mere hearsay, politically-motivated, Inquirer, September 8, 2025.
Discayas name solons in flood control mess, Inquirer, September 9, 2025.
Marcos Jr. says no more budget for flood control projects in 2026, ABS-CBN, September 8, 2025.
Romualdez, lawmakers deny ‘false, malicious’ Discaya corruption claims, ABS-CBN, September 8, 2025.

― エスクデロからソットへ
 9月8日、フランシス・エスクデロ上院議長が議長職を辞任し、ヴィセンテ・「ティト」・ソット III上院議員が新たに議長に選出された。上院議員24人中15人の賛成により、議長が解任された後、ローレン・レガルダ議員とピン・ラソン副議長の推薦により、ソット上院議員が満場一致で新議長に就任した。
 エスクデロ上院議員は辞任にあたり「恨みも悪意もない」と述べ、彼の議長の期間、上院が数々の法案可決と汚職調査を達成したことを誇りに感じていると語った。

― 背景は弾劾裁判に関する亀裂か
 動議はミゲル・ズビリ上院議員によって提出された。ズビリ上院議員は、エスクデロ上院議長の前に解任された上院議長であり、今回、やり返した形だ。大衆英字紙インクワイヤラーによれば、上院の信頼できる筋が「サラ副大統領の弾劾裁判を妨げる姿勢が、エスクデロの信任を揺るがした」と証言している。
 ソット上院議長は、1992年に初当選して以来、上院議員を5期務めるなど、フィリピン史上最も長く上院に在職してきた議員である。ケソン市副市長から政界入りし、これまでに多数派院内総務、少数派院内総務、上院議長を歴任している。2025年の上院選挙では、透明性と公正性を掲げて議会の信頼回復に努める姿勢を明確にして、当選を果たした。上院議長就任にあたり、ソット新議長は、汚職について厳しく対応することを誓い、さらに、政府と協調性しつつも上院議会の独立性を顕示する立場を強調した。

〈Source〉
Escudero ousted; Sotto is new Senate president, Inquirer, September 8, 2025.
Lacson replaces Marcoleta as Senate Blue Ribbon Committee chair, ABS-CBN, September 8, 2025.
Sotto back as Senate President, vows to fight corruption, Philippine News Agency, September 8, 2025.

― 審理延期
 9月8日、国際刑事裁判所(ICC)の予審部第一部は、9月23日に予定されていたドゥテルテ前大統領に対する「起訴内容確認審理(confirmation of charges hearing)」の開始を延期する決定を下した。延期は、ドゥテルテの弁護団が8月に提出した「心身の状態が審理継続に適さない」とする申し立てに応じたものである。ICCはこの延期が「ドゥテルテが審理を理解し参加できる能力を有するかどうかを判断するため」として、延期期間を限定するとしている。

― 審理に耐えられない?
 この延期は、ドゥテルテの弁護団が提出した「健康状態により審理に耐えられない」との主張をICCが受理したことによるものである。ドゥテルテは現在80歳であり、弁護団の主張では医療上のリスクがあるとされている。一方でICCは、「審理能力(fitness to stand trial)」の確認が済み次第、審理を再開する意向を明確にしており、今回の措置はあくまで手続的な一時停止に過ぎないと位置づけている。
 弁護団は、これまでも「裁判官の忌避」、「裁判官の資格剥奪」、「ICC検察官の資格剥奪」、「ICCの管轄権の否定」、「ドゥテルテの勾留からの除外(一時的釈放)」を申し立ててきた。これらのうち、裁判官、検察官に関しては、その担当者がドゥテルテ前大統領に対して偏見や私見を強く有しているため公正な判断を期待できない、もしくは、過去の主張に公正さが欠如しているというものであった。そして、その全てが却下されている。

― 疑問と批判
 大衆英字紙インクワイヤラーのコラムニストであるジョエル・ブトゥヤンは、ドゥテルテ前大統領が「審理を受けるには不適格」とする弁護側の主張に懐疑的な立場を取っている。彼は、健康上の理由でICCの手続きから免れようとするのは、法の正義を遅らせる手段になりかねず、被害者側の権利が損なわれるおそれがあると懸念を示し、ドゥテルテが実際に審理不能な状態であると判断されるには、より明確かつ説得力のある証拠が必要であると強調している。
 全国人民弁護士連合(NUPL)およびドラッグ戦争被害者家族の団体「命と人権のために立ち上がれ(Rise Up for Life and for Rights)」は共同声明で次のように述べている。
 「ドゥテルテは芝居がかった態度や煙に巻くような言動で知られている。フィリピン国民はこの手法を何度も目にしてきた。私たちは、彼が自らを『被害者』に見せようとする、必死で使い古された計算ずくの策略には乗らない。裁判を受ける能力があるか否かは事実の問題であり、可能な限り早急に判断され、裁判の本質的審理が進行されるべきだ」

〈Source〉
Duterte case: hearing on the confirmation of charges postponed, ICC, September 8, 2025.
ICC postpones Duterte hearing, victims call out delaying tactics, Davao Today, September 10, 2025.
Is Duterte unfit to face trial?, Inquirer, September 11, 2025.
Has Philippine Senate turned anti-Duterte? Lawmakers ‘caught flat-footed’ over new head, South China Morning Post, September 8, 2025.

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