フィリピン政経フォーカス(7月25日-8月6日)

【写真】避難するナボタス市住人たち/via Marcos blasts corruption in infrastructure, flood control projects during SONA, Philippine News Agency, July 29, 2025.

― 洪水対策汚職問題の全容
 7月末に襲来した複数の台風と季節性モンスーンによって30人以上が死亡、20万人超が被災する中、洪水対策プロジェクトの多くが機能不全または「幽霊プロジェクト」であったとの報告がなされた。マルコス大統領は、台風などによる被害は政府関係者や請負業者による資金横領の結果であると断言した。
 7月28日、パンフィロ・ラクソン上院議員は、2011年以降に公共事業道路省(DPWH)に配分された約2兆ペソの洪水対策予算のうち、少なくとも1兆ペソが汚職により失われた可能性があると警告した。ラクソンによれば、洪水対策事業は毎年急増しており、多くが非効率的、重複的、あるいは実体のない「幽霊プロジェクト」となっている。特に2023~2025年の間に予算が急拡大した一方で、監査・透明性は著しく欠如しているという。ラクソンは、気候変動や台風による被害を理由に失敗を正当化するのではなく、予算執行の不備と制度的腐敗が真の原因であると主張。さらに、DPWHと地方政治家の癒着を断ち、国民の信頼回復には徹底的な監査と説明責任が不可欠であると訴えた。

― 政府対応
 7月28日の施政方針演説において、マルコス大統領は、洪水対策事業に関連する不正について、「この国を沈めているのは、自然災害ではなく人間の貪欲だ」と断じ、関係者に対して「恥を知れ」と公然と非難した。さらに、「関与した者たちの名前をすでに把握している」と発言し、関係官僚や請負業者に対し断固たる法的措置を講じると明言した。
 翌7月29日には、DPWHによって実施された過去3年分の洪水対策プロジェクトに関する全面的な監査を命じ、不正入札や未完工事の洗い出し、業者との契約見直しに着手するよう指示した。
 その後の記者会見やインタビューでも大統領は一貫して強硬な姿勢を崩さず、「これらの不正は数名の「公職者」と結託した民間業者によるもの」とし、ブラックリスト制度の導入と再発防止策の制度化に言及した。8月6日現在、汚職に関与したとされる議員や官僚の具体的な名前は公表されていない。

― 政府対応への批判
 環境NGO「グリーンピース東南アジア」は、7月29日の声明で、マルコス大統領による汚職批判は歓迎するが、「気候危機の根源にある化石燃料企業と経済構造には一切触れなかった」として、発言の限界を指摘した。
 レイラ・デ・リマ下院議員は、マルコス大統領の汚職関係者を明らかにしない態度に対して、「私は、大統領が名前を公表し、関与者を告発することを強く求める。そうしなければ、大統領の責任逃れであり、真の説明責任と信頼回復には程遠い」と批判した。こうした批判に対して、大統領府は、「大統領府は、未確認の情報に基づく関係者名一覧を公表するつもりはない。リストは現在調査中であり、(証拠が)確認され次第、提供可能な情報のみを順次公表していく方針である」と答えた。

〈Source〉
Heads will roll in faulty flood control works, warns Marcos, Inquirer, August 5, 2025.
Lacson: P1 trillion for flood control possibly lost to corruption, philstar, July 28, 2025.
Marcos to disown allies engaged in anomalous deals, philstar, August 5, 2025.
Marcos won’t release unverified list of individuals behind flood control mess: Palace, ABS-CBN, August 6, 2025.
Philippine president calls out corruption in flood control projects, Eco Business, July 29, 2025.
Sona 2025: Marcos on corrupt people in flood control deals: ‘Shame on you’, Inquirer, July 28, 2025.

― 弾劾訴追:最高裁の無効判断
 2月5日、下院は215人の賛成署名を得てサラ副大統領に対する弾劾訴追を可決し、弾劾裁判が上院議員で開始される見通しとなった。しかし、6月10日に上院は訴追文書を下院へ差し戻し、手続きが停滞した。さらに7月25日、最高裁は「一年に同一公職者への弾劾訴追は1件のみ」と定めた憲法規定に違反するとして、全員一致で違憲と判断し、訴追を無効とした。
 この判断により、上院での弾劾審理の開始は不可能となり、最低でも2月6日までは新たな訴追を行えない状態となった。裁判所はあくまで法手続きを理由とした判断であり、「罪状そのものの否定ではない」と明言している

―  議会の反応
 最高裁の違憲判断(7月25日)を受け、フィリピン下院は直ちに、立法府の権限を侵害するものと位置づけ「憲法上の権限を擁護する」との声明を発表し、判決の影響を正面から問い直す姿勢を示した。下院報道官プリンセス・アバンテは、「弾劾は国民の権利を守るための重要な制度であり、司法の介入が立法府の専権に踏み込むことは三権分立の原則に反する」と述べた。
 カバヤン党のアーロン・ブロサス議員は、最高裁が本質的な不正行為に触れることなく手続き論に終始したことに懸念を示し、「制度的免責を助長しかねない」と発言している。
 一方、上院では、8月6日、先の最高裁判所の決定に従い、サラ副大統領に対する弾劾訴追案件を正式に棚上げした。この採決では、24人の上院議員のうち19人が「賛成」、4人が「反対」、1人が「棄権」したと報じられている。
 上院多数派リーダー ジョエル・ビラヌエバ上院議員は、「訴追案件は、最高裁の判断により 『無効である』とされたため、実質的に『死んだ』ものとなった」と説明した。
 また、アラン・ピーター・カエタノ上院議員は、「最高裁の判断が覆されない限り、訴追案件を再開することは不可能である」と述べ、今回の棚上げが事実上、弾劾プロセスの終結を意味すると説明した。
 上院では、法的曖昧さを理由に7月下旬の時点で弾劾手続きを再開することは困難との見解が主流となっている。また、一部上院議員からは「最高裁判決は証拠の審査や不正の実質的追及から逃げている」との批判も聞かれた。こうした声を背景に、下院司法委員会は「判決の再考申し立て」や「再提出の可能性」など、複数の法的措置を慎重に検討している。

―  市民社会の反応と制度的課題
 人権擁護団体や市民団体、法曹界からは、「最高裁判決は法技術に依拠しすぎ、実質的な公的説明責任を回避している」との批判が上がった。
 また、今回の判決を下した最高裁判所の構成そのものがドゥテルテ政権下で形成されたという事実である。2025年8月時点での判事15人のうち、少なくとも12人はドゥテルテ前大統領によって任命された者であり、その多くがドゥテルテ一族やその政策を支持する傾向にあるとされている。

〈Source〉
‘20 senators to abide by SC impeach ruling’, philstar, August 2, 2025.
Another Victory for the Philippines’ Duterte Family as Top Court Voids Vice President’s Impeachment, TIME, July 25, 2025.
Congress’ constitutional authority over impeachment should be respected: UP Law faculty, ABS-CBN, August 1, 2025.
House to appeal SC ruling on VP Sara Duterte impeachment, philstar, July 27, 2025.
Philippines top court throws out impeachment complaint against VP Duterte, Reuters, July 25, 2025.
SC urged to resolve Sara Duterte impeachment appeal with ‘utmost care’, Inquirer, August 5, 2025.
Senate archives impeachment case against VP Sara Duterte, Inquirer, August 6, 2025.

―  インドとの戦略的接近と包括協力の深化
 8月4日、マルコス大統領はインドのモディ首相と首脳会談を行い、両国関係を「戦略的パートナーシップ」に格上げすることで合意した。署名された協定は、防衛、海洋安全保障、貿易、投資、宇宙、観光、人的交流など広範な分野を対象としており、これは2000年に始まった二国間戦略対話の中でも最も包括的な内容とされる。マルコス大統領は、協力の強化を「自由で開かれたインド太平洋の推進の一環」と位置付け、南シナ海における海洋秩序の維持にインドが果たす役割に期待を寄せた。

―  南シナ海での合同演習と海上安全保障の協調
 首脳会談同日、フィリピン沿岸警備隊とインド海軍による初の南シナ海合同航海演習が実施された。演習は中国が領有権を主張する海域を含んでおり、中国海軍の艦艇が一定距離から監視していたことも報告されている。モディ首相は演習を「相互信頼の象徴」と評し、法に基づく秩序と航行の自由を明確に支持する姿勢を示した。

―  中印比三国間の地政学的立ち位置
  インドは、近年「アクティブ・イースト」政策の一環として東南アジアとの安全保障協力を強化しており、今回のフィリピンとの戦略的提携もその延長線上にある。特に中国と係争を抱える国との協力を通じて、地域の影響力拡大を図っている。フィリピン側も、中国との対話姿勢を維持しつつ、米国、日本、オーストラリアに加えてインドとの関係を強化することで、安全保障の多角化と抑止力の強化を目指している。
 一方で、中国外交部はこの演習に対して「地域の安定を損なう第三国の介入」として批判しており、フィリピンの多国間協調外交が中国の強い警戒の対象となっていることも明らかとなった。

〈Source〉
India and the Philippines announce partnership to strengthen trade, defense and maritime ties, AP, August 5, 2025.
Joint drills of India, Philippines in S.China Sea ‘more symbolic than substantive’, Global Times, August 3, 2025.
Philippines, India hold first joint sail in South China Sea, Reuters, August 4, 2025.

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