岡田薫(元まにら新聞記者)
― アクバヤン党の大躍進
5月14日に行われた中間選挙で目を引いたのが、政党リスト制(日本で言うところの比例代表制)で、政党アクバヤンが得票数1位(277万票超え)を獲得したことだった。2022年の前回選挙では57位に落ち込んでいたアクバヤンの大躍進は国内主要各紙から称賛を得た(Akbayan’s remarkable comeback, Daily Tribune, May 21, 2025.)。「真の野党」を主張する左派系連合「マカバヤン」とは相いれないが、民主社会主義路線で、主要政党とは一線を画す。1998年に開始された政党リスト制選挙で10位内に入り、2004年選挙時にも同様に3議席を獲得している。
ちなみに政党リスト制度(Party-list system)は、1987年に憲法で規定されながら、施行細目である95年成立の共和国法第7941号を経て、98年から実施された。主に、得票率2%から議席が得られ、6%まで3人が当選の上限となっている。
98年に発足したアクバヤンは、現政権を率いるマルコス大統領派にも、その「敵対者」となったドゥテルテ前大統領派にも与しない独自のスタンスを貫く。フェルディナンド・マルコス元大統領による独裁政権、そして独裁政権を崩壊に導いた「エドサ革命」の象徴であるコラソン・アキノ元大統領による「エドサ後」の民主政治にも異を唱える。その基盤には、「エドサの真の立役者だった市民やグループを意思決定から排し、主として富裕層や権力層に取り入る」政治を行ったという、フィリピン左派の活動家兼知識層に共通の歴史観がある。反マルコスであれば、親アキノかと言うと、そうではないので、掴みにくい立ち位置かもしれないが、そのスタンスは明快だ。フィリピン大をはじめ、主要大学が実践する「批判的思想」によって鍛えられた伝統的通念がその底流にある。
― 民主主義を市民の手に
アクバヤンは、こうした社会認識に立ち、「富める者の手段となり果てたフィリピン民主主義」を市民の手に取り戻し、市民のエンパワーメントを図ることをうたう。ここで言われる「市民」とはルソン、ビサヤス、ミンダナオ(全国)の労働者や農民、若者、女性、LGBTQ、専門家(弁護士や医師などを指すと思われる)、海外就労者、都市貧困層であり、アクバヤンは、政治的な連帯の必要性を訴えかけてきた。彼らの存在意義は、1987年憲法がうたう政党リスト制の理念とぴったり符合している。
20年に及んだマルコス元大統領の独裁時代が終焉を迎えた翌年の1987年に、憲法が改正された。その前文には、「法の支配のもと、独立と民主主義の恩恵を私たち自身、そして子孫のために確保し、真実、公正、自由、愛、平等、そして平和の統治を実現する」と、過去への反省、その克服と教訓が込められた。その第6章・第5条では、新たな政党リスト制度に触れ、当時最大250人とした下院議員の20%を政党リスト制議員によって構成するよう規定した。地主や有力者、政治一族によって構成される自己中心的な政治家が、アナーキーに入り乱れる主流の政党には、声なき者の声が響く余地はない。「労働者や農民、都市貧困層、先住民、女性、若者などの代表から選出する」とうたい、議席数3人までという「ハンデ」は残しつつも、一定の不平等解消を目指した政党リスト制は、実に画期的な選挙改革だったと言える。ちなみに宗教団体は憲法によって参加が退けられている。
― アクバヤンの選挙戦
再びアクバヤンに話を戻したい。2025年5月の選挙直前に「アクバヤンを応援しよう」というメッセージと政党公認候補のリストが若者の間に出回っていた。私が確認したところでは、有名私立高の生徒間でシェアされ、選挙権を持たない未成年が、親や身内に投票を呼びかけるといった不思議な働きかけがあった。結果として、誰も予期していなかったアクバヤンがトップに躍り出た。もちろんこれは下院での話であって、上院では2022年にアクバヤン所属のリサ・ホンティベロス議員が再選を果たしている。有力な家系に属しながらも、主要政党であるよりも、常に独自の「批判的」立ち位置で政党リスト制出身。下院議員から上院へと上り詰めた、強い意志を持つ女性議員だ。
アクバヤンの筆頭当選者は父親譲りの著名な人権派弁護士であるチェル・ジョクノ氏で、過去にはマカバヤン候補として上院選に度々立候補してきたが、落選。選挙の度にSNSで若者に向けたメッセージを打ち出す戦略に深みが増していた。続く第二当選者はフィリピン大学出身の活動家兼物書き、LGBTQの権利擁護者でもあるパーシー・センダーニャ氏。実は現職のアクバヤン議員だが、2022年の前回選挙では2%のラインに届かなかった。しかし、他政党の認可取り消しに伴って選挙2年半後の繰り上げ当選となっていた。第三当選者にはサンボアンガ市出身のイスラム教徒ダダー・キラム・イスム氏で、先住民の抱える問題にコミットしながら、地元で大学、大学院を修了するなど、ミンダナオの声を代弁するにふさわしい女性といえる。
― 2位以降の政党リストを見ると
ここまでアクバヤンを見てきたが、政党リスト制はちゃんと機能していると思われるだろう。ところが、アクバヤンの「奇跡的な」躍進を除くと、この制度の欠陥が浮かび上がってくる。選挙監視団体コントラダヤの報告によると、2025年選挙に立候補者を擁立した政党リスト制の156政党のうち、86政党までが政治家一族や大企業、治安部隊に関係している(2025 Kontra Daya Report , Kontra Daya, May 12, 2025.)。要するに候補者は国政や地方政治での現役政治家の親族であったり、元政府高官、有力企業とつながりを持つ人物であったりしながら、「マイノリティーの擁護者」と称する偽りの情報を発信しているというのだ。
コントラダヤも警鐘を鳴らしてきた2政党に対し、資格停止の申し立てがなされたが、うちバゴン・ヘネラシオン(新世代)に関しては、選挙管理委員会が申し立てを却下した。39位で一議席を獲得した「新世代」の議員は、建設業や鉱業分野の複数企業のCEOを務め、フィリピンニッケル産業協会の理事でもあるロベルト・ナザル・ジュニア氏だ。
もう一党のドゥテルテ・ユースは、正式名称の頭文字を採ったものだが、「ドゥテルテ・ユーゲント」とも揶揄され、強硬なドゥテルテ支持路線で知られる。こちらは精査の途上にあり、6月30日までに結果が通告される予定だ。「当選」したロナルド・カデルマ氏の義兄が党代表を務め、姉が前回選挙で議席を得るなど、親族でなれ合う政党で、いずれも治安部隊関係者だとされる。ドゥテルテ政権による違法薬物取締捜査への支持や死刑復活、ニノイ・アキノ国際空港のマニラ国際空港への改称など、「社会的弱者の権利」とは程遠い政策が並ぶ。また、左派に対する「テロリスト」とのレッドタグ(赤タグ付け)でも問題が指摘されている。この政党がアクバヤンに続く233万人超えの得票率を得て、2位「当選」を果たしている。この他にビコールやビサヤス、イロカノ語を党名に添えて地域主義を鼓舞する政党も増えている。
― 政党リストは社会的弱者を代表しているのか
政党リスト制については、憲法の意図を汲んだ最高裁判所が2001年に、社会的弱者やメインストリームにない層を支援するための制度との判断を下していた。一方で2013年には同じ裁判所が、「特定の利益を擁護する組織も参加できる」との判断を加えた。その結果、元々の理念に無関係の団体が政党リスト制に入り込む余地が拡大した。例えば、「社会的弱者による連合」を政党名に据え、その頭文字を採った「ワン・パックマン」という、国民的人気ボクサーのマニー・パッキャオを連想させる政党リストがある。この党首で議席を持つマイキー・ロメロ氏は、かつてフィリピン版フォーブスの「最も富裕な50人」に選ばれた億万長者だ。彼自身がアマチュア・ポロのプレイヤーであることから、スポーツ方面に便宜を図る政党になっている。
こうした状況について選挙管理委員会は、影響力のある候補者が政党リスト制度を利用している事実を認識しているが、この問題を解決するには「法改正が必要」としている。同委員会には準司法的または準立法的な権限も備わっているようだが、それらを活用し、政党リスト制の趣旨を決定的にする十分な努力を行っていない。先のコントラダヤは、2019年の選挙時にも、政党リスト団体の約半数に政治権力者や大企業との繋がりがあり、本来の理念である社会的弱者のエンパワーメントとかけ離れていることを指摘してきた。マギンダナオ州選出の元議員で弁護士のマイケル・マストゥラ氏は、自身が起草に関わった政党リスト制について2018年、一部の政治家や団体が選挙区では勝てないがために、制度の抜け道を使っているとの不満を表明した。「ハイジャック」という強い言葉には怒りがにじみ出ている(‘Hijack’ of party-list system irks author of the representation law , GMA News Online, October 17, 2028.)。
コントラダヤは報告書の中で、「制度が既得権益の優遇のために操作されていて、本来の目的である真の民主主義の実現が損なわれている」と指摘する。国民が投票しさえすれば正当性は担保されるものなのか。世界を見渡せば、偽りの言動で着飾った政治家で溢れている。小学生でも分かる憲法理念を、その解釈を無理やり捻じ曲げる政治家が、事前にスクリーニングされていないのが実情だ。制度を当初の理念通りに機能させるためには、「管理」責任を放棄するようであってはならない。選挙管理委員会が国民に「信念に沿った投票を」と呼びかけるに終始している現状では、政党リスト制の形骸化は進む一方だろう。
なお、校了後の6月18日になって、選挙管理委員会がドゥテルテ・ユースの選挙登録を取り消したニュースが飛び込んできた。