乱用され、でっち上げられるテロ資金供与罪
*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。
栗田英幸(愛媛大学)
― ヒューマン・ライツ・ウォッチ記事
2月12日、国際人護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは、そのウェブサイトに、近年顕著なフィリピン当局による市民団体に対するテロリスト資金供与罪の乱用についての記事を掲載しました。
現在フィリピンで調査中の筆者も、その被害者から話を聞く機会があったため、今回は、乱用されているテロリスト資金供与(テロ資金供与)罪について紹介します。
― テロ資金供与罪とは
フィリピンでは、大きく2つの法律によってテロ資金供与が規定されています。
9・11以降に施行された 2012年テロ資金供与防止・抑制法(フィリピン共和国法 第10168号)は、テロ組織やテロリストに資金を提供する行為を禁止し、厳しい罰則を規定しています。この法律で、「テロ組織・個人に資金、財産、金融サービスを提供すること、資金の出所を隠したり、マネーロンダリングしたりすること、他人に指示して資金供与を行わせること」が適用行為として定義されています。
さらに、この法律は、2020年 反テロ法(フィリピン共和国法第 11479号)によって、政府のテロリストに対する超法規的な行動を認めるものとなりました。その目的はテロ行為の防止と取締りを強化し、政府の権限を拡大するものとされ、テロリストの資産凍結を迅速に行う権限を政府に付与し、監視・盗聴などの捜査権限を拡大しました。
― テロ資金供与罪乱用の背景
この権限を根拠に、マルコス政権になって積極的に取り締まりを行っています。しかし、テロリストではなく市民活動や一般の人たちにまで乱用されている状況が、多くの人権擁護組織から次々と報告されています。それら人権組織は、テロ資金供与罪乱用の背景として、マルコス政権が、国際的なテロ資金供与およびマネーロンダリングの監視機関である金融活動作業部会(FATF)の「グレーリスト」から外れようとしていることを挙げています。
マルシリンさんの話
― 青天の霹靂の召喚状
こんにちは。私の名前はマルシリンです。夫と2人の小さな子どもと一緒にここ(先住民族人権擁護団体のオフィス)に避難しています。
私は、山岳州べサオ市で小学校の教師をしながら小さなサリサリストアを営んでいました。生活するのに精一杯で、他の活動をする余裕などありませんでした。
昨年9月、仕事から帰った私の元に手紙が届きました。裁判所からの手紙です。読んで、頭が真っ白になりました。「え、なに? 何なの?」という言葉がずっと頭の中で繰り返されて、何も考えられませんでした。裁判所からの召喚状だったからです。それもテロ資金供与の容疑です。国家警察の刑事捜査局(PNP-CIDG)というところから訴えられていると書かれていました。
家族に相談してもどうすれば良いのか全く分かりません。知り合いに相談したところ、命が危ないと言われました。身に覚えのない容疑がかけられて、自分だけでなく家族までも地域住民から非難されたり、国軍や警察に連行され、行方不明になったり、殺されたりすることがあるからです。
召喚状では、予備調査に出頭し、反対宣誓供述書を提出するよう指示されていました。今は、ここの団体が準備してくれた反対宣誓供述書の結果を待っています。ここでは、事務所を手伝う仕事もいただいて、とても良くしてもらっています。
― 一問一答
栗田)具体的にどのような容疑をかけられているのですか?具体的な証拠が提示されているのですか?
マルシリン)フィリピン共産党軍事部門新人民軍(NPA)に資金を送金したというのです。PNP-CIDGは、NPAメンバーに送金した銀行口座の記録が残っていると言っています。
栗)相手がNPAの人だと知らずに何らかのお金の手続きをしたということですか?
マ)いいえ、そもそも誰に対してもそんな巨額なお金を扱ったことは一度もありません。私が一年間に稼ぐ金額の何倍もの大きな金額です。それに、その送金をしたという時期、私はサリサリストアをしておらず、全く別の地域にいました。私の過去の銀行記録を見ても、そんな金額の出し入れはありません。私と同時に同じ容疑をかけられた人は、サリサリストアでNPAにご飯を売ったというだけで訴えられているようです。やはり、身に覚えがなく、NPAとして挙げられている人物の名前も全く知らないと言っていました。
栗)今この団体のオフィスにいるということは、かつてここの活動家をしていたのではないのですか?(この団体では、何人もの活動家がテロリストとしてリストに掲載され、同様のテロリスト資金供与容疑をかけられている)
マ)私は学生時代にこの団体の支部で活動していたことがありますが、その一時期だけです。もう10年くらい前の話です。今回、容疑がかけられて途方に暮れ、以前こちらで活動していたことを思い出して、助けを求めたのです。
栗)今日は、ありがとうございました。できるだけ早く容疑が晴れることを祈っています。
マ)ありがとうございます。すぐに容疑が晴れ、これまでの生活に戻れると信じています。
〈Source〉
Philippines: Terrorism-Financing Charges Abused, Human Rights Watch, February 12, 2025.