フィリピン・ニュース深掘り 2025年フィリピンの見どころ マルコスvs.ドゥテルテ対立の正しい見方

【写真】支持率を誇るサラ副大統領と2025年度予算承認を喜ぶロムアルデス下院議長(右)とマルコス大統領(左) Facebook of Martin Romualdez, December 30, 2024., Facebook of Office of the Vice President of the Philippines, December 17, 2024.より筆者作成

*フィリピン・ニュース深掘りでは、隔週でフィリピンでの重要な出来事を一つ取り上げ、解説・深掘りします。

栗田英幸(愛媛大学)

― 間違った解釈
 2024年、海外も含め、多くのメディアがマルコス大統領とドゥテルテ陣営との亀裂と摩擦を強調し続けてきました。しかし、ほとんどの記事で、分析視点が大きくずれています。マルコス大統領が憲法改正により大統領再選を執拗に狙っているならば、ドゥテルテとマルコスの対決という解釈で間違いありません。しかし、マルコス大統領は、少なくとも「今のところ」、そこまで再選に強くこだわっていません。再選しないと破滅するという状況に追い込まれない限り、チャンスがあれば狙う程度の姿勢のように見えます。欧米諸国の人権外交の影響力が著しく弱まったいま、多くの国で権威主義化が進んでいます。フィリピンでも憲法改正による大統領再選禁止条項を削除するハードルが低くなっていることは否定できません。
 とはいえ、大統領再選を禁じられているフィリピンでは、政権3年目あたりから、有力候補と見られる議員の上下院の活動は、ほとんど次の大統領選挙への布石ととらえるのが、政治分析の基本です。ロムアルデスも、この半年ほど前から積極的に自身の政治家としての能力や業績をアピールするようになってきており、次期大統領選への強い意欲が感じられます。ドゥテルテと対決しているのは、マルコス大統領ではなくロムアルデス下院議長なのです。
 国内メディアもロムアルデスとドゥテルテ陣営との対決の構図を強調しているように見えます。しかし、その分析では、ロムアルデスはサラ副大統領に対して意地悪する筆頭として描かれてはいるものの、次期大統領選でのサラ副大統領の対抗馬とは描かれていません。ロムアルデスは国民に対するカリスマ性がないので、記事にしてもインパクトが出ないからなのかもしれません。
 ドゥテルテ陣営との摩擦を、次期選挙を見据えたものとして捉えた場合、どのような論点、見どころが見えてくるでしょうか。三者それぞれの立場を整理してみましょう。

― マルコス大統領の立場
 まず、マルコス大統領の立場に立って考えてみましょう。マルコス大統領としては、何よりも任期終了後も彼自身だけでなく、かつて一度は国外亡命をせざるを得なかったマルコス・ファミリーの政治的立場と財産を守ってくれる人物に次期大統領を任せたいはずです。ロムアルデスであれば問題ありません。しかし、次期大統領選挙でのロムアルデス勝利のイメージは全く見えません。このまま大統領選挙に突入すれば、サラ副大統領に敵わないのは明らかです。全く別の人が当選することはあっても、ロムアルデスの当選はないように見えます。したがって、マルコス大統領としては、ドゥテルテ陣営にも恩を売りつつ、誰が大統領になっても、少なくともマルコス・ファミリーの名声や地位が再び脅かされることのないようにしておきたいのではないでしょうか。

― ロムアルデス下院議長の立場
 ロムアルデス下院議長の立場から見てみましょう。サラ副大統領の評判を落とし、政治から彼女を遠ざけることで彼女が選挙に利用できる政治的・資金的基盤を切り崩し、あわよくば副大統領から追い落としたり、犯罪者として出馬できない状況に追い込んだりできればと考えていることは間違いありません。しかし、彼の目論見は大きく崩れています。サラの人気は思いのほか落ちず、逆にサラを虐める悪者ロムアルデスのイメージで支持率も下がってしまったのです。相変わらずカリスマ性もなく、下院議会のお山の大将から脱却できていません。

― ドゥテルテ陣営の立場
 ドゥテルテ陣営から見てみましょう。敢えて、サラの立場ではなく、ドゥテルテ陣営の立場としました。上述したマルコスとロムアルデスの微妙な距離感、そして、単に勝ち馬に乗るために彼らを支持する人たちとの関係と異なり、サラの周りで彼女や父ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領を支えるのは、ボン・ゴー上院議員やデラロサ上院議員らの一蓮托生運命共同体です。サラやロドリゴが力を失えば、彼/彼女らも政治生命を絶たれ、犯罪者として収監されてしまう可能性の高い人たちです。マルコスやロムアルデスの周りにいる人たちとは、必死さと団結力が違います。そして、仲間が議会等で窮地に立たされると、皆懸命に助け合っているのです。
 そのドゥテルテ陣営が大統領選挙で勝つために必要な最低限の条件は、サラが出馬できること、そして、選挙までに人気をあまり落とさないことの2つです。副大統領の座から降ろされるのは、ギリギリ許容範囲だと思います。出馬さえできれば、マルコスやロムアルデスの「虐め」によって作り出されたサラの逆境は、熱狂的なドゥテルテ・ファンやフェイク・ニュースを受け入れる不満層を票として取り込むのに、むしろ有利に働き得ます。選挙までに政界から排除されないよう何とか耐え忍びつつ、断続的に騒動を起こして人気を維持し、マルコス・ロムアルデス陣営の悪者イメージを拡散・定着させることができれば、ロムアルデスを泥試合に引き込めます。泥試合になれば、確固とした支持層を持たないロムアルデスはドゥテルテ陣営の敵ではありません。そして、ロムアルデスは、正に今、泥試合に引きずり込まれたことを実感し、焦っているのです。

― 見どころ
 私が注目する今年の見どころは4つです。
 ❶崖っぷちに立っているのは、ドゥテルテ陣営だけではありません。泥試合に引き込まれてしまったロムアルデスも同様です。ドゥテルテ陣営は持久戦ですが、ロムアルデスに残された道は正面突破しかないようです。どのように突撃するのでしょうか? これまでの上下院の調査結果だけでは、全く攻めきれません。新たな突破口を見出すのでしょうか?それとも正面攻撃していくのでしょうか?マルコス大統領は、確実にドゥテルテ陣営の息の根を止められると確信できない限り、ロムアルデスの暴走を彼なりに止めようとしたという立場を崩さないでしょう。昨年末に交代した新司法省長官がロムアルデスの突撃にどのような立場をとるのかも要チェックです。
 ❷その結果はどのようなものになるでしょうか?ロムアルデスは自身のイメージを更に失墜させて自滅(=次期大統領選で勝ち目を失う)するのでしょうか? ドゥテルテ陣営を引きずりおろすことができるのでしょうか? それとも、ドゥテルテ陣営を逆に活気付けてしまうのでしょうか。
 ❸この争いに国際社会はどのように動くでしょうか?米国トランプ政権は?中国習政権は?私たちが知らないだけで、既に動いているはずです。米国や中国に対する発言にも注目です。
 ❹ちなみに、次期大統領選挙は、2028年、我々一般人にとってはまだまだ先のことに見えます。しかし、全国レベルで支持層を獲得する準備には、膨大な時間と労力とお金がかかるので、今後、公共事業がロムアルデスによってどのようにばら撒かれていくのか、その成果がどのように誇張されていくのかも大きな見どころでしょう。

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Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

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