連載【まにらから】見る選挙戦のゆくえ

【写真】マニラ市のサンアンドレス地区の様子=2025年4月24日,首都圏マニラ市,岡田薫撮影.

岡田薫(元まにら新聞記者)

4月の「聖週間」の連休中、ルソン島バタンガス州から海を隔てた東ミンドロ州プエルトガレラの「地方」では、公道のカーブごとに地方・国政両候補者の選挙ポスターがずらりと並んでいた。国政であちこちに顔が見えるのはドゥテルテ前大統領の側近中の側近であるボン・ゴー上院議員。そしてボンボン・マルコス大統領の姉でありながら、3月11日のドゥテルテ逮捕の「違法性」を上院で率先して追及してきたアイミー・マルコス上院議員といった再選組だ。ドゥテルテに接近するアイミーの真意は今一つ見えにくいが、ドゥテルテ逮捕後の目覚ましい動きの裏で、選挙を見据えた大量ポスターといった選挙投資を着実に行っている。

プエルトガレラでは、早朝から候補者の宣伝カーや大音量のスピーカーで候補者の歌を流したトゥクトゥクが往来し、特定候補への投票を呼び掛ける数十人単位の一団が、山間の一軒一軒まで訪ね歩く光景が見られた。ただ、住民の最大の関心が国政選挙よりも地方選挙にあることは一目瞭然で、ある男性は「町の候補者の事は人柄も含めて知っているから」と地方選の重要さを強調した。

5月12日に予定されている中間選挙では、ボンボン・マルコス、サラ・ドゥテルテ正副大統領の残り任期3年間の生存をかけたパワーバランスが主要な争点となっている。22年の選挙で圧倒的な「力」を見せつけたこの二人による「ユニチーム」は、ドゥテルテ前大統領への国際刑事裁判所の捜査を巡る政権の見解や対応、サラ副大統領の機密費を巡る汚職問題などを経て瓦解、ドゥテルテが逮捕され、双方のつぶし合いが起きている。公式な選挙期間である2月11日~5月10日(上院、政党リスト制)、3月28日~5月10日(下院、州・市・町)に入っているため、SNS上ではフェイクや中傷を交えた「熾烈な」足の引っ張り合いが続いている。

サラの続投を左右する弾劾裁判所の判事を担う上院議員の顔ぶれを決するマルコス、ドゥテルテ両派の擁立した候補者が主要な争点とされている。しかし、上院は半数入れ替えの12枠に過ぎない。今選挙で入れ替わるのは政党リスト制63、下院議員254、州知事82、州副知事82、州議会議員800、市長149、副市長149、市議会議員1690、町長1493、副町長1493、町議会議員1万1948など計1万8000人を超える。

主要マスコミでは二者択一の選挙構造が語られがちだ。一般庶民の立ち位置はどうなのか、どのような心境で選挙を迎えようとしているのだろうか。首都圏マニラ市のサンアンドレス地区でインタビューを行った。

「ネット情報はほとんど見ない」という69歳の女性は「公立病院の医師や看護師の数の不足」を最大の関心事に挙げた。その改善者として、現上院議員で地方都市への一定基準の医療を保証する「マラサキット」法を提唱したボン・ゴー上院候補に「投票したい」という。地方選ではハニー・ラクナ現職市長に挑む前市長のイスコ・モレノ氏を推す。モレノは22年選挙で大統領選に立候補したが、1位のマルコスに3000万票の差で大敗して4位に終わった。22年の大統領選で女性は「レニー・ロブレド前副大統領に投票した」。一方で「超法規的殺害は嫌だが、マルコスよりはドゥテルテの方がベター」とし、「ドゥテルテが『自分が一体何をしたというのだ』と言うのは正しくて、彼に警察が犯した殺人の責任はない」と言い切った。「バランガイ(最小行政区)住民への嫌がらせや不当逮捕はずっと続いているが、それは警察自体の腐敗だ」とも。

フェイスブックやユーチューブ、ティックトックといったSNSを情報源にしているという23歳の女性は「とにかく仕事をくれる候補者に入れたい」と、実業家でマニラ市長選候補者のサム・ベルドサの名を口にした。ただ、「モレノも好きだが、良くない噂も立っていて決めかねている」とも。女優との同棲を公言するベルドサは、ネットワークビジネスで名を馳せ、22年選挙では自身の作った政党リスト制の一議席におさまった。自身を「ドゥテルテ支持者」とし、「上院選ではボン・ゴーに投票する」という。同じ女性に、SNSには偽情報も多いのでは、と問いかけると「その通り。日頃から気を付けていて、人にシェアする前に一度考えることが大事だと思う」と口にした。また、マルコス政権になって治安の悪化を感じ、「外に出るのが怖い」という。同様の意見は何人からも聞かれた。女性はその理由を「子どもが急に撃たれるニュースを見たりしたため」と説明する。この地区では「警察」は住民を痛めつける悪であり、その「警察がドゥテルテを恐れていた間は安全だった」との見方が見受けられる。

コメをはじめとする「食材や日用品の物の値段が最大の関心事」という33歳の女性は、「コメの値段を1キロ当たり20ペソに下げるとの公約を守っていない」とマルコスをなじった。22年選挙では「マルコスに投票したことを悔いている」。それで、今回の上院選では2016年に大統領恩赦を得たことで、ドゥテルテへの忠誠を示している現職のロビン・パディリヤ上院議員を投票先に挙げた。その理由として「ムスリムをはじめとする少数民族への支援など、しっかり仕事をしてきたから」と説明した。「仕事をしてきたかどうかをどう知るのか」と尋ねると、「テレビで見たりSNSで読んだりした」と付け加えた。

4人の子を育てるこの女性は、バランガイでの覚せい剤の蔓延による「治安の悪化」を理由に、「(小学生の)娘を外で遊ばせるのを控えるようになった。覚せい剤使用者は無期刑にしてほしい。だから強硬なドゥテルテ派に投票したい」と力を込める。

マニラ市長選については、地区在住の30人程が加わる女性と同年代のグループでもモレノ人気が圧倒的だという。ベルドサについては、成長期を過ごしたマニラ市の「サンパロック地区での人気は根強いが、ここでの人気はそれ程でもない」との見解を語った。

民間調査会社のパルスアジアが3月23~29日にかけて行った支持率調査によると、マルコスの支持率は25%で、不支持率が53%に上った。2月の前回調査時から支持率は実に17ポイント下落し、ドゥテルテ逮捕が響いたことが顕著だ。一方のサラは、支持率が前回から7ポイント上昇して59%となり、不支持率は16%にとどまった。マルコスとは対照的な数字を見せており、庶民の声もこうした数字が強く反映したものだった。

日常を取り巻く大きな現象の改善に国政選挙の候補者を頼りつつ、最も話したがったのは、地方選という印象を受けた。それにしても、あまり目立つ存在ではないボン・ゴー人気が高いのは、実に不思議だ。これが大学内でのインタビューであれば、真逆の反応や第3の意見も聞かれるのだろうが、「庶民の現実」をひっくり返すに足る力を集約できるだろうか。

〈著者紹介〉
おかだかおる
フィリピン大学大学院アジアセンターに留学、フィリピン学専攻。2018年、まにら新聞記者に。2024年退社後は日比交流関連に従事。著書に「半径50メートルの世界 フィリピンバランガイ・ストーリー」

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Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

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