【コラム】逮捕された環境保護活動家
ヴェルトゥデス・「デイジー」・マカパンパン

【写真】ヴェルトゥデス・「デイジー」・マカパンパン/Facebook page of Bulatlat (posted on June 16, 2022)

トレリー・マリグザ(正義と平和のために働く女性たちのネットワークJaPNet議長)

― アフナン揚水発電所

 ルソン島にある企業に電気を供給することを主目的として、1400メガワットのアフナン揚水発電所がシエラマドレ山脈の約300ヘクタールに及ぶ範囲にある川の流域を利用して建設される予定だ。JBDウォーター・パワー社やプライム・メトロ・パワー・ホールディングスが出資する11億ドル規模のプロジェクトで、2023年第一四半期に竣工し、2027年に完成する予定である。出資企業の所有者は、次期大統領「ボンボン」・マルコスの主要な選挙資金提供者である企業家エンリケ・ラソンだ。
 発電所はラグナ州パキル町のバノ、ブルゴス、リサル、タフトの4つの村に影響を与えると考えられている。

※揚水発電:水力発電と同様に水の力で水車を回して電気を作るが、異なる点は、発電のために使う水をくみ上げること。揚水発電所を挟んで上部と下部に巨大な調整池を作り、上部調整池から下部調整池に水を流して電気を作る。1400メガワットは、日本の家庭なら35万世帯分ほどの使用電力。
※シエラマドレ山脈:フィリピン北部に位置するルソン島の東海岸沿いに延びる山脈。
※ラグナ州パキル町:ラグナ州の北東に位置し、シエラマドレ山脈とラグナ湖に挟まれた町。人口約24500人(2020年)。半年間にわたる「トゥルンバ」の祭りで知られる。

【写真】アフナン揚水発電所予定地/Google Earth
【写真】アフナン揚水発電所に関する動画のスクリーンショット/Home page of Prime Infra

― 生きる場、神聖な場としてのシエラマドレ山脈

 発電所の経営者らは、水力発電を含む再生可能エネルギーの開発プロジェクトは、気候変動やエネルギー安全保障、クリーンなエネルギーへのアクセスなどを解決するためのフィリピン政府の戦略において、重要な役割を果たすという。
 しかし、これは、環境保護活動家や多くのパキルの人びとの意見と正反対である。住民は、シエラマドレ山脈の滝や泉の恵みを受けてきたので、これまでのように自由に水を利用することができなくなるのではないか、また、その地域の水脈が干上がってしまうのではないかと心配している。発電所の建設期間や建設後に発生する自然資源へのネガティブな影響も、環境保護団体を不安にさせている。ダムや水力発電所の建設は、樹木の伐採や生態系の破壊、建設活動に起因する地盤の揺れなどの問題を避けて通れないのである。
 パキル町は、半径150キロ以内に活断層や2つのプレートが重なりあってできた沈み込み帯があるため、地震が起きやすい地域とされている。また、この地域にあるダムがラグナ湖の水位を上昇させ、同湖周辺の低地に地滑りや鉄砲水などを引き起こす可能性があると言われてきた。ラグナ州ルンバン町にあるカリラヤ・ダムやカラヤン水力発電所、マハイハイ町にあるボトカン・ダムなどだ。
 このような災害もさることながら、このアフナン揚水発電所計画の予定地は、先祖代々そこで暮らしてきた先住民族にとって神聖な場所である。毎年、5月の最終土曜日に、この土地の神聖さを讃え、住民は「ピンアス山のアフナン」という祭りを開催する。

― 信念の人「デイジー」・マカパンパン

 ラグナ州パキル町で育ったヴェルトゥデス・「デイジー」・マカパンパン(68歳、以下、デイジー)は、1970年代後半、フィリピン大学バギオ校人文学部の新任教員だった。当時、学生による出版や学生自治会活動が禁止されていたにもかかわらず、大学におけるナショナリズムやアクティビズムが活発化していた。デイジーは、フィリピン学生協会(SAMAPIL)フィリピン大学バギオ校支部の設立を主導し、学生新聞OUTCROPを復活させた。彼女は人文社会学部の学生に焦点をあて、戒厳令下における現実やその時代の課題などを反映した文化的創作に参加するよう奨励し、導いた。デイジーは、学生の願いや目標を感じとり、理解し、学生に心を開く教員だった。彼女は、みんなに愛される教員であり、バギオの人びとの友人だった。
 デイジーはフィリピン大学バギオ校を退任し故郷のパキルへ戻り、元教授、メディア活動家、文化活動家、そして、信念をもった環境活動家として働いてきた。彼女は、シエラマドレ山脈におけるカリワ・カナン・ライバン・ダム計画に反対するキャンペーンに積極的に参加してきた。そのダムは、ラグナ州やケソン州、リサル州のコミュニティに影響を与えると想定されているのである。またデイジーは、冒頭で述べたパキル山の頂上にあるアフマン揚水発電所計画に反対する運動にも参加してきた。

― デイジーの逮捕は環境擁護者らへの弾圧が継続されることを証明している

 2022年6月11日午後4時、パキル町の土地や水、文化的遺産を守り、企業家ラソンのアフナン揚水発電所に反対すべき理由などに関する教材や入門書の作成、署名活動、政策提言などを精力的に実施してきたデイジーが、逮捕された。高性能の火器で武装した40人ほどの警官が、令状も説明もなく、デイジーを自宅からはだしのまま暴力的に引きずり出し連行したのである。その日の早朝、デイジーはアフナン揚水発電所に関するイベントに参加し、発言していた。
 国家警察は、翌日、ケソン州地方裁判所第65支部において2008年5月23日以来係争中で、2013年3月4日に改訂された「反乱罪の容疑」に関する逮捕状を携帯し、武装していたと発表した。デイジーは、南タガログ地域のフィリピン共産党委員会のメンバーであるとレッテルを貼られ、ケソン州のジェネラル・ナカル警察の拘置所に勾留された。デイジーが、警察の標準的な業務手順の一環で健康診断のために地元のヘルスセンターへ連れて行かれた時、彼女は、彼女に付き添っていた警官が携帯していた記録を見た。その記録の名前欄には、彼女の名前とは無関係の「反乱罪の容疑者」とされるティアンあるいはツェンという名前が記載されており、デイジーは自分が別の人物として取り扱われていることを知った。

 公開書簡において、デイジーは、彼女の権利や表現の自由、尊厳をもって生きる権利を暴力的に奪うひどい仕打ちを受けているにも関わらず、精神的に落ち着いた状態でいると伝えた。彼女は、自分は誰のことも弾圧していないし、他者の権利を侵害していないし、政府に対して何も悪いことをしていないと述べた。
 私たちは信じている。デイジーに対する逮捕状なき逮捕は、この政治制度における民衆や環境擁護者である個人に対する弾圧の一環である。デイジーの逮捕は、裕福な資本家の利益や外国企業を守るために、民衆に対する無情で抑圧的なドゥテルテ政治がこれからも継続されることを証明している。私たちは、このような政府に対し、デイジーを釈放し、彼女を本来の居場所、人びとの元に戻すよう求める。

〈筆者紹介〉
トレリー・マリグザ。JaPNet議長。教育学修士(数学専攻、理学専攻)。さまざまなNGOの活動やフィリピン合同教会のジェンダー・正義プログラムなどに関わる中で、ジェンダーや環境、よき統治に関するコンサルタント業務に従事している。また、ビジュアル・アーチストとしても活動。

※JaPNet(Women Working for Justice and Peace Network=正義と平和のために働く女性たちネットワーク)は、メトロバギオとコルディリエラで、人権や正義、平和のために活動する女性やLGBTQIAとその支持者の幅広いネットワーク。

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Painting:Maria Sol Taule, Human Rights Lawyer and Visual Artist

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