【コラム】家族みんなで政治犯になった
デラ・セルナ家

【写真】畑を耕すカリーナ・デラ・セルナ/via the Facebook page of NNARAYouth (posted on November 9, 2020.)

勅使川原香世子(明治学院大学国際平和研究所研究員)

 1983年8月21日は、「ニノイ」・ベニグノ・シメオン・アキノ・ジュニア元上院議員(以下、「ニノイ」・アキノ)が暗殺された日である。「ニノイ」・アキノは、独裁者フェルディナンド・マルコス・シニア元大統領(「ボンボン」・マルコス現大統領の父)最大の政敵であり、フィリピンのネット・ニュース・メディア・ラップラーによると、マルコス・シニアによる戒厳令下、殺人や銃器不法所持などの容疑で軍事裁判にかけられた最初の政治犯(政治的信条や活動のために拘束された人)の一人だった。これまで、「ニノイ」・アキノが殺害された8月21日は祝日「ニノイ・アキノ記念日」、民主主義の大切さを再認識する日として大切にされてきたが、今年、「ボンボン」・マルコス政権はコメントを避けたと話題になった(<新企画>今週のフィリピン・ダイジェスト(8月20日~8月26日)。

― 非難される現在の政治犯

 「ニノイ」・アキノは多くのフィリピン人の心に英雄として生き続けてきた。一方、同様に人権や尊厳の回復、自由などを求めたがために不当逮捕・勾留されることになったにも関わらず、世間から顧みられることもない803人(2022年6月現在、IN NUMBERS: Political prisoners in the Philippines since 2001, Rappler, August 21, 2022.)の政治犯がいまも自由を奪われ続けている。彼らに対し、「政府に疑われるようなことをするからいけない」、「逆らわなければいい」といった非難の声さえ聞かれる。
 私が拘置所で出会ったカリーナ・デラ・セルナ(以下、カリーナ)やその父アルベルトも、そんな置き去りにされた政治犯だ。2人は、2019年10月31日に、西ネグロス州で逮捕された。この時、55人が一斉に逮捕され、そのうち11人が起訴されたが、2022年初頭までに11人中9人への起訴は棄却された。しかし、カリーナとアルベルトへの人身売買容疑に関する起訴は棄却されず、仲間が次々に釈放される中、2人はそれぞれ女性用、男性用の拘置所に取り残された。人身売買容疑は、保釈が不可能な罪状とされている。
 そのうえ母マルピは、2022年初頭、虚偽の容疑による指名手配に応じる形で出頭し、現在カリーナと同じ拘置所に収監されている。マルピは、隠遁生活や家族に会えない苦痛に耐えかね、カリーナに会いたい一心で出頭したのである。

― サトウキビ大農場の労働者やストリート・チルドレンを支援してきたカリーナ一家

 西ネグロス州の最大都市バコロドから1時間ほどのところにある町で、アルベルトとマルピは小さなレストランと料理の配食サービスで生計を立てていた。毎日、配食の予約があり、小さい店ながらも家族3人が食べることに困ることはなく、カリーナは農民らの助けになりたいと弁護士になることを夢見て地元の私立高校へ通っていた。
カリーナ一家は、経営するレストラン周辺にいるストリート・チルドレンへの食事や日用品の提供、子どもたちがドラッグ依存から回復するための支援などをしてきた。アルベルトはフィリピン農民運動(KMP)のメンバーとして、包括的農地改革計画(CARP)に則り農地分配を求めるサトウキビ大農場(アシェンダ)の労働者らの支援もしていた。そのため、レストランには、相談や支援を求める人びとがよく集まっていた。
 カリーナもまた、農地改革擁護者全国ネットワーク青年部(NNARA-Youth)の事務局次長としてアシェンダ労働者の支援にあたり、「草刈鎌」という名の劇団に所属し農民らの現状を演劇で伝える活動にも参加していた。
 マルピはレストランを切り盛りしながらストリート・チルドレンの世話をし、劇団の練習の際にはいつも劇団員たちに食事を提供していた。

― カリーナとアルベルトの逮捕・勾留にくわえ、マルピへの「人身売買」容疑

 2019年10月31日午後5時頃、西ネグロス州バコロド市で、カリーナとアルベルトは国軍と国家警察からなる合同部隊によって逮捕された。この時、合同部隊は3か所の団体事務所と1か所の個人宅へ一斉に押し入り、でっちあげた「武器不法所持」等の現行犯で55人を逮捕した。

一斉逮捕時の様子はこちら。(Facebook page of Aksyon Radyo Bacolod, October 31, 2019.)

 カリーナとアルベルト、そしてマルピは、KMPや人権団体カラパタンなどの事務所がある敷地内で、劇団「草刈鎌」のメンバーと11月5日に公演する『パパ・イシオの物語』の稽古をしていた。パパ・イシオはアシェンダ労働者の中でももっとも貧しいと言われる季節労働者(サカダ)で、スペイン人による占領に抵抗した英雄として語り継がれている。劇団「草刈鎌」は、毎年、スペインがネグロスの抵抗者に土地を明け渡すよう迫ったとされるこの日に、パパ・イシオの生涯を描いた演劇を路上や野外劇場などで公演してきた。
 10月31日、敷地内には、劇団メンバー約20人のほかに、労働団体へ相談に訪れていた約20人のバス会社労働者、そして、それぞれの団体スタッフらがいた。いつものように仕事をしていると突然、高性能の重火器を構えた合同部隊が、門を叩くやいなや敷地内になだれ込んできた。そこにいた全員が、建物から中庭に出て伏せるよう指示されたが、何人かは裏手の塀をよじ登り敷地外へ逃げようとした。その中にカリーナとマルピはいた。
 だが、敷地はすでに合同部隊に包囲されており、カリーナは逮捕された。母マルピは、逃げる際にカリーナとはぐれてしまったことを今でも悔いていると、嗚咽しながら私に語った。
 当初、マルピには逮捕状が出ていなかったので、マルピは勾留中のカリーナとアルベルトに食事を届けたり、会話したり、抱きしめることもできた。二人の釈放に向けて、弁護士や人権団体と連絡をとることも可能だった。ところが、2020年3月、今度はマルピが「人身売買」の容疑で起訴されたのである。この時から、マルピ自身が身を隠す必要に迫られ、拘置所を訪問することはおろか、自由に外出することすらできなくなった。カリーナとアルベルトが逮捕されて以来、繁盛していたレストランから客足は減っていたが、ついにマルピはレストランの営業すらできなくなってしまった。
 仕事もなく、外出もできず、家族とも会えず、つねに一人で身を隠す毎日。そんな日々を過ごすうちに、マルピの気持ちはどんどん沈んでいった。そして、とうとう、でっちあげの「人身売買」容疑に関する指名手配に応じる形で出頭し、カリーナと同じ拘置所に収監されることとなった。今、二人は一緒に過ごすことができるようになったが、これまでマルピが担っていた弁護士とのやりとりなどの役割を引き継げる家族はもはやいないため、裁判手続きなどに支障が出ている。また、家族全員が勾留されているいま、外部にいる私たちがデラ・セルナ一家の状況を知ることも難しくなっている。

― 私がカリーナと出会ったのは州警察の留置所

 私がカリーナに初めて出会ったのは、西ネグロス州警察敷地内の留置所だった。55人が一斉逮捕された事件数日後、私は状況を把握するため、また、支援物資を届けるために、現地へ飛んだ。私がサトウキビ大農場での調査の折に協力を得てきた砂糖労働者連盟のメンバーらも、逮捕されていたからだ。彼らは、ベッドはおろか屋根すらもない、むき出しの便器が一つ設置された鉄格子付きの場所に閉じ込められていた。
 カリーナは、警官らの食堂の奥に設えられた留置所に、他4人とともに収容されていた。留置所といっても元は警官らが使っていたと思われる部屋に鉄格子の扉が取り付けられただけの作りで、トイレも水道もなかった。6畳間ほどのその部屋の中に面識のある人はいなかったが、私が声をかけると、全員が鉄格子から手を伸ばし私の手を握り締めた。さぞ、心細かったのだろうと、私は彼らの手をしっかりと握り返した。
 カリーナは、自分に起こったことを演劇にするために、拘置所で脚本を書いていた。コロナ禍に見舞われ、続編の原稿を取りに行くというカリーナとの約束を、私はいまだ果たせずにいる。

 デラ・セルナ一家がどうしても見て見ぬふりをできなかったサトウ労働者(アシェンダや製糖工場で働く労働者)らの苦境。次回は、サトウ労働者らの暮らしについて取り上げたい。

世間は忘れても・・・。
 農地改革擁護者全国ネットワーク青年部(NNARA-Youth)は、政治犯への支援を根気強く続けている。2022年8月14日には、NNARA-Youthの事務局次長を務めるカリーナの釈放を訴え、彼女ら政治犯への寄付を募るためにコンサートを開催した。
 NNARA-Youthは、電話で裁判の進捗などを確認し、カリーナらに日用品などを支援している。
NNARA-Youth ホームページ https://nnarayouth.wordpress.com/
NNARA-Youth フェイスブック https://www.facebook.com/NNARAYouth/

〈筆者紹介〉てしがわらかよこ。看護師としての勤務、ネパールでの医療支援活動などを経て、2004年、国際交流学部へ編入、その後博士課程へ。フィリピンや平和学と出会う。フィリピン、特にネグロス島での数週間から数か月の滞在を繰り返し、人びととの交流をとおして、医療や健康、人権に関する問題について学んできた。もっとも虐げられた人びとの視点から社会を捉えなおしてみる、ということを大切にしたいと思っている。

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Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

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